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「なんで、ハイターが……?」
合同で授業を行うようなクラスではないはずの彼が、どうしてここにいて、僕の手を取っているのだろう。あり得ないはずの状況に、僕は挨拶も忘れて口を半開きにして彼を見つめる。
そんな僕の様子に、ハイターは呆れたように苦笑し、「間抜け面」と呟く。
間抜け呼ばわりに僕がムッとすると、ハイターは涼しげな顔に戻って、こともなげに事情を話す。
「俺のクラスと、お前のクラスで人数調整が行われたに過ぎない。イレギュラーだ」
「あ、ああ、そ、そう……シュテルン様が、僕みたいなやつのパートナーだなんてお気の毒だね」
涼し気な横顔を、ちらりとでもいいな、みたいに思っていた自分が忌々しい。いまでもそっぽ向いている横顔が憎たらしいほど整っていて、目が離せないのも腹が立つ。
赤い舌でも出してやろうかと思っていると、ふいにハイターはこちらを向き、挨拶で握っていたはずの手をそっと握りしめてこう囁く。
「可愛いお前が、どこぞの誰かと踊るなんて我慢ならないからな。志願したんだ」
「……は? どういうこと?」
言葉の真意を問い返そうとしたら教師が号令をかけ始め、そのままダンスの授業が始まってしまった。手を取り合い、しずしずと厳かに歩きだしてしまうと、無駄口を叩く隙が無い。
ちらりと盗み見たハイターの横顔はやはり彫刻のように美しく、輝く銀髪も相まってまるでおとぎ話の王子様のようだ。
(ハイター、綺麗だ……)
うっかり見惚れてしまいそうになるほど美しい横顔に、その瞬間、彼とよく似た、だけど明らかに違う誰かの影が重なる。涼しげな目許は同じなのに、その瞳の色は闇色で、髪もまた同じ色、そして短い髪なのだ。
確かにいま僕の手を取って歩いているのはハイターであるはずなのに……これは、誰? 初めて会った時に感じたような、急激に不安になるような、それでいて切なくなるほど懐かしい何かが、僕の胸に去来し、足が止まりそうになる。
「そこ! 歩幅を考えて歩く!」
教師に注意されて我に返り、慌てて僕は背筋を伸ばして歩き始めたけれど、胸の動悸はおさまっていない。一体、いまのは何だったんだ?
その内に号令が止まり、ダンスの構えを取らされる。最高学年の8年生ともなれば、指示がなくとも曲目によってとるべきか前を心得ているのか、みんなすぐに体勢に入る。
(ああ、ダンス……本当に苦手なんだけれど……)
女装まがいお姿をさせられている苦痛も相まって、僕はこのダンス行事が本当に大嫌いだし、お世辞にも上手に踊れない。だからみんな僕が恥をかけばいいと嗤うのだ。きっと、ハイターにだって恥をかかせてしまう。何より……僕のせいで、またクラスの点数が悪くなってしまうかもしれない。
震えだしそうなほどの緊張と不安で呼吸が浅くなっている僕に、背後に立つハイターが小さな声で囁く。
「大丈夫だ、ヒカル。俺を信じてついてこい」
「……ハイター?」
振り返ってその真意を問うより先に、音楽が流れだす。あと数秒もすれば最初のステップが始まるだろう。僕は、まったく上手く踊れないのに。
冷や汗が溢れ出る中。そっとハイターが僕の手を握ってくる。その力強さに、強張っていた心が少し緩んでいくのを感じた。まるでなだめるようなそれに、緊張も不安もゆっくり溶かされていくようだ。
「俺のカウントに合わせて。3……2……1!」
ハイターのカウントの声に合わせるように、一歩、右足を踏み出す。その先のことは夢中でわからないし、憶えていない。ただ気づけば、僕はハイターのリードに身を任せ、流れるように踊ることができていたのだ。
これは一体……と、戸惑いを隠せない眼差しをちらりとハイターに向けると、彼は涼やかな目をほころばせ、僕にだけ聞こえる声で呟く。
「流石だな、ヒカル。相変わらずお前は勘がいい」
“相変わらず”……また、僕の何かを知っているような言葉に、僕の心はひどくかき乱されたけれど、それもターンを繰り返すうちに攪拌されていった。
