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*5 花の環を彼と共に
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アルメヒティヒ学院では、毎年夏を迎える前にかなり大規模なイベントが行われる。学院の創立記念にグランツ祭と呼ばれるお祭りとも言えるイベントが開かれ、そこでは各学年がダンスを披露するのが習わしになっている。
ダンスとは言え、披露するのはいわゆる社交ダンスの部類のもので、男子生徒が男役と女役に分かれて踊り明かすのだ。男役は黒いベロアのベストを身に付け、女役は、薄いレースを腰に巻いて薄化粧を施され、頭に花飾りをつけさせられる。
なんで男子校なのにこんなことをするのかと言うと、単純に華やかさが出る、と言うだけでなく、年頃の男子生徒たちに、女性たちとの関わり方を実践的に教えるためだとも言われている。
僕はこのダンスが大嫌いで、毎年死にそうなほどの苦痛を感じながら踊らされている。僕は小柄で華奢なせいか、必ずと言っていいほど女役をさせられ、その上男役のやつらからニヤニヤとした目で見られるのだ。
「――と言うわけで、今年は“花の環”のダンスをやってもらいます。8年生の伝統のダンスですからね、皆さんはもうご存じでしょう。さ、それぞれの役割に分かれて」
初夏を迎える頃に体操の授業はすべてダンスに代わり、イベント当日までいやというほど踊らされる。その二カ月近くの間、僕はクラスのいけ好かないやつらから好奇の目に曝されるのだ。
日頃教師たちにいたずらをし、連帯責任を取らされているからか、この時ばかりはみんな仕返しとばかりに僕の方を好奇の目で遠慮なく見つめ、そして嗤う。
さっそく練習用にと配られたレースを輿につけた僕を見ながら、クラスの練習がくすくす嗤っている。
「さすが、よくお似合いだよね」
「もういっそ、女装パブとかに行けばいいのに」
「リリー、こっち向いてくれよ」
リリーというのは、誰がいつ頃からつけたのか、ダンスの時に女役をする僕に対するあだな……と言う体の蔑称だ。
紳士としての教育を施す学院と言いながら、こういうことを生徒にさせる学院の伝統とやらが本当にわからない。こんなのただの見世物じゃないか。
そうは言っても、このダンスの授業も、イベント当日のダンス自体も成績に換算されるので、適当に手を抜くわけにはいかない。普段僕のせいでこのクラスは全体の成績が低いから、なおのことダンスで足を引っ張るわけにはいかないのだろう。
足掻いたり抵抗したりできない、この時季の僕の様子が面白いらしく、クラスの大半がくすくす嗤っている。中には普段気に喰わないはずの僕と、こうして踊ることを本気で楽しみにしている妙なやつ――例えば、この前のボスのような――もいるらしく、そういうやつらはたいてい、鼻息荒くこう言うんだ。
「かわいいぜ、リリー。キスでもしてやろうか?」
正直、吐き気がするくらい腹が立つ。僕が小柄で、男にしては華奢で女の子みたいなのは認めるし、そのために女役をさせられるのも、まあ、我慢しよう。でもそれを、日頃の鬱憤晴らしに嗤ってからかって良いわけではないだろう。妙なあだ名まで付けて、馬鹿にするにもほどがある。
ここでレースを叩きつけて怒鳴り散らせたらいいのだろうけれど、教師が見ている手前、そうすればもっとこのクラスの成績は下がってしまうのだから、我慢するしかない。
でも、こんなことが数カ月も続くのかと思うと……精神が死んでしまいそうだ。
(もっとマシなやつとなら踊ってもいいんだけど……例えば、ハイターとか……)
長身にあの銀髪、涼しげな青い瞳。冷淡に見える眼差しでありながら、僕のことを“ヒカル”と呼ぶときだけそれに青い炎が点るように力強くなる。あの眼差しで見つめられながら踊れというのなら、まだマシと言うか、悪くない気もするのだ。
しかし、ハイターとは一つクラスを隔てたクラスで、体操の時間で一緒になることはほとんどない。一緒に踊るなんてまずありえないだろう。そんなこと、奇跡でも起きない限り無理なことだ。
ああ、今年も僕は半ば慰み者扱いか……と、溜め息交じりに円形に並び、向き直って並んだ今年のダンスの相手の方に顔をあげた。
「よろしく、リヒト」
「ああ、よろし……」
ダンスのパートナーとなる相手は、たとえ顔見知りでも挨拶をし、握手を交わすこと。それがグランツ祭におけるマナーとされている。
