アキとユズ~いただきますを一緒に~

伊藤あまね

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アキとユズ*第三章

水蜜桃*2

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 打ち合わせが済み次第ユズから連絡をする、ということに落ち着き、電話は終わった。
 スマホを放り出し、既に灯りの消された枕許に勢いよく寝転ぶ。全開にしたベランダへ続く吐き出しの窓からはゆるくぬるい風がそよぐ。まるで、先週の夜の様に。
 夏の宵闇に溶け消える花火のようだった……思い起こすように眼を瞑りながら、アキは想った。
 薄い肩、あやふやで怯えてすら見える眼差し、自分の指先次第で淡く染まる白い肌。事の全てに戸惑いを覚えなかったわけではない。しかし、した事への後悔は何ひとつなかった。なかったと、少なくともアキ自身は思っている。
 白々と明るいリビングの床に汚れたままの身体で並んで横たわり、初めて手を繋いだこと。そのぬくもり、振り向いた先にあった甘やかな眼差しはいまでも彼の脳裏に焼き付いている。綺麗だとか可愛いだとか、知り得るありきたりな言葉では形容しがたいものであったことも。

「……っあー…やべぇ…すげぇ、逢いてー…」

 ただ数分の会話をやり取りしただけで、こんなにも相手に焦がれたことなどあっただろうか。それなりに恋愛を経験してきてはいたが、いまは胸中で名前を唱えることでさえ頬が緩んでしまうことだってある。
 まるで初恋のようだな……眼を閉じ、眠りの淵に沈みながらアキは思った。そして、ちいさく笑んだ。まあ、確かに初めての恋ではあるな、と。
 同性との恋愛に躊躇いがなかったわけではない。自分の周囲にも例のない己の感情に戸惑いを覚え、悩み、寝付けない夜がなかったわけでもない。
 芽生えかけた感情を打ち消し、ユズとの関係―――この場合は、ただの友達と言うことになるのだが―――を断ち切ることもできたはずだ。元々接点なくそれぞれの世界で暮らしてきたようなものなのだから。
 だけどそうしなかったのは……やはり、彼の、ユズの纏う独特の雰囲気のせいだろうか。
 ユズは、アキが見た限り、孤高の人間のようだった。物書きという職業柄と、それに対するアキが持つイメージによるものなのかもしれないが、細く薄く頼りなげ外見も相まって、彼の纏う雰囲気はいつも儚さを連想させた。そしてそれは、彼の作品に通じるものがあるようにアキには感じられた。
 だから、アキはユズの傍に寄り添いたいと思ったのだ。そこに性別はなく、ただ無意識下から来る感情だった。それが逢瀬を重ねる内にやがて思慕になり、淡い恋情へと発展したのかもしれない。
 でも淡さが飲み込まれる程の濃密な恋情を抱えてしまった今となっては、どうでもいい事とも言えた。いまはただ、初恋の様に一瞬一瞬を記憶に刻み込むように楽しむだけだからだ。

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