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*8 降ってわいた宴の中での火花
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たとえグランツ祭の日であっても、お祭り気分は夕方までで、夜、寮に戻る頃にはすっかりいつもの雰囲気に戻っている――それが、たぶん通年だったはずなのに……
「リヒト! このグラタンパイ美味いよ!」
そろそろ夕食かな、という時間になって突然「全員食堂に集合しなさい」と言われ、僕らは内心こわごわ食堂に向かった。夕食は食堂で夕方の6時から8時までの間に自由に食べていい決まりのはずだからだ。
それなのに、全員集合だなんて……と、悪い想像ばかりしながら向かった先に待ち受けていたのは、見たこともないほどのご馳走に飾り立てられた食堂内だった。
テーブルには、感謝祭でしか見たことないような鳥の丸焼きがいくつも並び、僕が大好きなグラタンパイが山積みされている。上等なバターで味付けした豆の煮ものもあるし、香りのいい香草ウィンナーもたくさんある。白パンなんて手で割れば湯気が出るほど焼きたてだ。
普段は厳粛なアルメヒティヒ学院が、なんでこんなご馳走を並べているのかと言うと、それについて副学院長から最初に話があった。
「来賓のウィッテ様が君たちのダンスに感動され、そのご褒美にとご提供くださいました。明日にでもみな感謝のお手紙をしたためるように」
簡単に言うと、来賓の一人の大富豪からのご褒美として提供されたらしいのだけれど、普段質素な食生活である食べ盛りの僕たちは、感激と感謝をもってご馳走を食べ始めた。
フィスが僕の好物のグラタンパイを取り分けてくれて、遠慮なくそれを頬張る。濃厚なホワイトソースは熱いほどで、口中でとろける様がまた美味しい。
「美味いねぇ。こんなことなら毎日だってダンスでいいや」
「それじゃあ学院じゃなくて劇場だよ」
「いいじゃん、俺、こんなうまいもの食えるなら踊り子でもいい」
そんなことを大きな声で言い合いながら、みんな次々とご馳走を手に取り頬張っていく。
一人ずつに配られたコーンポタージュも、いつも食堂で食べるよりうんと美味しく、フィスは何杯もおかわりしていた。
勿論デザートになるケーキもお菓子も果物もたくさんあり、どれも色鮮やかで美しくて美味しい。頬に鼻先にパンくずやクリームをつけながら、僕らは馬鹿笑いして大いに羽目を外していた。
今日ばかりは無礼講なのか、教師たちも、僕らに注意を摺るどころか、ワインを飲みかわして上機嫌に談笑している。
賑やかに騒々しく飲み食べをしているさなか、僕はふと、大きなテーブルの端でひっそりとチキンを頬張っているハイターを見つけた。
シュテルンである彼は、その容姿も手伝って常に人に囲まれているイメージなのに、いまはひとりきりなのだ。
しかしハイターは特にそれを恥じている様子でも、逆に人を寄せ付けまいと気を張っている風でもなく、そこだけまるで切り取られて見えないように静寂な空気をまとっていた。
テーブルに頬杖をつき、僕らはまだ学生だからワインではなくぶどうジュースだけれど、それが注がれたグラスを手にしている姿は、食堂の上座で酒杯を飲みかわしている教師たちよりうんと大人びて見え、胸が音を立てて高鳴る。まだ18であるはずなのに、まるでうんと年上の大人の男のように見えたのだ。
僕は、恋というものをしたことがないはずだし、好きな人もいまのところいない。8年生で最高学年であることもあって、憧れるような存在も身近には見当たらない。
だけど――いま目の前で頬杖をついて、静かにぶどうジュースをワインのように味わっているハイターの姿には、言葉にならない色気があった。
思わず見惚れてぼんやりしていると、僕の視線に気づいたのか、ハイターがこちらに振り返る、かち合った視線がふわっとほどけ、彼が手招きをしてきた。
僕は、ハイターが絡むと講堂の時みたいに不機嫌になるフィスが近くにいないことを確認し、足早に彼の隣に腰を下ろす。
「今日はありがとうね、ハイター」
「なに、俺はただ頼まれたからやっただけだ」
無愛想にそう言いはするものの、ハイターの表情は穏やかで明るく、頬杖をつきながらも僕を見ている。その顔が、部屋の灯りに照らされて美しい陰影をまとっている。
「一人で食べるなんて寂しくないの?」
「べつに。美味いものはひとりでじっくり味わいたいから」
「ッふふ、ハイターらしいな。カッコつけだね」
隣に座り、他愛なくそんなからかうような言葉を口にした時、それまでグラスをもてあそぶようにしていたハイターの手が停まり、こちらをじっと見つめてきた。まっすぐで反らすことのできない視線に、僕は後退りしそうになりながらも、心の中で先程の会話を反芻する。なんとなく、どこかで交わしたような記憶があったからだ。
――ねえ、一人で食べるなんて、寂しくないの?
