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約束の江の島の海辺の公園の駐車場に車を止め、朋拓に付き添われて俺は公園の中を歩き始める。
海風は今日も穏やかで、ゆるく潮のにおいと波の音が漂う。
「約束の時間、何時?」
「二時過ぎ。そろそろだと思うけど……」
スマホの時計を確認しながら、大きなお腹を支えつつ俺は近くにあったベンチに腰を下ろす。帝王切開を迎える妊娠八カ月目にも入ると歩くのも一苦労だ。
海辺なせいか陽射しが心なしか強く、喉が渇いてきた。
「なんか、喉渇いてきちゃったな……」
「そこに自販機あるから買ってこようか? 何がいい?」
今しがた歩いてきた入り口近くに自販機のQRコードが表示されている小さなポールを朋拓が指して立ち上がるので、ノンカフェインの飲み物を頼んだ。
「……ホントに、来るのかな」
飲み物を買いに行く朋拓の姿を見送りながらそんなことを呟いて溜め息をつくと、背後に何かが近づいてくる気配を感じ、振り返る。
「……ユイト……いや、ディーヴァだよね?」
「え……」
俺の名前を呼んだのは、全く知らない――男が立っていた。パッと見た感じ栗色のショートヘアの中肉中背、作業服姿の三十代くらいの姿の彼は、目だけが異様に力強い。
一見どこにでもいるように見えるけれど、遠慮なく注がれるゾッとするほどの強く異様な眼差しに、俺は身動きが取れない恐怖を本能的に感じた。会いに来たはずの相手ではなく、想定外のヤバいヤツが出てきてしまった現状を把握するので感覚がいっぱいになっている。
逃げなきゃ……そう思っているはずなのに、指一本動かせない。視点が固定されて彼から反らせないまま冷や汗ばかりがあふれてくる。
「やっぱりキミがディーヴァなんだねぇ……そのデカいお腹……さっきのあの男の子どもだね?」
「……あんた、誰?」
「ぼくねぇ、ディーヴァのこと色々探っててね……あの子守唄だっけ? あれ聞いちゃってさ、かわいい声だから声紋解析もしたことあるんだよ。そしたらキミに行き当たってねぇ……どんな子だろうってだろうってずっと探ってたら、キミがその姿であの帝都大病院からさっきの男と出てくるの見ちゃったんだよねぇ……これいいネタだなぁって思ったんだ。」
「そんな……!」
手がかりとして投稿していた音源がどうやらこのおかしなファンとも言えないやつに悪用されたことに気づいたけれど、最早遅い。男は薄笑いしたままこう続ける。
「天下を魅了するあのディーヴァがこんな地味な男で、しかも男同士で子どもまで作ってるなんてさぁ……結構なスキャンダルだよねぇ……」
異様な力強さのある目は笑わないままで口元を歪めながらそいつはニヤニヤと俺に近づいてくる。長細い指をくねらせながら、俺を手繰り寄せるように差し出してくる様がぞっとするほど気持ちが悪い。
いつ、俺が病院に通っているとこいつは知ったんだろうか。どうやって俺の正体を探ったのか、そして、俺をどうしようとしているのか――考えるだけで身が凍りそうなほどの恐怖を覚え、俺は出しうる限りの大声で叫んだ。
「朋拓!! 朋拓ぉぉ!!」
悲鳴に近い声で叫んでぎゅっと目をつぶったその時、じりじりと近づいてきていた男の気配がフッと途切れて何かが踏みつぶされたような醜い声がした。
てっきりあの気味の悪い手に捕らえられるかと思っていたのに、次の瞬間に触れたのは肌馴染みのあるあたたかで大きな手の感触。
「唯人!!」
名前を叫ぶように呼ばれて目を開けると、俺は朋拓の腕の中で震えていて、あの男が制服を着たアンドロイドたちに取り押さえられていた。
アンドロイドたちが男を捕えて手錠をはめるとどこからか、「無事ですか⁈」と言いながら同じく制服姿のオジサンたちが駆け寄ってくる。警察だと気付いた時、ようやく俺は呼吸ができた。
「唯人、大丈夫だよ。俺が頼んで警察に来て控えててもらったんだ。やっぱりあのメールが信じられなくて……」
「朋拓……」
「お怪我はありませんか?」
「唯人は無事です。あとはそいつを連れて行ってください」
警官のおじさんと朋拓が何かやり取りをしているのを見上げながら、ああ、助かったんだとの安堵の息を吐く。
「唯人、ケガはない?」
朋拓が真っ青な顔をして俺の方を覗き込んできたので、「うん、大丈夫」と答えようとしたその時、いままで感じたことがない痛みが走しり動けなくなった。
「唯人?! お腹痛いの?!」
「子ども、を……助け、て……」
「救急車!! 救急車を呼んでください!!」
突然襲ってきた痛みに朋拓の腕の中で耐えながら、意識が朦朧としてくる。呼吸が再びままならなくなり、視界が暗転していく。
悲鳴じみた声で朋拓に名前を呼ばれるのを聞きながら、駆け付けた救急車に俺は慌ただしく載せられて帝都大病院へと搬送されていった。
