上 下
67 / 68

*32-2

しおりを挟む
「んぎゃあ! んぎゃあ!」
「独島さーん、元気な女の子ですよー」

 麻酔がまだ効いていて意識がぼんやりしていてまだ目が開けられない。でも、すぐ耳の傍に寄せられている元気すぎる声が誰のもので、俺が何をなに遂げられたのかを知らせているのかはわかっていた。
 直前にあんな騒動が起きて、本当に死んでしまうかと思ったのに――俺はいま生きていて、ちゃんと子どもを産めたのだ。
 まだ開かない目許からひと筋雫が伝っていく。ああ、俺やっと、ずっと欲しかった家族を手に入れられたんだ――その嬉しさが頬を伝う。
 その安堵感でゆるゆると緊張やこわばりが解けていき、段々と視界が開けていく。

「……朋、拓?」
「唯人! おめでとう! お疲れ様! よく頑張ったね、赤ちゃん元気だよ!」

 薄っすら開けた視界いっぱいに映し出されたのは、俺が生んだ我が子を抱いて顔を覗き込んで泣いている朋拓の顔だった。ぐしゃぐしゃで情けなくて、でも誰よりも喜んでくれているのがわかる顔だ。
 朋拓の顔が見えて、そして真っ赤な顔をしている小さなちいさな我が子の姿を見た途端、俺の目も涙であふれた。
 良かった、無事だったんだ。俺も、子どもも、朋拓も……それが何より嬉しくて涙が止まらない。

「俺、産んだ、の……?」
「そうだよ、唯人が産んだ赤ちゃんだよ。すっごいかわいい、すっごい元気だよ」
「よかった……」

 俺の言葉に朋拓が何度もうなずいて、そのたびに涙で濡れた頬に口付けてくれる。その感触が嬉しくて、俺はまた涙を溢れさせた。
 赤ちゃんを有本さんに預けた朋拓が、そっと覆い被さるように俺を抱きしめてきて、また改めてキスをしてきた。
 有本さん達もいるのに! と思ったけれど、俺が真っ先にして欲しいと言ったことをしてくれているんだと思ったら強く言えなくて、ただされるがままだ。
 朋拓は赤ん坊のように顔を赤くして泣いていて、涙に濡れた声でこう言った。

「ありがとう、唯人……本当に、ありがとう……俺、いま最高にしあわせだよ」
「……言ったじゃん、しあわせにするって」
「うん、本当だね、すごいよ唯人」
「ありがとう、朋拓。産ませてくれて」
「唯人が頑張ってくれたからだよ。ありがとう、唯人。愛してるよ」
「うん、俺も愛してる」

 微笑み合って誓うように囁き合う言葉に偽りはなく、俺も朋拓も本当にしあわせを感じているのは確かだ。
 あの公園での出来事のように、この先に何が待ち受けているかはわからないし、もしかしたら今日のことを悔やんでしまう時もあるかもしれない。それでも、俺は今日我が子を産み出せたことを間違いとは思わない。
 だって、命がけで欲しかった、愛する彼との我が子を抱けた喜びは何もにも代えがたいのを知ってしまったのだから。
 それから俺はようやく我が子を抱いて、その小さな手に触れた。俺の指先を握りしめてくる小さな手は、夢の中で感じた熱さと同じだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。 ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。 だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。

【BL-R18】魔王の性奴隷になった勇者

ぬお
BL
※ほぼ性的描写です。  魔王に敗北し、勇者の力を封印されて性奴隷にされてしまった勇者。しかし、勇者は魔王の討伐を諦めていなかった。そんな勇者の心を見透かしていた魔王は逆にそれを利用して、勇者を淫乱に調教する策を思いついたのだった。 ※【BL-R18】敗北勇者への快楽調教 の続編という設定です。読まなくても問題ありませんが、読んでください。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/17913308/134446860/ ※この話の続編はこちらです。  ↓ ↓ ↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/17913308/974452211

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

処理中です...