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*八章 似ている誰かと残された“時間”
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交番で睨み合いの末に取っ組み合いなんて始めちゃったらマズいので、なんとか紺を説得して、ぼくは紺と金路とぼくのアパートの部屋に帰った。
部屋に着くと、ぼくよりも紺よりも先に金路は中に上がり込んで、当たり前のようにこたつ机の前にあぐらをかく。
「金路! 家主の緋唯斗より先に上がるとは何事ですか!」
「硬いこと言うなよギン……」
「私は、紺です」
金路が口にしかけた名前のような言葉を遮るように紺が名乗って、金路は目を丸くした。そして、何か面白くなさそうな顔をして、「フーン……名前をもらったのか、お前」と、呟く。
名前を、もらった……? 紺は、最初から紺じゃないの……? ぼくの頭の中が疑問符だらけになっていたけれど、二人は構うことなく睨み合ったままだ。
「……だったら、なんです」
「名前をもらっておきながら、まだ仕込んでないのか?」
「大きなお世話です。私には私のやり方があるんです。それに、まだ時間だって――」
「そういう呑気なこと言ってるから、間抜けにもこの世界であいつを亡くして、挙句お前はつまんねえことで死にかけてチカラを使い果たしたりするんじゃねえのか?」
金路が呆れたような、少し意地の悪いような顔で言うと、紺はまた黙り込んでしまった。
二人がどうやら知り合いで金路は紺の何かを知っているみたいなこと、紺は何かを仕込まなくてはいけないこと、そしてそれには期限があるということが何となくぼくにはわかり始めていた。
折角今日は紺がごちそうを作ってくれて、楽しい日になるかと思っていたのに……これは一体どういう状況なんだろう? ぼくは言いようのない悲しいような悔しいようなぐちゃぐちゃした気持ちでいっぱいだ。
うっかりすれば泣き出しそうな気持ちで俯いていたぼくに、そっと紺が振り返って微笑みかけてくる。何も言ってなかったけれど、それはすごくホッとする微笑みだった。
そしてまた、紺は金路の方に向き直る。
「これは私と緋唯斗の問題です。金路、あなたには関係がない」
「そうかもしれねえけど、そうだとも言い切れないだろ。現にお前はもう名前をもらっている。名前をもらっている以上百日以内に仕込むのが決まりだろうが」
「百日以内にという決まりであっても、いつ仕込むかどうかは、私が決め、緋唯斗に許されて初めてできることです。あなたが焦れて口出しすることではない。たとえ、あなたが片割れだとしても」
凛とした口調と態度できっぱりと金路の言葉を突っぱねる紺の姿を見つめながら、ぼくは胸の奥がとても熱くなって高鳴っていくのを感じた。
ぼくは二人が何について言い合いになっているのかは全くわからなかったけれど、それにはぼくも関係していて、それについて紺はぼくの選択権を守ってくれるということはわかった。
意味が解らないことではあったけれど、だからこそ、ぼくの選べる権利を守ってくれるのは素直に嬉しい。
(――でも……金路が“片割れ”って……もしかして、二人は……双子なの?)
ただの双子の兄弟にしてはかなり憎しみ合っている雰囲気に、ぼくは二人を引き合わせてしまったことがよくなかったのではと悔やんだ。
それからしばらくの間、紺と金路は睨み合ったままで、ぼくも立ちすくんだまま動けなかった。
どれぐらいの間そうしていただろうか。射しこんでいた陽が傾いて、影が伸びてきていたぐらいだから、ずいぶんと長い時間だったのかもしれない。
このままずっと睨み合っているのかな……と、ぼくが思っていたら、突然座っていた金路が立ち上がった。
帰るんだろうか……? ぼくがぼんやりその姿を目で追っていたら、金路はぼくに近づいてきてぼくの腕をつかんで引っ張ってきた。
引かれるがままぼくは金路の腕の中に納まって、紺の目が一気に釣り上がった表情になる。
「緋唯斗を放しなさい!」
「まだ仕込んでねえなら、俺にだって権利があるだろう。なにせ、片割れなんだからな」
「しかしあなたは名前をもらっていない!」
「仕込みのない状態で、いまのお前の名前の効力なんてたかが知れてら」
金路がそう言ったかと思うと、金路はぼくの顎に手を宛がって彼の方へ向かせる。
「……ッはは、見れば見るほど紫音に似てるな、ホント……」
「え……?」
(――シオン……? 似てるって、ぼくが?)