だから僕は、考え事をやめて顔をあげて手を差し出したのだけれど、向かい合った今年のパートナーとなる相手に、言葉が出てこなかった。
ダンスとは言え、披露するのはいわゆる社交ダンスの部類のもので、男子生徒が男役と女役に分かれて踊り明かすのだ。男役は黒いベロアのベストを身に付け、女役は、薄いレースを腰に巻いて薄化粧を施され、頭に花飾りをつけさせられる。
なんで男子校なのにこんなことをするのかと言うと、単純に華やかさが出る、と言うだけでなく、年頃の男子生徒たちに、女性たちとの関わり方を実践的に教えるためだとも言われている。
僕はこのダンスが大嫌いで、毎年死にそうなほどの苦痛を感じながら踊らされている。僕は小柄で華奢なせいか、必ずと言っていいほど女役をさせられ、その上男役のやつらからニヤニヤとした目で見られるのだ。
「――と言うわけで、今年は“花の環”のダンスをやってもらいます。8年生の伝統のダンスですからね、皆さんはもうご存じでしょう。さ、それぞれの役割に分かれて」
初夏を迎える頃に体操の授業はすべてダンスに代わり、イベント当日までいやというほど踊らされる。その二カ月近くの間、僕はクラスのいけ好かないやつらから好奇の目に曝されるのだ。
日頃教師たちにいたずらをし、連帯責任を取らされているからか、この時ばかりはみんな仕返しとばかりに僕の方を好奇の目で遠慮なく見つめ、そして嗤う。
さっそく練習用にと配られたレースを輿につけた僕を見ながら、クラスの練習がくすくす嗤っている。
「さすが、よくお似合いだよね」
「もういっそ、女装パブとかに行けばいいのに」
「リリー、こっち向いてくれよ」
リリーというのは、誰がいつ頃からつけたのか、ダンスの時に女役をする僕に対するあだな……と言う体の蔑称だ。
紳士としての教育を施す学院と言いながら、こういうことを生徒にさせる学院の伝統とやらが本当にわからない。こんなのただの見世物じゃないか。
そうは言っても、このダンスの授業も、イベント当日のダンス自体も成績に換算されるので、適当に手を抜くわけにはいかない。普段僕のせいでこのクラスは全体の成績が低いから、なおのことダンスで足を引っ張るわけにはいかないのだろう。
足掻いたり抵抗したりできない、この時季の僕の様子が面白いらしく、クラスの大半がくすくす嗤っている。中には普段気に喰わないはずの僕と、こうして踊ることを本気で楽しみにしている妙なやつ――例えば、この前のボスのような――もいるらしく、そういうやつらはたいてい、鼻息荒くこう言うんだ。
「かわいいぜ、リリー。キスでもしてやろうか?」
正直、吐き気がするくらい腹が立つ。僕が小柄で、男にしては華奢で女の子みたいなのは認めるし、そのために女役をさせられるのも、まあ、我慢しよう。でもそれを、日頃の鬱憤晴らしに嗤ってからかって良いわけではないだろう。妙なあだ名まで付けて、馬鹿にするにもほどがある。
ここでレースを叩きつけて怒鳴り散らせたらいいのだろうけれど、教師が見ている手前、そうすればもっとこのクラスの成績は下がってしまうのだから、我慢するしかない。
でも、こんなことが数カ月も続くのかと思うと……精神が死んでしまいそうだ。
(もっとマシなやつとなら踊ってもいいんだけど……例えば、ハイターとか……)
長身にあの銀髪、涼しげな青い瞳。冷淡に見える眼差しでありながら、僕のことを“ヒカル”と呼ぶときだけそれに青い炎が点るように力強くなる。あの眼差しで見つめられながら踊れというのなら、まだマシと言うか、悪くない気もするのだ。
しかし、ハイターとは一つクラスを隔てたクラスで、体操の時間で一緒になることはほとんどない。一緒に踊るなんてまずありえないだろう。そんなこと、奇跡でも起きない限り無理なことだ。
ああ、今年も僕は半ば慰み者扱いか……と、溜め息交じりに円形に並び、向き直って並んだ今年のダンスの相手の方に顔をあげた。
「よろしく、リヒト」
「ああ、よろし……」
ダンスのパートナーとなる相手は、たとえ顔見知りでも挨拶をし、握手を交わすこと。それがグランツ祭におけるマナーとされている。
だから僕は、考え事をやめて顔をあげて手を差し出したのだけれど、向かい合った今年のパートナーとなる相手に、言葉が出てこなかった。
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