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「出た、シュテルン様」
「シュテルン様って?」
「年間の成績上位者がもらえる称号のことじゃないか。ハイターはシュテルンの常連だからね。そろそろ殿堂入りするんじゃない?」
「ウラで何やってるか知らないけれど……」フィスがそう僕に囁いていると、不意にハイターがこちらを振り返る。いまの話が聞こえたのだろうか、と僕とフィスがどきりとして口をつぐんでいると、ハイターがふわりと僕の方を見て微笑んだ……気がした。
青い眼が氷のようにも感じられるほど冷ややかな印象があるのに、やわらかな水のようにやさしい、だけどどこか悲し気な笑み。ただ偶然に僕に向けた、と片付けるには少々ハイターの情が込められているように感じられた。まるで、僕のことをとてもよく知っているとでも言いたげでもある。
そしてふいに、僕は先程のことを思い出す。
目覚めた時、ハイターは僕を抱きしめてきた。真剣な眼差しで、僕を射貫くように見つめながら。しかも、リヒトではない、誰かの名前を呼んで。
彼の言う、こんなところがここならば、僕はそもそもここではない“どこ”にいたというのだろう? そして、そこにはあのハイターもいたと言うのだろうか?
(あんな目立つ姿で有名な人、絶対忘れるわけがないんだけれど……会った憶えもなくて、名前すら忘れていたなんて……)
あんなに目立つ銀色の長い髪の彼なら、一度会ったらきっと忘れないほどの強い印象を持つはずなのに……まるで会った憶えがないのだ。
「ねえ、フィス。この学校に銀髪の青い眼って何人いるっけ?」
「銀髪に青い眼? そんなの、ハイターしかいないじゃないか。銀色の長い美しい髪に宝石のような青い眼、嘘みたいだよね」
「ハイター……その人って、何年生?」
「ハイターは俺らと同じ8年生で、最優秀生徒に3年連続で選ばれてる。リヒト、まさかそれまで忘れちゃったの?」
「……確認しただけじゃないか。べつにいいだろ」
学内での有名人を忘れてしまった僕に、フィスはさすがに呆れたらしいのだけれど、僕は曖昧にごまかしてやり過ごす。そんな有名人が、僕みたいなそこら辺にあまたいるだろう同級生の一人を、あんなに必死に捜していたことがにわかに信じがたかった。からかうにしても、あれを演技と呼ぶにしても、あまりに迫真だったからだ。
(しかもハイターは、僕のことを“ヒカル”って呼んだんだ。あれは、たぶん……東の国の言葉だったはず)
ここドエツより遠く離れた東の国。地理の授業で少しだけ話を聞いたそこには、黒曜石のように黒い髪と涼し気な目をした人々が住んでいる、という。
黒い髪に涼し気な目……その特徴は、あの一瞬だけ揺らぐように映し出されたハイターによく似た誰かの姿を彷彿とさせる。
あれは、一体――
そう考えている内に、再び鐘が鳴り響き、フィスが慌てて僕の腕を牽いて走り出す。
「リヒト! 次は恐怖の数学だよ! 急いで教室に行かないと!」
「あ、ああ、うん……」
鐘の音を合図に周りの生徒たちもわらわらと走り始め、校舎の中へ入っていく。
腕を牽かれるまま僕も走り出しながらも、ふと後ろにそびえるあの展望室のある塔を見上げる。先程まで何も知らないで平穏に過ごしていた“僕”が目覚め、そしてハイターと出会った場所。
僕が、“ヒカル”という誰かであると呼ばれた場所。
(さっきの、なんだったんだろう……優等生からからかわれたのかな……?)
