【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

文字の大きさ
上 下
11 / 46

*5-2

しおりを挟む
「なんで、ハイターが……?」

 合同で授業を行うようなクラスではないはずの彼が、どうしてここにいて、僕の手を取っているのだろう。あり得ないはずの状況に、僕は挨拶も忘れて口を半開きにして彼を見つめる。
 そんな僕の様子に、ハイターは呆れたように苦笑し、「間抜け面」と呟く。
 間抜け呼ばわりに僕がムッとすると、ハイターは涼しげな顔に戻って、こともなげに事情を話す。

「俺のクラスと、お前のクラスで人数調整が行われたに過ぎない。イレギュラーだ」
「あ、ああ、そ、そう……シュテルン様が、僕みたいなやつのパートナーだなんてお気の毒だね」

 涼し気な横顔を、ちらりとでもいいな、みたいに思っていた自分が忌々しい。いまでもそっぽ向いている横顔が憎たらしいほど整っていて、目が離せないのも腹が立つ。
 赤い舌でも出してやろうかと思っていると、ふいにハイターはこちらを向き、挨拶で握っていたはずの手をそっと握りしめてこう囁く。

「可愛いお前が、どこぞの誰かと踊るなんて我慢ならないからな。志願したんだ」
「……は? どういうこと?」

 言葉の真意を問い返そうとしたら教師が号令をかけ始め、そのままダンスの授業が始まってしまった。手を取り合い、しずしずと厳かに歩きだしてしまうと、無駄口を叩く隙が無い。
 ちらりと盗み見たハイターの横顔はやはり彫刻のように美しく、輝く銀髪も相まってまるでおとぎ話の王子様のようだ。

(ハイター、綺麗だ……)

 うっかり見惚れてしまいそうになるほど美しい横顔に、その瞬間、彼とよく似た、だけど明らかに違う誰かの影が重なる。涼しげな目許は同じなのに、その瞳の色は闇色で、髪もまた同じ色、そして短い髪なのだ。
 確かにいま僕の手を取って歩いているのはハイターであるはずなのに……これは、誰? 初めて会った時に感じたような、急激に不安になるような、それでいて切なくなるほど懐かしい何かが、僕の胸に去来し、足が止まりそうになる。

「そこ! 歩幅を考えて歩く!」

 教師に注意されて我に返り、慌てて僕は背筋を伸ばして歩き始めたけれど、胸の動悸はおさまっていない。一体、いまのは何だったんだ?
 その内に号令が止まり、ダンスの構えを取らされる。最高学年の8年生ともなれば、指示がなくとも曲目によってとるべきか前を心得ているのか、みんなすぐに体勢に入る。

(ああ、ダンス……本当に苦手なんだけれど……)

 女装まがいお姿をさせられている苦痛も相まって、僕はこのダンス行事が本当に大嫌いだし、お世辞にも上手に踊れない。だからみんな僕が恥をかけばいいと嗤うのだ。きっと、ハイターにだって恥をかかせてしまう。何より……僕のせいで、またクラスの点数が悪くなってしまうかもしれない。
 震えだしそうなほどの緊張と不安で呼吸が浅くなっている僕に、背後に立つハイターが小さな声で囁く。

「大丈夫だ、ヒカル。俺を信じてついてこい」
「……ハイター?」

 振り返ってその真意を問うより先に、音楽が流れだす。あと数秒もすれば最初のステップが始まるだろう。僕は、まったく上手く踊れないのに。
 冷や汗が溢れ出る中。そっとハイターが僕の手を握ってくる。その力強さに、強張っていた心が少し緩んでいくのを感じた。まるでなだめるようなそれに、緊張も不安もゆっくり溶かされていくようだ。

「俺のカウントに合わせて。3……2……1!」

 ハイターのカウントの声に合わせるように、一歩、右足を踏み出す。その先のことは夢中でわからないし、憶えていない。ただ気づけば、僕はハイターのリードに身を任せ、流れるように踊ることができていたのだ。
 これは一体……と、戸惑いを隠せない眼差しをちらりとハイターに向けると、彼は涼やかな目をほころばせ、僕にだけ聞こえる声で呟く。

「流石だな、ヒカル。相変わらずお前は勘がいい」

 “相変わらず”……また、僕の何かを知っているような言葉に、僕の心はひどくかき乱されたけれど、それもターンを繰り返すうちに攪拌かくはんされていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

処理中です...