17 / 46
*8-2
しおりを挟む
「リヒト! ここにいたのかよ」
青い瞳に吸い込まれそうになりながら見つめ合っていた僕の名を、フィスが断ち切るように声をかけてきた。そして同時に、またあの講堂の時のように腕を掴んで自分の方に引き寄せる。
フィスの腕の中に納まるような体勢になった僕を、ハイターが何か苦いものを噛み締めているような顔をして、にらんでいる。
対するフィスもまた、負けないくらい鋭い視線をハイターに向けていた。
「何してんだよ、ひとの親友に」
「……俺は、別に何もしていない。話しかけてきたのはヒカ……」
「リヒトをヘンな名前で、馴れ馴れしく呼ぶな」
フィスがハイターに関連することになると不機嫌になるのは知っていたけれど、いまはその段じゃないほど刺々しい……いや、殺気立っているとも言える空気をまとっている。まるで憎んでいるかのようにも感じられるフィスの態度に、ハイターは弁明しようとした口を閉じ、食事中の食器をもって立ち上がった。
僕のせいではないけれど、僕の幼馴染のせいでまたハイターに不快な思いをさせてしまった。だから慌てて謝りに行こうとしたのだけれど、フィスが腕をほどいてくれない。それどころか、決してハイターの方に近づけさせまいというように抱きしめてくるのだ。
「フィ、フィス……放してよ……苦しい……」
ぎゅうぎゅうと音がしそうなほどそうしてくるフィスと、そうされている僕の姿を、ハイターは何か痛みを堪える様な顔をしてにらみ、やがて背を向けてどこかへ行ってしまった。
ああ、またハイターを嫌な気持にしてしまった……それがあまりに悲しく、自分で想っている以上にショックを受けている事にも内心驚いていた。
(なんで僕、こんなにショックなんだろう……?)
しかし、ハイターの姿が見えなくなった途端、フィスはパッと僕を解放し、いつになく真剣な面持ちで話しかけてくる。
「リヒト、何もされなかった? 大丈夫?」
「……大丈夫。あのさ、フィス……なんでそんなに、ハイターにツラく当たるの? べつに、彼は僕らに何も悪い事はしてないじゃないか」
少なくとも、僕はされた憶えがない、と更に言おうとしたら、フィスは僕のあごに手を当てて上向かせ、ぐっと顔を近づけてこう囁く。
「――わからないだろ。あいつは、ウラで何人も気に入らない奴を、手籠めにしてるっていう噂もあるし、先生たちを買収してるからシュテルンになれてるって話もあるんだから」
「そんな……そんなことあるわけないだろ! ヘンな噂をうのみにするなよ、フィス」
うわさ話にしてもタチが悪い内容に、腹を立てて僕がフィスの手を振り払うと、フィスは冷めた目でこちらを見ながら、小さな声で呟いた。
「へぇ……じゃあ、いつもポーカーに負けてカモにされているリヒトを、いかさまでぼろ勝ちさせたのは、誰?」
「な……何でそれ、知って……」
展望室でボスとポーカーをする羽目になったあの日、ルールがぼくを助けてくれたのは確かにハイターだった。でも、それを知っているのはあの場にいた僕とボス、そして彼の取り巻きと生徒だけで――フィスはいなかったはずだ。
サボりの生徒のたまり場である展望室でのポーカーは、公然の秘密であり、たとえ知っていてもこういう食堂のような公の、教師がいるような場で話題にしないのが暗黙の決まりになっているはずだ。それだけは、僕は憶えている。
それなのに、フィスはそれをあえていま僕に突き付けてきたのだ。
驚きで言葉が出なくなっている僕に、フィスは突然にこやかにいつものように笑いかけ、ポン、と肩に手を置いてこう言った。
「悪い事は言わないからさ、もうあんな奴と関わるのはやめなよ、リヒト。ポーカーのことで恩着せがましくされてるだけだよ」
「フィス、でも、僕は……」
「親友として、心配だからさ、リヒト」
ね? と、念を押すように顔を覗き込まれ、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
パーティー会場は一層騒がしく賑やかなのに、僕らがいるその一角だけは、切り取られたように静かなままだ。
でもその静けさは、ハイターが醸し出していた色気のある静けさとは真逆の、重苦しい静けさだった。
青い瞳に吸い込まれそうになりながら見つめ合っていた僕の名を、フィスが断ち切るように声をかけてきた。そして同時に、またあの講堂の時のように腕を掴んで自分の方に引き寄せる。
