アキとユズ~いただきますを一緒に~

伊藤あまね

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アキとユズ*第四章

相合傘*2

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 受験シーズンが落ち着いたのもあって、最近頻繁に友人カップルの鹿山かやまくん・馬越うまこしくんと4人でご飯を食べたり家呑みしたりってことが多い。
 俺以外の3人は教育関係の仕事で、特に馬越くんは塾の先生だから受験シーズンは書き入れ時だし、鹿山くんも体育教師とは言え先生だから学年末はとても忙しいみたいだ。
 家呑みって言っても、四人の中で比較的料理をするということで調理担当になっている俺か馬越くんの家でってのが殆どなんだけどね(アキくんの部屋は調理器具が揃ってないし、鹿山くんの部屋は馬越くんに曰く絶望的に汚いらしいから)。
 だからなのか、今日は誰からともなく、「たまには家じゃないとこで呑もう」って話になっていた。そんで、アキくん達が仕事帰りに寄れる所で夕方からってなったら駅前の居酒屋が一番妥当な場所として選ばれた。
 雨降りの冬の夕方は寒いせいか、待ち合わせのターミナルで3人を待ちながら俺はなんだかとても心細かった。俺以外の3人が外で仕事な上に、同じアパートに住んでいるという、どことなくアウェイな感じがこの時既にしていたからかもしれない。
 昔からそうだ…自分が異分子な事を本能で察知して口を閉ざして気配を消してしまう癖。もがく様に相手と向き合うんじゃなくて、自分を護るためにという口実で殻に籠る。譬え相手が、ようやく外で遇った時に世間話を交わす程の知り合いになっていたとしても。
 仕事を終えたアキくんと鹿山くんが連れ立って待ち合わせ場所に現れたのは、職場が同じ彼らの事を考えれば特におかしなことじゃないし、寧ろ自然な事だった。世間一般から見ても、2人の事をよく知る俺の立場からしても。
 なのに…2人と落ち合って、挨拶もそこそこに店に向かったり、店に入って飲み物や料理を眺めたりしている間、俺はずっと待ち合わせの時からなんとなく抱えていた心細さに囚われたままだった。
 お腹の底が薄くひんやりするような、心から目の前の会話や料理やお酒を楽しめない落ち着かない感覚が俺の口を噤ませてしまうのにそう時間はかからなかった。
 アキくんと鹿山くんは昨日今日の職場である学校での出来事を喋っていた。知らない誰か、生徒なのか先生なのかわからない名前が出てきて、2人が笑う。
 勿論、学校の話でない話題もあったし、寧ろそっちの方が多かったんだろうと思う。俺が口下手なのは、アキくんは勿論、鹿山くんだってそこそこ長くなってきた付き合いでとっくに知っているから、気を使ってくれているのはちゃんと解っていた。
 解っていたから…時々不意に挟みこまれる、2人にしか解らない話題に話の先が触れた瞬間、どうしようもない孤独感が俺を包んでいた。4人の中でも飛びぬけて話し上手で俺と同じく料理を良くする馬越くんは仕事中で、あの場にはまだいなかったのもあって。
 ちいさな子どもじゃあるまいし、しかも初対面なんてワケじゃないのに、俺は共通の話題を持つひとりを欠いた、いつもとは少しだけ違う状況からくる孤独感を拭いきれずに途方に暮れていた。
 途方に暮れてはいたけれど、だからってただ口を噤んで俯いてはいなかった。話を自ら切り出す事は出来なくても、話の矛先を振られれば、ぎこちなくではあっても、どうにか笑って応える事は出来ていた筈だから。
 それでもどうしても心細さと冷たい寂しさのような感覚が消えなかったのは………彼らが、同じグラスでお酒を飲んでいたからだろうか。
 断っておくけど、俺は他人が口を付けたグラスがダメだとかそう言う潔癖な所があるワケではない。それは断言できる。
 でも、なんて言うか…所謂回し飲みっていうのは、「これ飲む?」とか、「それ、ちょうだい」とかいうやりとりがあって初めて出来る気がするんだ。勿論そうじゃない人だっているだろうし、2人はそういうタイプなんだろう。俺と違って。
 それはべつにかまわない事だ。個人の感覚の問題だもの。俺がグラスワインで、2人がビールを呑んでいたっていうのも、2人がグラスを構うことなく呑み交わしていた要因なんだろうけど…アタマではちゃんと解っていても…何でだか今日は、それが許せなかったんだ。自分と誰かのグラスを間違えるとか、誰のかわからないグラスでテキトーに呑んじゃうとか、家呑みじゃよくあることなのに。
 ちいさな苛立ちの種がぽつんと胸の中に生っていく。吹けば飛びそうなささやかなきっかけがたちまちに硬い殻に覆われた種になっていく。
 ぽたりぽたり、やらかい胸中の中に零れ落ちたそれらは、やがて根を張り始めた。

 店で呑み始めて2~3時間後だっただろうか。ようやく仕事を終えた馬越くんが合流した。
 その頃には既にあらかた呑みも食べもしつくしていて、その上馬越くんは一切アルコールが飲めない体質だったから、遅い夕飯を残っていたツマミやらなんやらで済ませてしまうと、後はする事がなくなってしまった。だから仕方なく店を出て、そのまま解散ってことになった。

「じゃあ、またー」
「今度は4人でー」

 雨は相変わらず降り続いていた。思っていたよりも早く冷えてくる身体を震わせながら、程良くいい感じに酔いが回っているアキくんと鹿山くんが機嫌良く言葉を交わし合うのを、唯一酒が入っていない馬越くんが苦笑しながら宥める。俺はそんな光景を、ぼうっと眺めていた。
 結局ずっと、心細さを拭いきる事は出来なかった。暑いぐらいに効いていた暖房も、出来あいの居酒屋料理も、ビールも、明るくてノリの良いアキくんと鹿山くんの会話も、俺の中のひんやりとしたそれを拭ってはくれなかった。
 それどころか冷たさは不愉快さを連れてきて、やがて俺にちいさな苛立ちの種を蒔いた。
 俺の心細さに全く気付く気配のない、眼の前で笑っていられる呑気さへの種。
 断りなくグラスを使われても平気でいられる無神経さへの種。
 ――――そんなつまらない下らない事にいつまでも囚われている情けない自分への苛立ちの種。
 吹けば飛びそうなほどちいさなちいさなそれらは、俺の中にぽつんぽつんと落ちたかと思うと、あっという間に根を張った。心細さを紛らわそうと呑み進めるアルコールを浴び、詰め込む様に呑み込まれていく料理を肥やしにしてぐんぐんぐんぐん根を張り、やがて芽を吹いた。
 店を出て、馬越くんと鹿山くんと別れて歩きだした頃にはもうすっかり胸の中は惨めさの花を咲かせた森になっていた。

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