【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

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「そうは言ってもさ、いまさら動きを揃えるとかって無理じゃない? 本番まであと一時間くらいしかないのに」

 最後の確認のために、会場となっている講堂の下にある小ホールに入って体を温めている際、フィスが言った。いまここで出来るのは全体の大まかな流れの確認くらいで、一組一組の動きのチェックができるわけじゃない。そう言うのは、もう何日もかけて調整してくるものなのだ。

「そうだけど……でも、なんかできないかな……せめて、一つくらいぴったりと息が揃うようなこと」
「まあそう言うのがあればポイントになるだろうけど……本番直前だし……そもそも、みんなハナから諦めてる感じだもんなぁ」

 ハナから諦めている。それはやはりグランツ祭で逆転が見込まれるような成績にないことが大きいのではないだろうか。それはつまり、ほぼ、僕のせいとも言える気がする。
 だからこそ、ここでみんなの心を一つにして、優勝に向けて頑張ろう! とか言えたらいいんだろうけれど……試験前にノートすら貸してもらえないようなやつの話を、誰が聞いてくれるだろうか?

「リヒト、そろそろ最終確認始めるらしいぞ」
「ああ、うん……」

 フィスと話し込んでいると、そこにハイターがやってきて声をかけてくる。もう、本番がすぐそこまで来ているのだ。
 ハイターはイスに座っていた僕にごく自然に手を差し出し、それを僕が取って立ち上がる。そんな様子をフィスがすごい目で睨み付けている。しかし、ハイターは意に介している様子はない。

「浮かない顔をしているな。何かあったのか?」

 平然としているハイターの横顔を見ていたら、彼に声をかけられ、僕は思わず頬を染めて頷く。澄んだ青い眼に映し出されている姿は、小さく儚い女の子のようだ。
 それが、ハイターにすがっているようにでも見えたのか、「……どうした?」と、あらためて問われる。
 よそのクラスから、人数調整だけのためにこのクラスに組み込まれた彼に、どこまでこのクラスのことで負担をかけていいのかわからない。「俺には関係ない」と言われてしまえば、それまでだ。
 だけど、僕はつい、その青い眼に吸い込まれそうになるほど心惹かれながら、口を開いていた。

「ウチのクラスの成績が悪いの、僕のせいなんだ……いたずらとかで連帯責任ばかり取らされてて……。だから、せめて、今日で挽回できたらって思ってるんだけど……僕なんかが言うのは、今更なのかな、って思って……」

 ハイターに言ったところで、何かすごい打開策が出てくる保証はない。何より彼はこのクラスの一員じゃないのだから、断られる可能性の方が大いにある。
 彼がいつも何かと僕にやさしい気がするから、つい、甘えたことを口走ってしまった。何を言っているんだろう……そう、悔やんだけれど、言ってしまったことは戻らない。
 ハイターもまた僕の言葉に黙り込んでしまって、困り果てているようにも見える。

「はい、みんなー、円になってー」

 やがて号令がかかり、それぞれのペアが持ち場についていく。もう時間がない。だけど、だからと言って、僕なんかに何かが言えるわけが――

「ああ、みんな。ちょっといいか。リヒトが、話があるそうだ」
「え……?」

 円形に並び始めた一同の動きが止まり、一斉に視線が注がれる。30人の双眼が一気にこちらを見つめ、問うような視線を向けてくる。
 僕は、その視線の圧力に後退りしそうになりながらも、そっとハイターを問うように見上げる。ハイターは、背中を押してくれるように力強くうなずいてくれて、僕は、大きく息を吸った。その眼差しだけでもとても安心する。

「あの……いつも、迷惑ばかりかけて、ごめん。僕のせいで、クラスの成績が最悪なことになっちゃってるよね……。だから、その……今日、ダンスで頑張って、挽回できたらって思ってるんだ」

 声が震える。こんな大勢の前で、彼らの気を奮い立たせるような言葉を口にするなんて、僕に出来るだろうか。怖くて仕方ないし、逃げたくてたまらない。
 そんなうつむきそうな僕に、追い打ちをかけるように、誰かが言う。

「挽回っつーけどさ、実際問題、いまから俺らが1組に勝てるとかありえないだろ。シュテルン量産クラスだぞ?」
「わ、わかってるよ! だから、気持ちだけでも……」
「気持ちだけでどうにかなるなら、とっくにおれらはシュテルンだよなぁ」

 冷静な意見に賛同するようにクラスの輪がさざめく。僕に注がれる視線に棘が増してきて、居た堪れない。ああ、やっぱり僕なんかが、このクラスをいまになってまとめるなんて無理だったんだ。自分で輪を乱しておきながら今更仲よくしよう、頑張ろうなんて虫が良すぎるというものだろう。
 それならせめて、僕がいない方がいいのではないだろうか。そんな考えが過ぎり始めた時、ポン、と僕の肩を叩く者がいた。
 振り返ると――ハイターがあの涼しげな眼をやさしくほころばせて僕を見つめている。それはまるで、あとはどうにかしてやる、と言いたげな力強さを感じる眼差しだった。

「確かに、リヒトはいままでこのクラスに多大な迷惑をかけてきたと思う。しかし、彼だって反省をし、やり直す機会があってもいいんじゃないのか?」
「それはそうだけどさぁ……なぁ?」
「気持ちでどうにかなるほど、世の中は甘くないかもしれない。しかし、やらないで諦めてしまえるほどに、物事は安くはないんじゃないのか?」
「でもさぁ、相手は1組だぜ?」
「1組が絶対王者と決まっているわけではない。やらない内から諦めてどうする」
「…………」
「俺は、今日限りのこのクラスの一員だが、だからこそ、このクラスでの思い出を作りたい。それは誰でもそうだろう?」

 そう言いながらハイターが僕を見やり、微笑みかけてくる。その微笑みにうなずき、潤んで泣き出しかけていた目を拭って声を張り上げた。

「1組になんて負けない! 僕らは僕らのダンスで勝ちに行くんだ!! みんな、頑張ろうよ!」

 言葉尻に涙がにじんでしまったし、実際頬には涙が伝っていた。でもぼくはそれを拭わずに拳を掲げると、みんなが応えるように掲げてくれた。ダンスの協議会の直前なのに怒号のような声が上がって、外にいた教師に驚かれてしまったけれど、僕のクラスは一丸になれた。

「よくやったな、リヒト。いざという時の腹の座り具合は、こっちの世界でも相変わらずなんだな」

 ハイターの意味深な言葉に、「え? どういうこと?」と、問い直そうとしたら、どこからともなく団結を促す声が再び上がる。
 そうして僕らは輪になって肩を組み、もう一度掛け声をかけてから、会場へと向かったのだ。



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