【完結】百日後、溺愛狐に嫁入りすることになりました

伊藤あまね

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*二十一章 神隠しのような人さらい

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 ほぼ毎日、朝食を食べて紺を仕事に送り出してから、ぼくは部屋の中を軽く掃除をする。掃除機なんてないので、ほうきとチリトリ、雑巾ぞうきん、ハタキなどを使う、小学校でやったみたいな掃除だ。
 買い出しと洗濯(何せ基本は手洗いなんだから)は身体に負担がかかるからと言って紺が代わりにやってくれるので、ぼくがやれる家事はこれくらい。
 どんなに丁寧にやっても小一時間もあれば掃除は終わってしまう。それでもだいたいまだ昼前。
 昼食にはまだちょっと時間があるから、ぼくは家にある紺の本を読んだり、近くを散歩に出たりする。

「さーて、今日は何をしようかなぁ……」

 ちなみに昨日は紺の蔵書を何冊か半日くらい読んで、昼寝をしたりしていたんだけど、今日はちょっと外に出たいかも。
 縁側から空を見上げる。晴れ渡っていて黒い雲らしいものもないので、たぶん雨は大丈夫だろう。
 鍵を閉めて、紺からこの前買ってもらった深緑の巾着に財布と家の鍵を入れ、草履をつっかけてぼくは散歩に出かけることにした。


 参道沿いの店は今日もどこも美味しそうな匂いを漂わせている。
 今日は紺がお揚げ入りのかやくご飯のおにぎりをお昼に用意していてくれているから、それに合ったおかずを買いに行くことにした。
 通りの真ん中あたりに、煮物の専門のお店があるんだけれど、ぼくはそこのカボチャの煮物が気に入っている。
 最初に食べたのはこの国に来て、挙式した翌日のお昼だった。
 遅く起きたら、紺が白いおにぎりとその煮物とお揚げの味噌汁を用意してくれていて、それがすごく美味しくて感動したのがきっかけだ。
 それから一日あけて自分でも買いに行って、今週だけでも今日で三回目になる。狐の国の時間の流れとは言え一週間くらいの間に三回も同じものを買っているからか、さすがにお店の人に顔を覚えられてしまった。

「いらっしゃい。今日もカボチャ?」
「えへへ……お願いします」
「一斤?」
「まさか! その半分で」

 一斤ってだいたいグラムで言うと六百グラムぐらいらしい。この国の単位はグラムじゃなくて、貫とか尺とか、昔の日本でも使われていた単位だ。
 最初はびっくりしたけれど、結婚式の時に食べた不思議なお揚げのおかげなのか、計算が大変だと思ったことはない。
 一斤の半分でも三百グラムくらいはあるから……まあ、一人分としてはなかなかな量になるので、もちろん紺と分け合って食べるつもりだ。
 紺もこのお店の煮物が大好きだから、あの朝食に用意してくれたんだろう。好きな人の、好きなものを用意してもらえるって愛されていると感じられてすごくいいなと思う。
 この国の生活に戸惑うことがないわけではないけれど、戸惑いに立ち止まってしまうようなことがほとんどないのも、きっと紺のおかげだ。
 紺のおかげで、ぼくは少しずつ狐の国に、狐人の生活に馴染んでいっていると思う。すごく、有難い話だと思う。


 煮物を買って、その後おやつ用の豆大福も(もちろん紺の分も)買って、ぼくは通りをゆったり歩いていく。
 天気がいいのと、体調もいいのもあって、参道から少し外れたいつもと違う道を歩くことにした。
 店が並ぶ通りの裏に当たるその道は、いわゆる長屋のような平屋の家が立ち並んでいる。
 長屋共同の井戸のような水場があって、そこで狐人の女のひと達が洗濯物をしながら喋っていて、その周りを小さな子どもの狐人が何人か走り回っている。
 今日は天気がよくて一日が三十時間ぐらいあるらしいと聞いているので、洗濯物を干すにはいい日和かもしれない。

「あら、御寮さん、おでかけ?」

 洗濯物を桶に入れて抱えていた女のひとの一人がぼくに気づいて、声をかけてきた。
 ぼくと紺の結婚式はこの辺りでかなり久々の婚礼だったらしくて、挙式から数カ月経ってもぼくは相変わらず御寮さんと呼ばれている。

