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アキとユズ*最終章
はなまるをあげよう*7
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いつもなら15分もあれば余裕でたどり着くユズの部屋に、倍以上の時間をかけて行き着いた。
部屋の手前にある長い上り坂の途中で何度も立ち止り、振り返って景色を眺めては溜息を吐いた。まるで眼に映る景色を記憶や脳裏に焼き付けようとするみたいに、じっくりと景色を眺めながら気持ちを落ち着かせようとした。
鉛のような足取りと気持ちはユズの部屋に近づくほどに重たくなり、上り坂のきつさも手伝って大げさなほど大きく息を吐きながら歩き続けた。
何とか部屋までたどり着いて、ユズの部屋に迎え入れられて、どんな言葉を交わして、どんな顔をしていたのか、思い出せない。
当たり前のように、いつものように招き入れられ、天気の話や当たり障りない近況の話をしたのだろうと思う。ふと我に返った今、俺はユズの部屋のダイニングテーブルの椅子に座って、少し早目の晩酌をしている最中だった。
「アキくん、もう少し遅くなるかなーなんて勝手に思ってたから、まだ何にも用意してなくって…」
「え、あ…いや、俺もちゃんと連絡してなかった、し…」
「すぐ作るからさ、ごめん、少し早いけど飲んで待っててくれる?」
「なんかやろうか?」
「んー、いいよ、すぐできるから。ありがと。」
夕暮れにはまだ早い時間帯、台所に立って手際よく夕食の準備をするユズの気配を背後に感じつつ、進められるがまま俺は缶ビールを飲み始めていた。
忙しく台所を立ち回りながら、ユズは逢えなかった日々の事を簡単に話してくれた。
仕事と自体は思っていたより早く済んだこと、だから昨日一日掃除やら洗濯やら溜まった家事に充てたこと、久々に自転車に乗って買出しに言った事、だから今日は腕によりをかけてごちそうを作ってくれるということ。
時々俺のところへきて、「これ、味見ね。」と言って、小皿に野菜の塩もみしたのや、醤油で甘辛く味付けした肉の切れ端なんかを持ってきてくれたりしながら、ユズはぽつぽつと話してくれた。
よく耳を立てていないと、食器や水音に掻き消されそうなほどユズの話声はちいさい。ちいさいというか、か細い。ユズの口からそのまま、彼の魂を象ったような声色をしている。
先日の件があるからか、いつもより声がか細く聞こえてしまって、それが嘘をついているように聞こえてしまっているのは、俺が疑心暗鬼になっているからだろうか。
何かを隠されていることは勿論ショックだけれど、そもそも俺はユズの、いったい何を疑っているんだろうか。あの昼の光景を見てしまってから、ずっと考えていることだ。
単純に言えば、馬越くんが絡んでの浮気でもしているのかと思っていた。だけどそんな単純な問題でもない気もしている。
第一に、なんでわざわざ昼の駅前のカフェなんかで密会をしていたかという事だ。俺が休みなのはユズは知っていた筈だし、100%遇わないなんて思ってもいないだろうからだ。現に、俺は目撃してしまったんだし。
俺が浮気するならもっと表立ってない場所か、絶対に知り合いのいない街にするだろうからだ。せめて時間帯だけでも夜にするだろう。
次に、どうして馬越くんを巻き込んだかという事だ。
彼は俺とユズの共通の友達で、俺と同じアパートだ。接点が必ずある人物を巻き込んでの浮気なんて探りを入れてくださいと言うようなものじゃないのか。馬越くんはユズに口止めはされているみたいだけど、必ず相手がそれを守ってくれるとは限らないのだから。
要するに、ユズが浮気していると単純に決めてしまうにはあまりに隙だらけなのだ、今回の件は。だから、俺はユズの何を疑いたいのかが自分でもわからないのが正直なところだ。馬鹿げた話かもしれないけれどそれが本当のところだ。
本当のところ、で言えば、ユズが俺に何か隠し事をしているという事は真実なのだろう。
これは確実だけれど、ユズが俺に隠したいようなことがそもそも思い浮かばないため、早々に壁にぶち当たっている気分だった。
真実はすぐ目の前にある筈なのに、謎を解くための術が何もないのだ。四方を厚く高い壁で囲まれているような窮屈で息苦しささえ覚えるような気分が、あの日から続いている。
答えのない禅問答のような考え事をしている間に、ユズが出来立ての料理を盛り付けた皿を次々と運んできた。俺は慌ててビールや先に出してもらっていた小皿を除け、食卓を整え始めた。
久々のユズの手料理は鶏肉のチャーシューをメインにした中華料理風な食卓だった。
ふわふわの卵と鮮やかな緑のニラが浮かぶ中華スープにピリ辛の春雨サラダ、青梗菜の炒め物に海苔を和えた物、スパイスの効いたマッシュポテト。どれも美味そうに湯気を立てていた。悶々とした考え事も、久々のユズの作ったご馳走を前にあっさりと影を潜めてしまった。