海風は今日も穏やかで、ゆるく潮のにおいと波の音が漂う。
「約束の時間、何時?」
「二時過ぎ。そろそろだと思うけど……」
スマホの時計を確認しながら、大きなお腹を支えつつ俺は近くにあったベンチに腰を下ろす。帝王切開を迎える妊娠八カ月目にも入ると歩くのも一苦労だ。
海辺なせいか陽射しが心なしか強く、喉が渇いてきた。
「なんか、喉渇いてきちゃったな……」
「そこに自販機あるから買ってこようか? 何がいい?」
今しがた歩いてきた入り口近くに自販機のQRコードが表示されている小さなポールを朋拓が指して立ち上がるので、ノンカフェインの飲み物を頼んだ。
「……ホントに、来るのかな」
飲み物を買いに行く朋拓の姿を見送りながらそんなことを呟いて溜め息をつくと、背後に何かが近づいてくる気配を感じ、振り返る。
「……ユイト……いや、ディーヴァだよね?」
「え……」
俺の名前を呼んだのは、全く知らない――男が立っていた。パッと見た感じ栗色のショートヘアの中肉中背、作業服姿の三十代くらいの姿の彼は、目だけが異様に力強い。
一見どこにでもいるように見えるけれど、遠慮なく注がれるゾッとするほどの強く異様な眼差しに、俺は身動きが取れない恐怖を本能的に感じた。会いに来たはずの相手ではなく、想定外のヤバいヤツが出てきてしまった現状を把握するので感覚がいっぱいになっている。
逃げなきゃ……そう思っているはずなのに、指一本動かせない。視点が固定されて彼から反らせないまま冷や汗ばかりがあふれてくる。
「やっぱりキミがディーヴァなんだねぇ……そのデカいお腹……さっきのあの男の子どもだね?」
「……あんた、誰?」
「ぼくねぇ、ディーヴァのこと色々探っててね……あの子守唄だっけ? あれ聞いちゃってさ、かわいい声だから声紋解析もしたことあるんだよ。そしたらキミに行き当たってねぇ……どんな子だろうってだろうってずっと探ってたら、キミがその姿であの帝都大病院からさっきの男と出てくるの見ちゃったんだよねぇ……これいいネタだなぁって思ったんだ。」
「そんな……!」
手がかりとして投稿していた音源がどうやらこのおかしなファンとも言えないやつに悪用されたことに気づいたけれど、最早遅い。男は薄笑いしたままこう続ける。
「天下を魅了するあのディーヴァがこんな地味な男で、しかも男同士で子どもまで作ってるなんてさぁ……結構なスキャンダルだよねぇ……」
異様な力強さのある目は笑わないままで口元を歪めながらそいつはニヤニヤと俺に近づいてくる。長細い指をくねらせながら、俺を手繰り寄せるように差し出してくる様がぞっとするほど気持ちが悪い。
いつ、俺が病院に通っているとこいつは知ったんだろうか。どうやって俺の正体を探ったのか、そして、俺をどうしようとしているのか――考えるだけで身が凍りそうなほどの恐怖を覚え、俺は出しうる限りの大声で叫んだ。
「朋拓!! 朋拓ぉぉ!!」
悲鳴に近い声で叫んでぎゅっと目をつぶったその時、じりじりと近づいてきていた男の気配がフッと途切れて何かが踏みつぶされたような醜い声がした。
てっきりあの気味の悪い手に捕らえられるかと思っていたのに、次の瞬間に触れたのは肌馴染みのあるあたたかで大きな手の感触。
「唯人!!」
名前を叫ぶように呼ばれて目を開けると、俺は朋拓の腕の中で震えていて、あの男が制服を着たアンドロイドたちに取り押さえられていた。
アンドロイドたちが男を捕えて手錠をはめるとどこからか、「無事ですか⁈」と言いながら同じく制服姿のオジサンたちが駆け寄ってくる。警察だと気付いた時、ようやく俺は呼吸ができた。
「唯人、大丈夫だよ。俺が頼んで警察に来て控えててもらったんだ。やっぱりあのメールが信じられなくて……」
「朋拓……」
「お怪我はありませんか?」
「唯人は無事です。あとはそいつを連れて行ってください」
警官のおじさんと朋拓が何かやり取りをしているのを見上げながら、ああ、助かったんだとの安堵の息を吐く。
「唯人、ケガはない?」
朋拓が真っ青な顔をして俺の方を覗き込んできたので、「うん、大丈夫」と答えようとしたその時、いままで感じたことがない痛みが走しり動けなくなった。
「唯人?! お腹痛いの?!」
「子ども、を……助け、て……」
「救急車!! 救急車を呼んでください!!」
突然襲ってきた痛みに朋拓の腕の中で耐えながら、意識が朦朧としてくる。呼吸が再びままならなくなり、視界が暗転していく。
悲鳴じみた声で朋拓に名前を呼ばれるのを聞きながら、駆け付けた救急車に俺は慌ただしく載せられて帝都大病院へと搬送されていった。
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