問うように見上げた塔は何か知っているような顔をして澄ましたまま、なにも僕には教えてくれる気配もない。
仕方なく僕はフィスに連れられるまま、次の授業を受けるべく教室に駆け込み、その恐怖の数学とやらに臨むこととなった。
作法のアーベル先生とは違った厳しさがあるらしい、数学のバルツァーという教師は、僕が授業の最初から席についていることに驚き、「いまさらどういう風の吹き回しだ?」などと言ったりもしたほどだ。
一体僕はこの学校の中でどういう振る舞いをしてきていたのだろう。思い出すべきなのか否かわからないまま、僕は難解な数式と向き合うこととした。
「シュテルン様って?」
「年間の成績上位者がもらえる称号のことじゃないか。ハイターはシュテルンの常連だからね。そろそろ殿堂入りするんじゃない?」
「ウラで何やってるか知らないけれど……」フィスがそう僕に囁いていると、不意にハイターがこちらを振り返る。いまの話が聞こえたのだろうか、と僕とフィスがどきりとして口をつぐんでいると、ハイターがふわりと僕の方を見て微笑んだ……気がした。
青い眼が氷のようにも感じられるほど冷ややかな印象があるのに、やわらかな水のようにやさしい、だけどどこか悲し気な笑み。ただ偶然に僕に向けた、と片付けるには少々ハイターの情が込められているように感じられた。まるで、僕のことをとてもよく知っているとでも言いたげでもある。
そしてふいに、僕は先程のことを思い出す。
目覚めた時、ハイターは僕を抱きしめてきた。真剣な眼差しで、僕を射貫くように見つめながら。しかも、リヒトではない、誰かの名前を呼んで。
彼の言う、こんなところがここならば、僕はそもそもここではない“どこ”にいたというのだろう? そして、そこにはあのハイターもいたと言うのだろうか?
(あんな目立つ姿で有名な人、絶対忘れるわけがないんだけれど……会った憶えもなくて、名前すら忘れていたなんて……)
あんなに目立つ銀色の長い髪の彼なら、一度会ったらきっと忘れないほどの強い印象を持つはずなのに……まるで会った憶えがないのだ。
「ねえ、フィス。この学校に銀髪の青い眼って何人いるっけ?」
「銀髪に青い眼? そんなの、ハイターしかいないじゃないか。銀色の長い美しい髪に宝石のような青い眼、嘘みたいだよね」
「ハイター……その人って、何年生?」
「ハイターは俺らと同じ8年生で、最優秀生徒に3年連続で選ばれてる。リヒト、まさかそれまで忘れちゃったの?」
「……確認しただけじゃないか。べつにいいだろ」
学内での有名人を忘れてしまった僕に、フィスはさすがに呆れたらしいのだけれど、僕は曖昧にごまかしてやり過ごす。そんな有名人が、僕みたいなそこら辺にあまたいるだろう同級生の一人を、あんなに必死に捜していたことがにわかに信じがたかった。からかうにしても、あれを演技と呼ぶにしても、あまりに迫真だったからだ。
(しかもハイターは、僕のことを“ヒカル”って呼んだんだ。あれは、たぶん……東の国の言葉だったはず)
ここドエツより遠く離れた東の国。地理の授業で少しだけ話を聞いたそこには、黒曜石のように黒い髪と涼し気な目をした人々が住んでいる、という。
黒い髪に涼し気な目……その特徴は、あの一瞬だけ揺らぐように映し出されたハイターによく似た誰かの姿を彷彿とさせる。
あれは、一体――
そう考えている内に、再び鐘が鳴り響き、フィスが慌てて僕の腕を牽いて走り出す。
「リヒト! 次は恐怖の数学だよ! 急いで教室に行かないと!」
「あ、ああ、うん……」
鐘の音を合図に周りの生徒たちもわらわらと走り始め、校舎の中へ入っていく。
腕を牽かれるまま僕も走り出しながらも、ふと後ろにそびえるあの展望室のある塔を見上げる。先程まで何も知らないで平穏に過ごしていた“僕”が目覚め、そしてハイターと出会った場所。
僕が、“ヒカル”という誰かであると呼ばれた場所。
(さっきの、なんだったんだろう……優等生からからかわれたのかな……?)
問うように見上げた塔は何か知っているような顔をして澄ましたまま、なにも僕には教えてくれる気配もない。
仕方なく僕はフィスに連れられるまま、次の授業を受けるべく教室に駆け込み、その恐怖の数学とやらに臨むこととなった。
作法のアーベル先生とは違った厳しさがあるらしい、数学のバルツァーという教師は、僕が授業の最初から席についていることに驚き、「いまさらどういう風の吹き回しだ?」などと言ったりもしたほどだ。
一体僕はこの学校の中でどういう振る舞いをしてきていたのだろう。思い出すべきなのか否かわからないまま、僕は難解な数式と向き合うこととした。
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