合同で授業を行うようなクラスではないはずの彼が、どうしてここにいて、僕の手を取っているのだろう。あり得ないはずの状況に、僕は挨拶も忘れて口を半開きにして彼を見つめる。
そんな僕の様子に、ハイターは呆れたように苦笑し、「間抜け面」と呟く。
間抜け呼ばわりに僕がムッとすると、ハイターは涼しげな顔に戻って、こともなげに事情を話す。
「俺のクラスと、お前のクラスで人数調整が行われたに過ぎない。イレギュラーだ」
「あ、ああ、そ、そう……シュテルン様が、僕みたいなやつのパートナーだなんてお気の毒だね」
涼し気な横顔を、ちらりとでもいいな、みたいに思っていた自分が忌々しい。いまでもそっぽ向いている横顔が憎たらしいほど整っていて、目が離せないのも腹が立つ。
赤い舌でも出してやろうかと思っていると、ふいにハイターはこちらを向き、挨拶で握っていたはずの手をそっと握りしめてこう囁く。
「可愛いお前が、どこぞの誰かと踊るなんて我慢ならないからな。志願したんだ」
「……は? どういうこと?」
言葉の真意を問い返そうとしたら教師が号令をかけ始め、そのままダンスの授業が始まってしまった。手を取り合い、しずしずと厳かに歩きだしてしまうと、無駄口を叩く隙が無い。
ちらりと盗み見たハイターの横顔はやはり彫刻のように美しく、輝く銀髪も相まってまるでおとぎ話の王子様のようだ。
(ハイター、綺麗だ……)
うっかり見惚れてしまいそうになるほど美しい横顔に、その瞬間、彼とよく似た、だけど明らかに違う誰かの影が重なる。涼しげな目許は同じなのに、その瞳の色は闇色で、髪もまた同じ色、そして短い髪なのだ。
確かにいま僕の手を取って歩いているのはハイターであるはずなのに……これは、誰? 初めて会った時に感じたような、急激に不安になるような、それでいて切なくなるほど懐かしい何かが、僕の胸に去来し、足が止まりそうになる。
「そこ! 歩幅を考えて歩く!」
教師に注意されて我に返り、慌てて僕は背筋を伸ばして歩き始めたけれど、胸の動悸はおさまっていない。一体、いまのは何だったんだ?
その内に号令が止まり、ダンスの構えを取らされる。最高学年の8年生ともなれば、指示がなくとも曲目によってとるべきか前を心得ているのか、みんなすぐに体勢に入る。
(ああ、ダンス……本当に苦手なんだけれど……)
女装まがいお姿をさせられている苦痛も相まって、僕はこのダンス行事が本当に大嫌いだし、お世辞にも上手に踊れない。だからみんな僕が恥をかけばいいと嗤うのだ。きっと、ハイターにだって恥をかかせてしまう。何より……僕のせいで、またクラスの点数が悪くなってしまうかもしれない。
震えだしそうなほどの緊張と不安で呼吸が浅くなっている僕に、背後に立つハイターが小さな声で囁く。
「大丈夫だ、ヒカル。俺を信じてついてこい」
「……ハイター?」
振り返ってその真意を問うより先に、音楽が流れだす。あと数秒もすれば最初のステップが始まるだろう。僕は、まったく上手く踊れないのに。
冷や汗が溢れ出る中。そっとハイターが僕の手を握ってくる。その力強さに、強張っていた心が少し緩んでいくのを感じた。まるでなだめるようなそれに、緊張も不安もゆっくり溶かされていくようだ。
「俺のカウントに合わせて。3……2……1!」
ハイターのカウントの声に合わせるように、一歩、右足を踏み出す。その先のことは夢中でわからないし、憶えていない。ただ気づけば、僕はハイターのリードに身を任せ、流れるように踊ることができていたのだ。
これは一体……と、戸惑いを隠せない眼差しをちらりとハイターに向けると、彼は涼やかな目をほころばせ、僕にだけ聞こえる声で呟く。
「流石だな、ヒカル。相変わらずお前は勘がいい」
“相変わらず”……また、僕の何かを知っているような言葉に、僕の心はひどくかき乱されたけれど、それもターンを繰り返すうちに攪拌されていった。
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