「はい、お昼とおやつを買いに」
「まあ、翁屋おきなやさんのね。おいしいよねぇ、ここの」

 ぼくに気づいた女のひと達が洗濯の手を止めて話しかけてくる。人間界からお嫁入りした新人だからか、紺が言っていたように、本当に色んな人から話しかけられる毎日だ。

「そう言えば、この前の帯留めの持ち主は見つかったんですか?」
「ああ、そうそう。お陰さんでね、見つかったよ。豆腐屋のおかみさんのだったみたい。ありがとうねぇって言ってたよ」
「そっかぁ、よかった」

 狐の国に来ても、ぼくの拾い体質は相変わらずで、散歩のたびに何かを拾ってしまう。
 いまのところ人を拾うことはないのと、大きなトラブルがないのが幸いだけれど。

「御寮さん、つわりはどう? 少しは他のも食べれてる?」

 長屋のひと達はとても人懐っこくって、親切だ。拾い物をしたぼくに代わって持ち主を探してくれたりもする。
 特にぼくが人間の男で妊娠したからか、かなり気遣う声をかけられる。

「うーん、少しずつですけど果物が食べられるようになってきました」
「あらそうなの! じゃあ、ちょっと待ってて!」

 そう言って、声をかけてきたうちのひとりが慌てて家の方に走って行った。
 なんだろう? と思っていたら、すぐにその人は戻ってきた。手にはなにか小さな赤いものをたくさん籠に入れて抱えていた。

「はい! これ」
「これ、イチゴ?」
「口がすっきりするかなと思って。口寂しくなったら摘まんだらいいよ」
「ありがとうございます」

 いわゆるご近所さんの親切を有難く受け取り、ぼくは新鮮でみずみずしいイチゴを籠ごと持って帰ることにした。


 両手で籠を抱えて、うっすらと甘酸っぱい匂いを嗅ぎながら長屋の通りを歩いていると、ぽん、と後ろから肩を叩かれた。
 またご近所さんかな? と思って振り返ったら――明るい金髪、金色の三角の耳……金路がニコニコと微笑んで立っていた。

「金路」
「よぉ、買い物?」
「うん。イチゴはね、さっき頂いたんだ」
「重そうだな、身重なヤツが持つもんじゃないよ。貸しな」

 ぼくが断るかどうか迷った一瞬のうちに、金路はぼくの手からイチゴ入りの籠も煮物入りの袋もあっさりと片手に引き受けてしまった。

「昼飯は?」
「まだだよ」
「じゃあ、俺んちにおいで。美味いぼた餅があるんだよ」

 そう言いながら、金路はぼくの肩を抱いてくる。
 ……なんか、今日は距離が近いな…… ぼくがちょっと身を引き気味に苦笑いしていても、金路は構わずぼくと並んで歩く。
 金路はただぼくに話しかけてきただけなのに……なんだろう、このヘンな感じ……

「ごめんなさい、お昼は、紺が用意してくれてるから……」

 やんわりと断りの言葉を口にして、金路の手の中の荷物を引取ろうとしたその時、金路が目を見開いた。
 ――重厚な金色の眼……吸い込まれるように深い色に、ぼくは口にしようとした言葉すら奪われてしまう。
 金路を映し出している景色がグニャリと揺らいで、視界に映し出している金路の姿が水あめのように伸びていく……――
 ――そうして、目の前が真っ暗になって身体が重たくなって……動けなくなってしまった。
 意識が、どんどん遠くぼんやりしていく――……こんなところで、倒れるわけにはいかないのに……
 どうにか意識を保とうと踏ん張っても、手足の力がどんどん抜けていく。まるで風船から空気が抜けていくように、ゆるゆると。
 瞬きを一つするたびに、目の前の暗さが深くふかくなっていく。ペンキで塗りつぶしたような深い色はぼくを侵食していくように広がる。
 ――闇だ……それも、すごく深くどろどろとした恨みが込められた、闇……

「――つーかまえた……逃がさないよ、御寮さん……」

 耳元を舐めるようなねっとりとした囁き声が聞こえたかと思うと、ぼくの意識はいよいよ闇に吸い込まれるように薄れていった。


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