上 下
47 / 58
アキとユズ*最終章

はなまるをあげよう*7

しおりを挟む
 いつもなら15分もあれば余裕でたどり着くユズの部屋に、倍以上の時間をかけて行き着いた。
 部屋の手前にある長い上り坂の途中で何度も立ち止り、振り返って景色を眺めては溜息を吐いた。まるで眼に映る景色を記憶や脳裏に焼き付けようとするみたいに、じっくりと景色を眺めながら気持ちを落ち着かせようとした。
 鉛のような足取りと気持ちはユズの部屋に近づくほどに重たくなり、上り坂のきつさも手伝って大げさなほど大きく息を吐きながら歩き続けた。
 何とか部屋までたどり着いて、ユズの部屋に迎え入れられて、どんな言葉を交わして、どんな顔をしていたのか、思い出せない。
 当たり前のように、いつものように招き入れられ、天気の話や当たり障りない近況の話をしたのだろうと思う。ふと我に返った今、俺はユズの部屋のダイニングテーブルの椅子に座って、少し早目の晩酌をしている最中だった。

「アキくん、もう少し遅くなるかなーなんて勝手に思ってたから、まだ何にも用意してなくって…」
「え、あ…いや、俺もちゃんと連絡してなかった、し…」
「すぐ作るからさ、ごめん、少し早いけど飲んで待っててくれる?」
「なんかやろうか?」
「んー、いいよ、すぐできるから。ありがと。」

 夕暮れにはまだ早い時間帯、台所に立って手際よく夕食の準備をするユズの気配を背後に感じつつ、進められるがまま俺は缶ビールを飲み始めていた。
 忙しく台所を立ち回りながら、ユズは逢えなかった日々の事を簡単に話してくれた。
 仕事と自体は思っていたより早く済んだこと、だから昨日一日掃除やら洗濯やら溜まった家事に充てたこと、久々に自転車に乗って買出しに言った事、だから今日は腕によりをかけてごちそうを作ってくれるということ。
 時々俺のところへきて、「これ、味見ね。」と言って、小皿に野菜の塩もみしたのや、醤油で甘辛く味付けした肉の切れ端なんかを持ってきてくれたりしながら、ユズはぽつぽつと話してくれた。
 よく耳を立てていないと、食器や水音に掻き消されそうなほどユズの話声はちいさい。ちいさいというか、か細い。ユズの口からそのまま、彼の魂を象ったような声色をしている。
 先日の件があるからか、いつもより声がか細く聞こえてしまって、それが嘘をついているように聞こえてしまっているのは、俺が疑心暗鬼になっているからだろうか。
 何かを隠されていることは勿論ショックだけれど、そもそも俺はユズの、いったい何を疑っているんだろうか。あの昼の光景を見てしまってから、ずっと考えていることだ。
 単純に言えば、馬越くんが絡んでの浮気でもしているのかと思っていた。だけどそんな単純な問題でもない気もしている。
 第一に、なんでわざわざ昼の駅前のカフェなんかで密会をしていたかという事だ。俺が休みなのはユズは知っていた筈だし、100%遇わないなんて思ってもいないだろうからだ。現に、俺は目撃してしまったんだし。
 俺が浮気するならもっと表立ってない場所か、絶対に知り合いのいない街にするだろうからだ。せめて時間帯だけでも夜にするだろう。
 次に、どうして馬越くんを巻き込んだかという事だ。
 彼は俺とユズの共通の友達で、俺と同じアパートだ。接点が必ずある人物を巻き込んでの浮気なんて探りを入れてくださいと言うようなものじゃないのか。馬越くんはユズに口止めはされているみたいだけど、必ず相手がそれを守ってくれるとは限らないのだから。
 要するに、ユズが浮気していると単純に決めてしまうにはあまりに隙だらけなのだ、今回の件は。だから、俺はユズの何を疑いたいのかが自分でもわからないのが正直なところだ。馬鹿げた話かもしれないけれどそれが本当のところだ。
 本当のところ、で言えば、ユズが俺に何か隠し事をしているという事は真実なのだろう。
 これは確実だけれど、ユズが俺に隠したいようなことがそもそも思い浮かばないため、早々に壁にぶち当たっている気分だった。
 真実はすぐ目の前にある筈なのに、謎を解くための術が何もないのだ。四方を厚く高い壁で囲まれているような窮屈で息苦しささえ覚えるような気分が、あの日から続いている。
 答えのない禅問答のような考え事をしている間に、ユズが出来立ての料理を盛り付けた皿を次々と運んできた。俺は慌ててビールや先に出してもらっていた小皿を除け、食卓を整え始めた。
 久々のユズの手料理は鶏肉のチャーシューをメインにした中華料理風な食卓だった。
 ふわふわの卵と鮮やかな緑のニラが浮かぶ中華スープにピリ辛の春雨サラダ、青梗菜の炒め物に海苔を和えた物、スパイスの効いたマッシュポテト。どれも美味そうに湯気を立てていた。悶々とした考え事も、久々のユズの作ったご馳走を前にあっさりと影を潜めてしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

秋良のシェアハウス。(ワケあり)

日向 ずい
BL
物語内容 俺は...大学1年生の神代 秋良(かみしろ あきら)。新しく住むところ...それは...男ばかりのシェアハウス!?5人暮らしのその家は...まるで地獄!プライバシーの欠けらも無い...。だが、俺はそこで禁断の恋に落ちる事となる...。 登場人物 ・神代 秋良(かみしろ あきら) 18歳 大学1年生。 この物語の主人公で、これからシェアハウスをする事となる。(シェアハウスは、両親からの願い。) ・阿久津 龍(あくつ りゅう) 21歳 大学3年生。 秋良と同じ大学に通う学生。 結構しっかりもので、お兄ちゃん見たいな存在。(兄みたいなのは、彼の過去に秘密があるみたいだが...。) ・水樹 虎太郎(みずき こたろう) 17歳 高校2年生。 すごく人懐っこい...。毎晩、誰かの布団で眠りにつく。シェアハウスしている仲間には、苦笑いされるほど...。容姿性格ともに可愛いから、男女ともにモテるが...腹黒い...。(それは、彼の過去に問題があるみたい...。) ・榛名 青波(はるな あおば) 29歳 社会人。 新しく入った秋良に何故か敵意むき出し...。どうやら榛名には、ある秘密があるみたいで...それがきっかけで秋良と仲良くなる...みたいだが…? ・加来 鈴斗(かく すずと) 34歳 社会人 既婚者。 シェアハウスのメンバーで最年長。完璧社会人で、大人の余裕をかましてくるが、何故か婚約相手の女性とは、別居しているようで...。その事は、シェアハウスの人にあんまり話さないようだ...。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...