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アキとユズ*第二章

ランチボックス*1

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「笹井くーん、それ終わったらそろそろ昼休み入ってー」
「うぃーっす」

 来週のアタマの卒業式で使うらしいひな壇の修理をしていたら、入口の方から同僚と言うか上司の横田さんに声を掛けられた。凍えるように冷たい空気に返した声と呼ばれた名前が交差する。
 作業に入ると夢中になってしまうのは毎度のことだけど、昼飯時を忘れそうになるとはな。
 いつもならどうってことないことだけど、今日はそういうワケにはいかないんだよなー。思い出したささやかな楽しみに、ひとり体育館の中でこっそり笑う。しんとした、誰もいないだだっ広い空間にポツンと落ちた鼻先の笑いは、まるで彼を彷彿とさせた。ポツンとしてて、頼りなさげで儚い感じなとこが。でも実際はヘンに頑固で、硬い。色々な意味で。
 釘の飛び出ていた古い板を外して、板もキレイなのと交換して打ち直して、サンドペーパーかけたところで切りあげるとした。床に散った木の粉を掃除するまでが作業だとか言われそうだけど、まぁ、空腹には勝てないもんだ。なにより、やっぱあの楽しみをちゃんと拝みたいしね。

*****

 昨夜、俺は初めて、いま付き合ってる相手の家に泊った。元々、休日で夕方から夕飯せびりに遊びに行ってたようなもんだったんだけど、持参したビールがイイ感じに回っちゃって…… その時にふと思いついてさ、んで、ダメ元で、言うだけ言ってみたんだ。酔ってるし、いつも言っても断られてるし、って。

「ねー、」
「うん? もう少しで出来るよー」
「うん、あのさー……今日、帰りたく、な…い…なぁ……なんて…」
「え?泊るの?いいよ。」
「え。いいの?」
「うん。ってゆかさ、アキくんはいいの?」
「なんで?」
「なんでって…明日、学校じゃないの?」
「そうだけど?なんで?」
「……や、ほら、着替えとかって…俺のでいいなら、貸すけど。」

 作ってる途中の手許の生姜焼きの音がうるさくて、元々すごくちいさめな彼の声は途切れがちだった。でもその中に無理してる感じはなかったし、なにより、出来あがった生姜焼きを載せた皿を持ってこっちに来る顔にだって不機嫌そうな種はなかったから。
 仕事が詰まってたら、すぐわかる……程度には、俺もようやく相手のことが判るようになってきた。それでもまだ、硬いなって感じは拭えないんだけどね、色々。
 彼の仕事は、所謂物書きさんと言うヤツで、ちょうどいまは抱えている連載の締め切りを終えたばっからしく、機嫌がいい。俺が仕事帰りに寄っても眉間に皺寄ってないから、そこはすぐにわかるようになった。それもあって、あんなことを言ってみたんだけどさ。
 つきあって、そろそろ三か月ってとこの俺と、ユズは、ゆっくり手探るように互いのことを知り始めていた。
 思いがけず叶ってしまった望みに軽く戸惑ってしまった、自分で言っておきながら。っていうか、ユズが気にする点がなんかズレてるのがおかしかった。
 ユズんちに来るようになってからはもうかれこれ二年近いんだけど、基本、晩飯とか食ったらちょっとまったりしてそれきりだったから、夕飯の後片付けをしてる後ろ姿なんかが妙に新鮮だった。
 ホント言うと、手伝いたかったんだけど、「油汚れ酷いからいいよ」って丁重に断られた。んで、その言葉のままにテレビ見ていた俺。しかも寝転んだ上に転寝とかしてたし……これが付き合ってるとかじゃなかったら、ただの最悪な客人だ。
 「アキくん、風邪ひくよ?風呂、どうする?」 夢現に片足突っ込みかけてる耳元に滑り込んできた声すら心地よかったのは憶えてるんだけど……次に気付いた時には窓の外が明るかった。別の意味での「朝チュン」に大層ガッカリしたのは言うまでもない。
 だけど、俺の上に掛けられていた毛布と、枕元に置かれてた手紙が俺の気分を一気に払拭してくれた。それと、冷蔵庫に鎮座してた丁寧に包まれたサプライズが。
 そしてそれを、俺は今拝まんとばかりに職場である用務員室の自分の机の上においてるワケで。

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