――べつに。美味いものはひとりでじっくり味わいたいから
――ふぅん、カッコつけだね。
頭の中に過ぎる、同じような言葉のやり取り。それから……涼しげだけれど、やさしく深い色の、瞳。
ハイターもまた、僕の目を見つめながら何かを思い出しているような、何かを伝えようとしているように口を開きかけながら、僕を見つめている。
なにか、僕は、いつかどこかで、彼とこんな会話を――
「リヒト! このグラタンパイ美味いよ!」
そろそろ夕食かな、という時間になって突然「全員食堂に集合しなさい」と言われ、僕らは内心こわごわ食堂に向かった。夕食は食堂で夕方の6時から8時までの間に自由に食べていい決まりのはずだからだ。
それなのに、全員集合だなんて……と、悪い想像ばかりしながら向かった先に待ち受けていたのは、見たこともないほどのご馳走に飾り立てられた食堂内だった。
テーブルには、感謝祭でしか見たことないような鳥の丸焼きがいくつも並び、僕が大好きなグラタンパイが山積みされている。上等なバターで味付けした豆の煮ものもあるし、香りのいい香草ウィンナーもたくさんある。白パンなんて手で割れば湯気が出るほど焼きたてだ。
普段は厳粛なアルメヒティヒ学院が、なんでこんなご馳走を並べているのかと言うと、それについて副学院長から最初に話があった。
「来賓のウィッテ様が君たちのダンスに感動され、そのご褒美にとご提供くださいました。明日にでもみな感謝のお手紙をしたためるように」
簡単に言うと、来賓の一人の大富豪からのご褒美として提供されたらしいのだけれど、普段質素な食生活である食べ盛りの僕たちは、感激と感謝をもってご馳走を食べ始めた。
フィスが僕の好物のグラタンパイを取り分けてくれて、遠慮なくそれを頬張る。濃厚なホワイトソースは熱いほどで、口中でとろける様がまた美味しい。
「美味いねぇ。こんなことなら毎日だってダンスでいいや」
「それじゃあ学院じゃなくて劇場だよ」
「いいじゃん、俺、こんなうまいもの食えるなら踊り子でもいい」
そんなことを大きな声で言い合いながら、みんな次々とご馳走を手に取り頬張っていく。
一人ずつに配られたコーンポタージュも、いつも食堂で食べるよりうんと美味しく、フィスは何杯もおかわりしていた。
勿論デザートになるケーキもお菓子も果物もたくさんあり、どれも色鮮やかで美しくて美味しい。頬に鼻先にパンくずやクリームをつけながら、僕らは馬鹿笑いして大いに羽目を外していた。
今日ばかりは無礼講なのか、教師たちも、僕らに注意を摺るどころか、ワインを飲みかわして上機嫌に談笑している。
賑やかに騒々しく飲み食べをしているさなか、僕はふと、大きなテーブルの端でひっそりとチキンを頬張っているハイターを見つけた。
シュテルンである彼は、その容姿も手伝って常に人に囲まれているイメージなのに、いまはひとりきりなのだ。
しかしハイターは特にそれを恥じている様子でも、逆に人を寄せ付けまいと気を張っている風でもなく、そこだけまるで切り取られて見えないように静寂な空気をまとっていた。
テーブルに頬杖をつき、僕らはまだ学生だからワインではなくぶどうジュースだけれど、それが注がれたグラスを手にしている姿は、食堂の上座で酒杯を飲みかわしている教師たちよりうんと大人びて見え、胸が音を立てて高鳴る。まだ18であるはずなのに、まるでうんと年上の大人の男のように見えたのだ。
僕は、恋というものをしたことがないはずだし、好きな人もいまのところいない。8年生で最高学年であることもあって、憧れるような存在も身近には見当たらない。
だけど――いま目の前で頬杖をついて、静かにぶどうジュースをワインのように味わっているハイターの姿には、言葉にならない色気があった。
思わず見惚れてぼんやりしていると、僕の視線に気づいたのか、ハイターがこちらに振り返る、かち合った視線がふわっとほどけ、彼が手招きをしてきた。
僕は、ハイターが絡むと講堂の時みたいに不機嫌になるフィスが近くにいないことを確認し、足早に彼の隣に腰を下ろす。
「今日はありがとうね、ハイター」
「なに、俺はただ頼まれたからやっただけだ」
無愛想にそう言いはするものの、ハイターの表情は穏やかで明るく、頬杖をつきながらも僕を見ている。その顔が、部屋の灯りに照らされて美しい陰影をまとっている。
「一人で食べるなんて寂しくないの?」
「べつに。美味いものはひとりでじっくり味わいたいから」
「ッふふ、ハイターらしいな。カッコつけだね」
隣に座り、他愛なくそんなからかうような言葉を口にした時、それまでグラスをもてあそぶようにしていたハイターの手が停まり、こちらをじっと見つめてきた。まっすぐで反らすことのできない視線に、僕は後退りしそうになりながらも、心の中で先程の会話を反芻する。なんとなく、どこかで交わしたような記憶があったからだ。
――ねえ、一人で食べるなんて、寂しくないの?
――べつに。美味いものはひとりでじっくり味わいたいから
――ふぅん、カッコつけだね。
頭の中に過ぎる、同じような言葉のやり取り。それから……涼しげだけれど、やさしく深い色の、瞳。
ハイターもまた、僕の目を見つめながら何かを思い出しているような、何かを伝えようとしているように口を開きかけながら、僕を見つめている。
なにか、僕は、いつかどこかで、彼とこんな会話を――
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