フィスの腕の中に納まるような体勢になった僕を、ハイターが何か苦いものを噛み締めているような顔をして、にらんでいる。
対するフィスもまた、負けないくらい鋭い視線をハイターに向けていた。
「何してんだよ、ひとの親友に」
「……俺は、別に何もしていない。話しかけてきたのはヒカ……」
「リヒトをヘンな名前で、馴れ馴れしく呼ぶな」
フィスがハイターに関連することになると不機嫌になるのは知っていたけれど、いまはその段じゃないほど刺々しい……いや、殺気立っているとも言える空気をまとっている。まるで憎んでいるかのようにも感じられるフィスの態度に、ハイターは弁明しようとした口を閉じ、食事中の食器をもって立ち上がった。
僕のせいではないけれど、僕の幼馴染のせいでまたハイターに不快な思いをさせてしまった。だから慌てて謝りに行こうとしたのだけれど、フィスが腕をほどいてくれない。それどころか、決してハイターの方に近づけさせまいというように抱きしめてくるのだ。
「フィ、フィス……放してよ……苦しい……」
ぎゅうぎゅうと音がしそうなほどそうしてくるフィスと、そうされている僕の姿を、ハイターは何か痛みを堪える様な顔をしてにらみ、やがて背を向けてどこかへ行ってしまった。
ああ、またハイターを嫌な気持にしてしまった……それがあまりに悲しく、自分で想っている以上にショックを受けている事にも内心驚いていた。
(なんで僕、こんなにショックなんだろう……?)
しかし、ハイターの姿が見えなくなった途端、フィスはパッと僕を解放し、いつになく真剣な面持ちで話しかけてくる。
「リヒト、何もされなかった? 大丈夫?」
「……大丈夫。あのさ、フィス……なんでそんなに、ハイターにツラく当たるの? べつに、彼は僕らに何も悪い事はしてないじゃないか」
少なくとも、僕はされた憶えがない、と更に言おうとしたら、フィスは僕のあごに手を当てて上向かせ、ぐっと顔を近づけてこう囁く。
「――わからないだろ。あいつは、ウラで何人も気に入らない奴を、手籠めにしてるっていう噂もあるし、先生たちを買収してるからシュテルンになれてるって話もあるんだから」
「そんな……そんなことあるわけないだろ! ヘンな噂をうのみにするなよ、フィス」
うわさ話にしてもタチが悪い内容に、腹を立てて僕がフィスの手を振り払うと、フィスは冷めた目でこちらを見ながら、小さな声で呟いた。
「へぇ……じゃあ、いつもポーカーに負けてカモにされているリヒトを、いかさまでぼろ勝ちさせたのは、誰?」
「な……何でそれ、知って……」
展望室でボスとポーカーをする羽目になったあの日、ルールがぼくを助けてくれたのは確かにハイターだった。でも、それを知っているのはあの場にいた僕とボス、そして彼の取り巻きと生徒だけで――フィスはいなかったはずだ。
サボりの生徒のたまり場である展望室でのポーカーは、公然の秘密であり、たとえ知っていてもこういう食堂のような公の、教師がいるような場で話題にしないのが暗黙の決まりになっているはずだ。それだけは、僕は憶えている。
それなのに、フィスはそれをあえていま僕に突き付けてきたのだ。
驚きで言葉が出なくなっている僕に、フィスは突然にこやかにいつものように笑いかけ、ポン、と肩に手を置いてこう言った。
「悪い事は言わないからさ、もうあんな奴と関わるのはやめなよ、リヒト。ポーカーのことで恩着せがましくされてるだけだよ」
「フィス、でも、僕は……」
「親友として、心配だからさ、リヒト」
ね? と、念を押すように顔を覗き込まれ、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
パーティー会場は一層騒がしく賑やかなのに、僕らがいるその一角だけは、切り取られたように静かなままだ。
でもその静けさは、ハイターが醸し出していた色気のある静けさとは真逆の、重苦しい静けさだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました
及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。
※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19


転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる