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アキとユズ*最終章

はなまるをあげよう*最終話

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「俺で、いいの?本当に?」
「本当だよ。アキくんじゃないと、ダメなんだってば。」

 くどいように確認する俺に、ユズは困ったように笑って頷いてくれた。紅く染まったその笑顔は、本当に花が咲きほころんだみたいにきれいだった。
 この綺麗な花のような彼と、ひとつ屋根の下に暮らせるんだ――――つい数時間前の心境からは考えも想像もしていなかった事態に、アタマの理解が今一つ追いついていない感じがしたけれど、大声で叫びたいぐらいに嬉しいことに違いはなかった。
 叫んでしまうと近所迷惑なので、俺はまたユズを抱きしめた。さっきまでとは違う意味合いを持つ抱擁に、自然とまた涙が溢れだしていた。
 悲しい事や嬉しい事が目まぐるしく起こる1日だな、と、視界を潤ませながら俺は思っていた。目まぐるしくて、眩しくて、しあわせな日だな、と。

「不束な者だけど、末永くよろしくね、アキくん。」
「こ、こちらこそ」

 抱擁を解いて、三つ指をつくような言葉を交わし合う。なんだかごっこ遊びをしているようでくぐったくて、思わずくすくすと笑い合うと、すべてが夢で、ふとした拍子に壊れてしまう泡のように思えた。
 指輪を握りしめる俺の掌に、ユズの手が重なって、そっと俺の指につけてくれた。その指先には、俺と同じデザインの指輪が光っている。
 揃いの指輪をつけた指先を絡ませている内に、どちらからともなくキスをしていた。指輪もつけて、まるで誓いのそれみたいだ。ふたりの契りは、世間の誰も認められるにはまだまだ障壁がたくさんあるのに。揃いの指輪が、灯かりを受けてちいさく光っていた。

「いつから、考えてたの?」
「この前本を出した時ぐらいかなぁ、はっきり、ああ、俺アキくんいないとホントダメなんだなぁって。あと、本当は部屋の事も、もう少しお金貯まってからにしようかなって思ってたんだ。ここよりもっと広い部屋がいいかなーとか考えて。でもそれだといつになるかわかんないし…アキくんの仕事の事もあるし…そもそも俺が部屋の事決めちゃうわけにもいかない気がしたし…」
「俺はユズと居られればどんな部屋でもいいよ?」
「そう?狭くない?」
「後から考えてもいいんじゃないかな。まず、住んでみる、っていう感じで。」
「うん…そっか…。それも、アリか…。でも俺、ホントにダメダメになっちゃうから、覚悟しといてね、アキくん。」
「望むところだね。しっかり甘えてくれたまえ。」
「頼もしいー。あ、俺ね、アキくんが作ったごはん食べてみたい。」
「え、俺?…食えるもん作れるかなぁ…」
「俺が教えてあげる。そんでさ、一緒に作ろう。」

 何作りたい?と、ユズがふわりと笑いかけてくる。ほんのりと甘い卵焼きのような笑顔で。この笑顔と隣り合って、並んで台所に立つところを想像してみる。いい歳した男2人が卵焼きを作る様を思い浮かべてみる。なかなか奇妙でおかしくて、だけどとても愛しい景色だった。
 いつぐらいに俺が部屋に越してきたらいいのか、とか、要る家財と家電を仕分けなきゃ、とか、ベッドも買い替えなきゃだね、とか、思いつく限りのこれからのための準備に必要な事をユズと話し合う。すごくわくわくする、初めてのキャンプに行く前の夜みたいな気分だった。
 勿論、俺の職場への報告とか、手続きとか、隣近所の目とか、クリアしてかなきゃいけない問題は山のようにあるのも事実だった。
 どこかで無慈悲な現実にぶち当たることだってあるだろう。心が折れかねない事だって、きっと。想像すらできない何かを漠然と感じながら、それでも俺もユズも子どもみたいに眼をキラキラとさせてこれからの事を喋り続けていた。
 どん底の絶望から這い上がると、夢のような奇跡がふたりを待っていた。風が吹けばあっさり飛んでいきそうな、儚く脆い、星屑のような奇跡の煌めきが、ふたりの繋いだ手の中にあった。
 この先をずっと、彼と生きていく。白い壁に囲まれたこの部屋で。ひとつ屋根の下、同じものを食べて、きっと隣り合って眠るのだろう。
 ささやかで甘い日々の始まりを思い描きながら、その後ろにある現実の影に目を瞑りながら、俺とユズはふたりのこれからの日々を思い描いた。浮かぶ発想は自由で明るくて怖い物なんて何もない気がした。それらは正解がない路の中につけられた花丸の様に思えた。
 朧月の浮かぶ春の夜に、ぼんやりとした月光に照らされたふたりで生きていくための花丸のついた路を俺とユズは並んで歩き始めた。

<終。>
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