【完結】転生先で出会ったのは前世の恋人――ではありませんでした

伊藤あまね

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*2 立ちはだかる試験という試練

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 数学の教師だけでなく、廊下を歩いているだけで、僕は周囲の生徒たちから驚きを持った目で見つめられ、僕が振り返ると、彼らはみんな目を反らした。そして僕が前を向き直れば、こそこそと小声で噂話をする。
 正直、気分がいいものではない。そんな態度を取られているということは、僕のことを相手が良いように思っていないということなのだから。

「何だよ……言いたいことあるならはっきり言えばいいのに……こそこそして、イヤな感じだな」

 学内で食事をとる場所と決められている食堂で、僕はついにたまりかねて、ついそう呟いてしまう。頬杖をついてサラダをつついている僕の周りには、数人分の空席には誰も座らないのがその苛立ちをより際立たせる。
 気分が悪い……と、苛立ちながらプチトマトにフォークを突き立てていると、「ここでのリヒトの評判はかなり悪いようだからな」と、溜め息交じりに背後から声をかけられた。
 振り返ると、トレーを持ってハイターが佇んで僕を見下ろしている。

「僕が何したって言うんだよ?」
「学院内でも有名なわがままっ子、いたずらっ子、兎に角お前みたいな生徒が模範生のようになったら、誰だって噂くらいするだろうな」
「そんなに、僕ひどいやつなの?」
「まあ、それなりに」
「例えば?」
「気に入らない先生の授業の時に教壇にヒキガエルを入れたり、化学の実験の時には勝手に薬品を取り出して爆発させたり……あとはそうだなぁ……勝てない賭けをしまくるとか、かな」
「そんなに?!」
「まあ何よりも、まずは次の試験で落第しないことだな」
「試験?」
「毎月末に行われる定期試験だ。ある程度の点数を取らないと赤点を付けられ、それが溜まると落第、そして退学になる」
「ええっ?!」

 「せいぜい気を付けるんだな」と、笑い含みに言われたのがさらに腹立たしく、僕はトレーを持って席を立った。
だけど、展望室に出入りしていることからも、周りのみんなや教師たちの態度から言っても、僕は今度の試験に、かなり本腰を入れて取り掛からないといけないのだろう。
 昼食を終え、僕はフィスに頼んでここ最近の主要科目の板書を見せてもらう。数学に外国語、化学に歴史……ざっと7科目はあるだろうか。
 ハイターの話によれば、試験の8割の点数を獲得しなくては赤点と呼ばれる落第間際のランク付けをされてしまうらしく、それが5つ続くと強制的に退学させられると言う。

「しかも、僕はその内もう3つは赤点を持っている、と……」

 これはなかなかピンチなのではないか? と、改めて自分の状況を突きつけられ、僕は寮の自室で頭を抱える。
 今日一通り受けてきた授業の内容さえついて行くのがやっとだったのに、あと10日あまりでろくに憶えのない知識を駆使して難題に挑まないといけないのだ。しかも、退学になる瀬戸際をかけて。
 こういう時、ひとまず同じクラスか、せめて同じ学年の誰かにノーとなり何なり見せてもらって、授業の内容を知ることからだろう。
 早速僕は、寮の同じフロアで行き合った二人連れの生徒に声をかけてみた。たしか、昨日の数学の授業の時に後ろに座っていたと思うからだ。

「ねえ、数学のノート見せてくれない? 今度に試験範囲でわからないとこがあっ……」
「ごめん、無理」
「おれも、無理」
「え、なんで……」

 まだノートを見せてくれないか、と言おうとしただけなのに、二人は言葉を被せるように断って来た。しかも表情も渋く、僕をからかっての冗談には見えない。
 なんだ、感じが悪いな、と思いつつも、「じゃ、じゃあ、歴史のノートでもいいから……」と言ってみたのだけれど、二人は顔を見合わせ揃って嫌そうな顔をする。

「じゃ、じゃあ……何の教科だったら見せてもらえる?」
「悪いけど、リヒト……おれら、お前にノート見せるつもりないから」
「え、なんで……」

 僕が理由を訊ねるのも構わず、二人は足早に去っていく。心なしか、二人はひそひそと囁き合って笑っているように見えた。
 なんだ、いまの……あまりに失礼じゃないか? 僕が何をしたって言うんだ? そう、考えながらも、ふと、昼間あのハイターが言っていた言葉を思い出す。

「ここでのリヒトの評判はかなり悪いようだからな……って、こういう事? そんなまさか……」

 ただ偶然、性格の悪い生徒にあたってしまっただけだろう。そう思い直し、僕は更にフロア内を進んで、フロアの中央にある小さな談話スペースに向かう。そこであれば誰かしらいて、ノートなり勉強なり教えてもらえたり出来るかと思ったからだ。
 案の定、古びたソファのある談話スペースには、同じ学年の生徒が5~6人くつろいでいた。その内の一人に僕は歩み寄り、早速交渉に出る。

「地理でも語学でも、何でもいいから、試験が行われる科目のどれかのノート、見せてもらえない?」
「え、でも……なあ?」
「頼むよ! お礼だったらするからさ!」

 拝むように頼み込む僕を前に、彼らは困ったような顔をして目を見合わせ、何か言い難そうな表情をして黙り込んでいる。
 気まずい沈黙が漂い、誰も何も言わない。何か躊躇ためらうような空気が、彼らの間にあるようで、それが僕に何か言葉にしないものを差し向けている。
 やがてそれは、無言の眼差しになって向けられ始めたことに気付き、僕は苦く笑う。

「え? そんなに、僕に見せるのいやなの? もしかして、先生たちに見せるなとか言われてる?」
「いや、そういうわけじゃ……なあ?」
「ああ、まあ……」
「じゃあ、見せてよ!」

 何を躊躇うことがあるのだろう。教師に禁じられているわけでもないなら、ノートを見せたり試験範囲の勉強を見合ったりすることなんて、友情の範囲内だろうに。
 それなのに、みんな重たく口をつぐんで、何か言いたげな目を僕に向けているだけだ。その煮え切らない態度が、とても癪に障ってイライラしてくる。

「……なんだよ、そんな目をして。何が言いたいんだよ」

 僕がムッとしてそう言い返すと、ひとりの生徒が意を決したように俯いていた顔をあげ、「じゃ、じゃあ、言うけどさ、」と口火を切って来た。
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