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「そろそろやめたらどうだ? いまやめたなら先生方への報告はしないでおいてやろう」
「うるせえ! もうひと勝負だ、リヒト! お前らも誰か銀貨出せ!」
ボスに凄まれて取巻き連中は顔を見合わせるも、みんなあまり手持ちがないのか、それともこのボスに人望がなくて差し出したくないのか、兎に角誰も銀貨を出そうとしない。静まり返った場に、肩を怒らせているボスの様子が滑稽すぎて気の毒に見えてくる。
「ちくしょう! どいつもこいつも!」
気まずい沈黙が漂ったのち、ボスが手にしていたカードを床にたたきつけ、そのまま立ち上がって展望室を出ていった。
床に散ったトランプを拾うでもなく、取巻き連中たちがボスのあとを慌てて追うのを、僕は呆然と眺め、ハイターは冷静に散らばったカードを拾い集めている。
「何だったんだ、いまの……僕、勝ったのか?」
「俺のお陰で、そのようだな」
「ありがとう……ハイター」
ひとまず大金を巻き上げられなかった事のお礼を口にしたのだけれど、ハイターは先日初めて会った時のようににこりともせず、呆れたように溜め息をつき、拾い集めたカードを僕に手渡しながらこう付け加えてきた。
「これに懲りて、もうあいつらとはポーカーをするんじゃないぞ。いくら寮生活で少ない小遣いしか手持ちがないからと言って、賭け事をして増やすのは紳士の端くれとしてどうかと思うぞ」
寮生活における所持金は親からの小遣いくらいしかなく、それはとても貴重なのだろう。それをどうにかこうにか増やそうとして、教師の目を盗んで行われるのがこのようなポーカーでの賭け事らしい。品行方正な紳士の育成を謳う学院が聞いてあきれるけれど、これが実情なんだろう。
兎に角、以前の品行方正から程遠かったらしい僕は、そう言った“ある意味紳士的な社交の場”で小遣いを稼ごうとしては失敗し、カモにされていたようだ。
「うるさいな……助けてもらったのは有難いけど、説教されるいわれはないよ」
だけど、今日はそうされず、むしろ僕がボスをカモにしてやったのだ。
ハイターの余計な一言が腹立たしくてそう言い返してしまったけれど、内心はすごくホッとしていたのが正直なところだ。
「そういう素直じゃないところは、ヒカルではないのかもしれないな」
「は? どういうこと?」
思わず僕がムッとしてにらみ付けると、涼やかな目が射貫くように僕を見返し、それに何故か甘く胸が痛む。きゅっとつねられるような、それでいて懐かしくさえある痛み。
(何これ……なんで、こんな感覚になるんだろう?)
よく解らない感覚に混乱しつつも、ハイターがまたよくわからないことを口にしたので、それに問い返す。
だけど、彼はそれに応えることなく展望室の石段を下っていく。しかも、いまは食堂の時のように“リヒト”ではなく、あの、“ヒカル”と呼んだのだ。
「……なんでわざわざ呼び方を変えるんだろう?」
僕のことを“リヒト”と呼んだり、“ヒカル”と呼んだり。しかも、なんだか僕が知らないことを知っているような口ぶりだし、その上すごくお節介なことを言ってくる。あのハイターは僕の何を知っていて、どういう関係だと言うのだろう。クラスも違う、ただの同級生でしかないはずなのに。
「最優秀生徒様とやらが考えることは凡人には理解できないってこと? それはそれで腹が立つな……」
そう思いつつも、あの涼やかな目に見つめられると、胸が騒いで仕方ない。しかも、それだけでなく、どことなく甘く懐かしい痛みを覚えるのだ。良く知っているような、不思議な痛み。
よく知っている? 僕が、彼を? 僕は彼が最優秀生徒であること以外はなにも知らない……はず。
まったく知らない、と言い切れない気持ちでいる自分の曖昧な感覚にも驚きながら、僕は溜め息交じりに展望室をあとにした。
