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 先月末にリリースした、表沙汰にはしていないけれどディーヴァとしての活動を一旦休止する区切りとなるベスト音源とベスト盤の売上げが好調だと平川さんから連日ダウンロード数や売り上げの報告を受けている。

「あのディーヴァのオールタイムベストだもんねぇ、まだ各国のランキング一位総なめしてるよ」

 平川さんからの報告メールとそれに貼られているリンク先のランキングデータを見ながら、朋拓が毎日感心している。さすがだね、すごいね、とこれまでもシングル曲やアルバム曲でも一位を取ってきたけれどその中でも格段に嬉しそうだ。

「なんか朋拓の方が嬉しそうだね」
「嬉しいよー! だってパートナーの快挙だもん!」

 なー? と言いながらポコポコと話題に反応するように胎動してくるお腹の子に向かって朋拓が語りかけると、お腹の中から弾むようにリアクションが返って来た。

「すごい、返事したよ」
「賢い子なんだねぇ」

 そんな親バカぶりを早速発揮している朋拓のスマホに着信があった。相手は平川さんだ。
 スピーカーをオンにしてふたりでホログラム応答すると、平川さんはあら、と言うように微笑む。でもなんだかその表情が少し硬い気がした。

「なんかあったんですか? 俺の方にかけてくるなんて珍しいじゃないですか」

 朋拓がそう言うと、気のせいかと思っていた平川さんの表情がはっきりと硬くなる。
 何か悪い知らせだろうかとふたりで顔を見合わせていると、『実はね……』と、話が切り出された。

『実はね、ここ最近変なメールが事務所に届くようになったの』
「変なメール? アンチとか?」

 ディーヴァほど世界的な人気になるとアンチなんて当然いる。MVの公式チャンネルにわざと低評価レビューを大量に書いたり、事務所にネガティブなメールを送ってくることもあるし、ライブ会場に業務妨害スレスレのメッセージを送りつけてきたりすることもたまにある。
 あとは、俺の正体を突き止めてやると言う過激派もいなくはない。だから絶対に俺は限られた人にしか正体を明かしていないし、バレないようにしている。朋拓が俺の声に気づいたのは例外中の例外だ。
 だからそういうつもりで俺が言うと、平川さんは少しためらうような顔をしてやがて言葉を選ぶような感じで答えた。

『“――ディーヴァは私の子”って書いてあるの、そのメールには』
「……え? 私の、子?」

 平川さんから告げられた、思ってもいなかった――いや、本当は心のどこかでずっと待ちわびていた――言葉を聞いて、俺は凍り付いた。
 ずっとずっと探し求めていた人が、俺の歌声に気づいてくれたんだ。俺の願いが届いたんだ。それも、俺がいまこうして自分の子を宿しているタイミングで。
 胸に一気に感情の波が押し寄せ爆発しそうになりながらも、辛うじて冷静で泣き出さずにいられたのは、朋拓が静かにこう言ったからだ。

「……それ、本物ですか?」
『わからないの。送ってくるアドレスもフェイク用の使い捨てアドレスじゃないし、発信元も一般の家庭からなの。ただ……』
「ただ?」

 平川さんは口をつぐみ、言いよどむ。何かそんなに悪いものからのたちの悪い発信だったりするんだろうか。俺は不安で思わず朋拓の手を握る。

『ただ……なんだか嫌な感じがして……。私の勘でしかないんだけどね。折角ご両親かもしれない人からのメールなのに変なケチ付けちゃってごめんね、唯人』
「いや、それはその……あ、あのさ、平川さん。メールに俺の名前とか書いてたりする?」

 本当の両親であれば俺の名前を知っているはずだ。ただ“私の子”だけならさすがに俺もイタズラだと思う。
 平川さんはデータの見直しをし始め、やがてひとつのメールを転送してくれて、『とにかく周囲には気を付けておいて、お産も近いし』と言って、通話は終わった。
 転送されたメールを開くと、そこには――

「“ディーヴァは私の子 私のユイト 愛しい子 会いたい”――ユイト……って……あ、これ音源だ……」

 添付されていたファイルにはウィルスなどもなく、あっさりと再生された。流れ出した歌声に、俺は声を失った。
 ――それは、記憶の中の声に本当によく似ていたからだ。
 俺の名前を知っていて、俺がディーヴァであることを知っている人はそんなに多くない。その中の人たちのことを俺はすごく信頼しているし、彼ら、彼女らが俺の情報を漏らすとは思っていない。そして、この歌と唄う声。
だとしたらこれは――

「――ママだ……」

 ホログラム表示の文章と流れる歌声に、俺は指先が震えた。こんな奇跡のような出来事が自分の身に起きるなんて思ってもいなかったからだ。

「どうしよう、朋拓、ママが……ママが会いたいって……! 俺、こんな姿だけど会いに行っても……」
「待ちなよ、唯人。本当にお母さんかどうかわからないじゃん」
「だって、“ユイト”って‼ この子守歌だって、声だってママだよ!」
「そうだけど……それだけで相手を信じるのは危険じゃない? そもそもなんでいまのタイミングで連絡とって来るのかちょっとヘンじゃない?」

 朋拓の言葉に、俺は震える声でどういうことだと訊ねると、朋拓は少し言い難そうな顔をしてためらいながら答えた。

「ディーヴァのベスト盤が出て、公にしてないけど、唯人がディーヴァを休止するこのタイミングで、会いたいって言ってくるってのはさ、もしかして唯人と言うかディーヴァの秘密を何とかして知って脅そうと思ってるんじゃ……」

 朋拓の言葉に衝撃を受けた俺は、すぐにそんなことない! とは言い返せなかった。そんなあまりに人を信じられなくなることが起きるなんて思いたくなかったからだ。
 いまの俺は、誰かの助けがないと生活できない身体をしている。その隙を狙っての悪事を働くような人は自分が信じている人たちの中にいるのかと思うと、不安でお腹が締め付けられるように痛む。

「……俺の周りの人が怪しいって言いたいの? そうなったら、平川さんも朋拓も疑われるんだよ?」
「……そう、なるけど……」
「俺は、朋拓も平川さんもそんなことしないって、信じてるよ。だから、そんなことないと思いたい」

 気持ちはわかるけど、と言いたげな目で俺を見てくる朋拓をあえて抱きしめ、俺は不安で渦巻く体をなだめるように言った。

「もしいまこの機会を逃したら、俺一生悔やむと思う。いましかきっと会えない気がする……お願い、一目で良いから、ママに会わせてほしい」

 俺の懇願する声に朋拓は溜め息交じりにうなずき、「わかった、会いに行こう」と言ってくれた。
 その言葉に俺は堪えていた感情が目許からあふれだし、頬を伝っていく。朋拓の背に回していた腕に力を込めて抱きしめ、「……ありがとう」と呟いて俺は泣いた。
 一目だけ、いましあわせに生きていることを伝えたい――俺を捨てたこととか、いままで会いに来なかった事とか、言いたいことはいっぱいあるけれど、俺がいまちゃんと自分で生きていることを見せたいと思ったのだ。

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