誰かの名を口にして金路がぼくを見つめてくる。紺と似ているようで、でも全然正反対な雰囲気の金路の目は、ぼくを捕らえて離さない。
どんなに動こうとしても、まるで暗示にでもかかっているみたいに目を逸らすことも指を一本も動かせないでいるぼくは、ゆっくりと近づいてくる金路の顔を見つめたままだった。
――……イヤだ! イヤだ! 助けて、紺! ぼくは実際にそう叫んでいたのか、それとも頭の中で喚いていただけなのか、わからない。
ただただ夢中だった。夢中でぼくは身を捩っていた。さっきまであんなに動かそうと思っても動かなかったのに。
そして気づけば、紺がぼくの腕を引くと同時に金路を殴りつけて、その勢いで手放していた。
ぼくは紺の腕の中に納まり、金路は窓際の壁まで吹っ飛んでいく。
強く紺が抱きしめてくれるのが嬉しくてぼくも思わず紺を抱きしめていた。
「……ってぇ、殴るこたねぇだろ」
「私に名を与えてくれた者に、気安くその手で触れるんじゃない。それだけで済んで有難いと思いなさい」
「なんだと? 名前をもらっておきながら何にもしてねえお前に何の権利も……」
「それ以上何か言おうものなら、たとえ片割れだとしても容赦はしませんよ、金路」
「……ッち」
「命あるうちにさっさとここから去りなさい」
いままで見たこともないくらいに激しい怒りに包まれている紺の気迫に、金路は睨みつけつつもそれ以上何も言う事も手を出してくることもなかった。
それからぼくらを押し退けるように玄関のほうによろよろと歩いて行き、そしてドアに手をかけて出て行きざまに言い捨てるようにこう言った。
「――種を仕込める期日まであと半月……それまでに仕込めていなければ、俺が迎える」
「あと、半月……?」
ぼくが問うように紺の方を向くと、紺は怒りの表情を崩さないまま唇を噛んで金路を睨みつけている。
そうして金路が出て行ってからも、しばらくの間ぼくは紺に抱きしめられたまま動くことができなかった。紺は、じっと金路が出て行ったドアを睨んだままだ。
紺に訊きたいことがいっぱいあるはずなのに、言葉がうまく繋がらなくて出てこない。もし繋がったとしても、言葉になったとしても、いまの紺に訊いて良いようには思えなかったけれど。
うっすらと暮れてきた部屋の中で、ぼくらはただ黙って息を潜めるように抱き合っていた。
部屋に着くと、ぼくよりも紺よりも先に金路は中に上がり込んで、当たり前のようにこたつ机の前にあぐらをかく。
「金路! 家主の緋唯斗より先に上がるとは何事ですか!」
「硬いこと言うなよギン……」
「私は、紺です」
金路が口にしかけた名前のような言葉を遮るように紺が名乗って、金路は目を丸くした。そして、何か面白くなさそうな顔をして、「フーン……名前をもらったのか、お前」と、呟く。
名前を、もらった……? 紺は、最初から紺じゃないの……? ぼくの頭の中が疑問符だらけになっていたけれど、二人は構うことなく睨み合ったままだ。
「……だったら、なんです」
「名前をもらっておきながら、まだ仕込んでないのか?」
「大きなお世話です。私には私のやり方があるんです。それに、まだ時間だって――」
「そういう呑気なこと言ってるから、間抜けにもこの世界であいつを亡くして、挙句お前はつまんねえことで死にかけてチカラを使い果たしたりするんじゃねえのか?」
金路が呆れたような、少し意地の悪いような顔で言うと、紺はまた黙り込んでしまった。
二人がどうやら知り合いで金路は紺の何かを知っているみたいなこと、紺は何かを仕込まなくてはいけないこと、そしてそれには期限があるということが何となくぼくにはわかり始めていた。
折角今日は紺がごちそうを作ってくれて、楽しい日になるかと思っていたのに……これは一体どういう状況なんだろう? ぼくは言いようのない悲しいような悔しいようなぐちゃぐちゃした気持ちでいっぱいだ。
うっかりすれば泣き出しそうな気持ちで俯いていたぼくに、そっと紺が振り返って微笑みかけてくる。何も言ってなかったけれど、それはすごくホッとする微笑みだった。
そしてまた、紺は金路の方に向き直る。
「これは私と緋唯斗の問題です。金路、あなたには関係がない」
「そうかもしれねえけど、そうだとも言い切れないだろ。現にお前はもう名前をもらっている。名前をもらっている以上百日以内に仕込むのが決まりだろうが」
「百日以内にという決まりであっても、いつ仕込むかどうかは、私が決め、緋唯斗に許されて初めてできることです。あなたが焦れて口出しすることではない。たとえ、あなたが片割れだとしても」
凛とした口調と態度できっぱりと金路の言葉を突っぱねる紺の姿を見つめながら、ぼくは胸の奥がとても熱くなって高鳴っていくのを感じた。
ぼくは二人が何について言い合いになっているのかは全くわからなかったけれど、それにはぼくも関係していて、それについて紺はぼくの選択権を守ってくれるということはわかった。
意味が解らないことではあったけれど、だからこそ、ぼくの選べる権利を守ってくれるのは素直に嬉しい。
(――でも……金路が“片割れ”って……もしかして、二人は……双子なの?)
ただの双子の兄弟にしてはかなり憎しみ合っている雰囲気に、ぼくは二人を引き合わせてしまったことがよくなかったのではと悔やんだ。
それからしばらくの間、紺と金路は睨み合ったままで、ぼくも立ちすくんだまま動けなかった。
どれぐらいの間そうしていただろうか。射しこんでいた陽が傾いて、影が伸びてきていたぐらいだから、ずいぶんと長い時間だったのかもしれない。
このままずっと睨み合っているのかな……と、ぼくが思っていたら、突然座っていた金路が立ち上がった。
帰るんだろうか……? ぼくがぼんやりその姿を目で追っていたら、金路はぼくに近づいてきてぼくの腕をつかんで引っ張ってきた。
引かれるがままぼくは金路の腕の中に納まって、紺の目が一気に釣り上がった表情になる。
「緋唯斗を放しなさい!」
「まだ仕込んでねえなら、俺にだって権利があるだろう。なにせ、片割れなんだからな」
「しかしあなたは名前をもらっていない!」
「仕込みのない状態で、いまのお前の名前の効力なんてたかが知れてら」
金路がそう言ったかと思うと、金路はぼくの顎に手を宛がって彼の方へ向かせる。
「……ッはは、見れば見るほど紫音に似てるな、ホント……」
「え……?」
(――シオン……? 似てるって、ぼくが?)
誰かの名を口にして金路がぼくを見つめてくる。紺と似ているようで、でも全然正反対な雰囲気の金路の目は、ぼくを捕らえて離さない。
どんなに動こうとしても、まるで暗示にでもかかっているみたいに目を逸らすことも指を一本も動かせないでいるぼくは、ゆっくりと近づいてくる金路の顔を見つめたままだった。
――……イヤだ! イヤだ! 助けて、紺! ぼくは実際にそう叫んでいたのか、それとも頭の中で喚いていただけなのか、わからない。
ただただ夢中だった。夢中でぼくは身を捩っていた。さっきまであんなに動かそうと思っても動かなかったのに。
そして気づけば、紺がぼくの腕を引くと同時に金路を殴りつけて、その勢いで手放していた。
ぼくは紺の腕の中に納まり、金路は窓際の壁まで吹っ飛んでいく。
強く紺が抱きしめてくれるのが嬉しくてぼくも思わず紺を抱きしめていた。
「……ってぇ、殴るこたねぇだろ」
「私に名を与えてくれた者に、気安くその手で触れるんじゃない。それだけで済んで有難いと思いなさい」
「なんだと? 名前をもらっておきながら何にもしてねえお前に何の権利も……」
「それ以上何か言おうものなら、たとえ片割れだとしても容赦はしませんよ、金路」
「……ッち」
「命あるうちにさっさとここから去りなさい」
いままで見たこともないくらいに激しい怒りに包まれている紺の気迫に、金路は睨みつけつつもそれ以上何も言う事も手を出してくることもなかった。
それからぼくらを押し退けるように玄関のほうによろよろと歩いて行き、そしてドアに手をかけて出て行きざまに言い捨てるようにこう言った。
「――種を仕込める期日まであと半月……それまでに仕込めていなければ、俺が迎える」
「あと、半月……?」
ぼくが問うように紺の方を向くと、紺は怒りの表情を崩さないまま唇を噛んで金路を睨みつけている。
そうして金路が出て行ってからも、しばらくの間ぼくは紺に抱きしめられたまま動くことができなかった。紺は、じっと金路が出て行ったドアを睨んだままだ。
紺に訊きたいことがいっぱいあるはずなのに、言葉がうまく繋がらなくて出てこない。もし繋がったとしても、言葉になったとしても、いまの紺に訊いて良いようには思えなかったけれど。
うっすらと暮れてきた部屋の中で、ぼくらはただ黙って息を潜めるように抱き合っていた。
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