部屋の手前にある長い上り坂の途中で何度も立ち止り、振り返って景色を眺めては溜息を吐いた。まるで眼に映る景色を記憶や脳裏に焼き付けようとするみたいに、じっくりと景色を眺めながら気持ちを落ち着かせようとした。
鉛のような足取りと気持ちはユズの部屋に近づくほどに重たくなり、上り坂のきつさも手伝って大げさなほど大きく息を吐きながら歩き続けた。
何とか部屋までたどり着いて、ユズの部屋に迎え入れられて、どんな言葉を交わして、どんな顔をしていたのか、思い出せない。
当たり前のように、いつものように招き入れられ、天気の話や当たり障りない近況の話をしたのだろうと思う。ふと我に返った今、俺はユズの部屋のダイニングテーブルの椅子に座って、少し早目の晩酌をしている最中だった。
「アキくん、もう少し遅くなるかなーなんて勝手に思ってたから、まだ何にも用意してなくって…」
「え、あ…いや、俺もちゃんと連絡してなかった、し…」
「すぐ作るからさ、ごめん、少し早いけど飲んで待っててくれる?」
「なんかやろうか?」
「んー、いいよ、すぐできるから。ありがと。」
夕暮れにはまだ早い時間帯、台所に立って手際よく夕食の準備をするユズの気配を背後に感じつつ、進められるがまま俺は缶ビールを飲み始めていた。
忙しく台所を立ち回りながら、ユズは逢えなかった日々の事を簡単に話してくれた。
仕事と自体は思っていたより早く済んだこと、だから昨日一日掃除やら洗濯やら溜まった家事に充てたこと、久々に自転車に乗って買出しに言った事、だから今日は腕によりをかけてごちそうを作ってくれるということ。
時々俺のところへきて、「これ、味見ね。」と言って、小皿に野菜の塩もみしたのや、醤油で甘辛く味付けした肉の切れ端なんかを持ってきてくれたりしながら、ユズはぽつぽつと話してくれた。
よく耳を立てていないと、食器や水音に掻き消されそうなほどユズの話声はちいさい。ちいさいというか、か細い。ユズの口からそのまま、彼の魂を象ったような声色をしている。
先日の件があるからか、いつもより声がか細く聞こえてしまって、それが嘘をついているように聞こえてしまっているのは、俺が疑心暗鬼になっているからだろうか。
何かを隠されていることは勿論ショックだけれど、そもそも俺はユズの、いったい何を疑っているんだろうか。あの昼の光景を見てしまってから、ずっと考えていることだ。
単純に言えば、馬越くんが絡んでの浮気でもしているのかと思っていた。だけどそんな単純な問題でもない気もしている。
第一に、なんでわざわざ昼の駅前のカフェなんかで密会をしていたかという事だ。俺が休みなのはユズは知っていた筈だし、100%遇わないなんて思ってもいないだろうからだ。現に、俺は目撃してしまったんだし。
俺が浮気するならもっと表立ってない場所か、絶対に知り合いのいない街にするだろうからだ。せめて時間帯だけでも夜にするだろう。
次に、どうして馬越くんを巻き込んだかという事だ。
彼は俺とユズの共通の友達で、俺と同じアパートだ。接点が必ずある人物を巻き込んでの浮気なんて探りを入れてくださいと言うようなものじゃないのか。馬越くんはユズに口止めはされているみたいだけど、必ず相手がそれを守ってくれるとは限らないのだから。
要するに、ユズが浮気していると単純に決めてしまうにはあまりに隙だらけなのだ、今回の件は。だから、俺はユズの何を疑いたいのかが自分でもわからないのが正直なところだ。馬鹿げた話かもしれないけれどそれが本当のところだ。
本当のところ、で言えば、ユズが俺に何か隠し事をしているという事は真実なのだろう。
これは確実だけれど、ユズが俺に隠したいようなことがそもそも思い浮かばないため、早々に壁にぶち当たっている気分だった。
真実はすぐ目の前にある筈なのに、謎を解くための術が何もないのだ。四方を厚く高い壁で囲まれているような窮屈で息苦しささえ覚えるような気分が、あの日から続いている。
答えのない禅問答のような考え事をしている間に、ユズが出来立ての料理を盛り付けた皿を次々と運んできた。俺は慌ててビールや先に出してもらっていた小皿を除け、食卓を整え始めた。
久々のユズの手料理は鶏肉のチャーシューをメインにした中華料理風な食卓だった。
ふわふわの卵と鮮やかな緑のニラが浮かぶ中華スープにピリ辛の春雨サラダ、青梗菜の炒め物に海苔を和えた物、スパイスの効いたマッシュポテト。どれも美味そうに湯気を立てていた。悶々とした考え事も、久々のユズの作ったご馳走を前にあっさりと影を潜めてしまった。
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