【完結】覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい

伊藤あまね

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「うん、薬も良く効いて来てますね。この分なら再来週あたりに採取した細胞で作った卵子と、パートナーさんから採取させて頂いた精子で受精卵が作って腹腔に入れられるかもしれませんね」

 朋拓とすごく久しぶりにセックスをした次の週、蓮本先生から健診の時にそう告げられ、俺は唐突なことにポカンとしたままだ。
 俺がノーリアクションだからか、先生は首を傾げて俺の顔を見てやがて苦笑した。

「良かったですね、この分ならきっと体外受精した受精卵を着床させるところまでこぎつけますよ」
「え、あ、はい……ありがとうございます……」

 先日朋拓の精子を採取するに際して俺が立ち会って手淫して、その上余裕があったらセックスもしようなんて企んでいるのだから、あまり大っぴらに喜んでヘンに思われても困るなと思ってリアクションに困ったのが正直なところだ。
 とは言え、治療が順調なのは素直に喜ばしいし、嬉しいのでゆるゆると頬が緩む。
 そんな俺の胸中を見透かすように、蓮本先生はこうも言う。

「着床させられると言っても、あくまでそれが可能になるという事にすぎませんし、それがずっと継続するとも言い切れません。受精卵が着床してもそれが出産できるまで育ち切るとも限りません。それは、女性の通常の妊娠においても同じことが言えますが、コウノトリプロジェクトの男性の妊娠は更に成功の可能性が落ちてしまいます」
「それって、流産とかっていうのがあり得るってことですよね?」
「以前より成功確率は上がっていますが、完全に女性も男性もゼロにはできてませんし男性の場合はより難易度が高いのです。その辺りは、ご承知いただけますか?」
「……はい、大丈夫です」
「先ほども言いましたが、医療技術は日進月歩で進化しており、コウノトリプロジェクトの治療による男性の妊娠出産成功率も上がっています。日本の産科医量は世界一と言ってもいいですが、“絶対”がないのがお産です。それでも、独島さん達は治療を続け、妊娠と出産を希望されますか?」

 蓮本先生の穏やかだけれど強く厳しい確認の言葉に、俺は改めて自分が命を懸けて命を産み出すという事に挑もうとしていることを思い知らされる。
 最悪の場合死んでしまうかもしれないし、死ななくてもディーヴァに戻れない可能性だってありうるのだ。そう言った場合のために国は治療における補償の金額を上げているとも言われている。
 いまならまだ引き返して治療自体を止めることもできるし、薬の影響も数カ月もすれば抜けるだろう。そして朋拓とふたりで生きていくという道も残されている。
 だけど、ずっと俺と朋拓が心と心をぶつけ合って語らい、積み上げてきた気持ちに揺るぎはない。
 ディーヴァとして歌や音楽をこの世に遺せるのであれば、唯人として愛する人である朋拓と生きてきた証しを残したい。それは自分が命の器として次の世代に命を繋ぐ使命であり、そのために生まれてきたのだろうと思える。
 だから俺は、迷うことなく答えた。

「――俺たちは妊娠を希望し、我が子を出産したいと思っています。その気持ちに変わりはありません」

 俺の言葉に先生は重くうなずき、それからいまどき珍しい紙面での誓約書を取り出してペンを添えて差し出してきた。いまの時代紙でやり取りする約束はかなり重大な内容と言われているので、俺の命とお腹の子どもの命が懸った今回の治療はそれに値するんだろう。
 身が引き締まる思いを感じながら俺は丁寧に自分の名前を書き、先生に渡す。受け取った先生はやさしく穏やかに微笑み、しっかりとこう言ってくれた。

「わかりました。では、治療を継続して、無事に出産を迎えられるように一緒に頑張りましょう」
「はい、よろしくお願いします」

 何より妊娠してからが本番ですからね、とも言われて、俺は確かにそうだなと気を引き締める。いまの治療はあくまで妊娠のスタートラインに立つための準備段階で、俺が目指しているのは子どもを産むことなのだから。
 改めてそう思うと長い道のりだ。そしてとても険しい。何とか壁を越えてもさらに高い壁があって、立ちはだかるそれを見上げるたびに溜め息も出ない。
 そう考えると、やっぱりちゃんと朋拓と話し合えて共通の理解を分かち合えたのは大きい気がした。この困難をひとりだけで乗り越えていくのは骨が折れるくらいでは済まないだろうから。
 そんなことを思いながら、俺は準備の整いつつあるお腹の辺りになんとなく触れてみた。

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