「うるせえ! もうひと勝負だ、リヒト! お前らも誰か銀貨出せ!」
ボスに凄まれて取巻き連中は顔を見合わせるも、みんなあまり手持ちがないのか、それともこのボスに人望がなくて差し出したくないのか、兎に角誰も銀貨を出そうとしない。静まり返った場に、肩を怒らせているボスの様子が滑稽すぎて気の毒に見えてくる。
「ちくしょう! どいつもこいつも!」
気まずい沈黙が漂ったのち、ボスが手にしていたカードを床にたたきつけ、そのまま立ち上がって展望室を出ていった。
床に散ったトランプを拾うでもなく、取巻き連中たちがボスのあとを慌てて追うのを、僕は呆然と眺め、ハイターは冷静に散らばったカードを拾い集めている。
「何だったんだ、いまの……僕、勝ったのか?」
「俺のお陰で、そのようだな」
「ありがとう……ハイター」
ひとまず大金を巻き上げられなかった事のお礼を口にしたのだけれど、ハイターは先日初めて会った時のようににこりともせず、呆れたように溜め息をつき、拾い集めたカードを僕に手渡しながらこう付け加えてきた。
「これに懲りて、もうあいつらとはポーカーをするんじゃないぞ。いくら寮生活で少ない小遣いしか手持ちがないからと言って、賭け事をして増やすのは紳士の端くれとしてどうかと思うぞ」
寮生活における所持金は親からの小遣いくらいしかなく、それはとても貴重なのだろう。それをどうにかこうにか増やそうとして、教師の目を盗んで行われるのがこのようなポーカーでの賭け事らしい。品行方正な紳士の育成を謳う学院が聞いてあきれるけれど、これが実情なんだろう。
兎に角、以前の品行方正から程遠かったらしい僕は、そう言った“ある意味紳士的な社交の場”で小遣いを稼ごうとしては失敗し、カモにされていたようだ。
「うるさいな……助けてもらったのは有難いけど、説教されるいわれはないよ」
だけど、今日はそうされず、むしろ僕がボスをカモにしてやったのだ。
ハイターの余計な一言が腹立たしくてそう言い返してしまったけれど、内心はすごくホッとしていたのが正直なところだ。
「そういう素直じゃないところは、ヒカルではないのかもしれないな」
「は? どういうこと?」
思わず僕がムッとしてにらみ付けると、涼やかな目が射貫くように僕を見返し、それに何故か甘く胸が痛む。きゅっとつねられるような、それでいて懐かしくさえある痛み。
(何これ……なんで、こんな感覚になるんだろう?)
よく解らない感覚に混乱しつつも、ハイターがまたよくわからないことを口にしたので、それに問い返す。
だけど、彼はそれに応えることなく展望室の石段を下っていく。しかも、いまは食堂の時のように“リヒト”ではなく、あの、“ヒカル”と呼んだのだ。
「……なんでわざわざ呼び方を変えるんだろう?」
僕のことを“リヒト”と呼んだり、“ヒカル”と呼んだり。しかも、なんだか僕が知らないことを知っているような口ぶりだし、その上すごくお節介なことを言ってくる。あのハイターは僕の何を知っていて、どういう関係だと言うのだろう。クラスも違う、ただの同級生でしかないはずなのに。
「最優秀生徒様とやらが考えることは凡人には理解できないってこと? それはそれで腹が立つな……」
そう思いつつも、あの涼やかな目に見つめられると、胸が騒いで仕方ない。しかも、それだけでなく、どことなく甘く懐かしい痛みを覚えるのだ。良く知っているような、不思議な痛み。
よく知っている? 僕が、彼を? 僕は彼が最優秀生徒であること以外はなにも知らない……はず。
まったく知らない、と言い切れない気持ちでいる自分の曖昧な感覚にも驚きながら、僕は溜め息交じりに展望室をあとにした。
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