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淹れたてだったコーヒーがゆっくりと冷めていくのを眺めたまま、俺も朋拓も黙っている。ふたりの間に流れる時間が音もなく留まっているように静かだ。
「唯人は、どうして唄い続けているの?」
しばらくの沈黙ののち、ぽつりと問われた言葉に顔をあげると、見慣れた人懐っこい顔が少し泣きそうな表情をしてこちらを見ている。
彼が俺を愛し、必要としてくれている理由のひとつは、俺がディーヴァであるということなんだろう。
それを知った上でも俺がディーヴァを続けている理由……少し考えて、俺は口を開いた。
「唄うことが俺の生きていく術だったんだ。居場所も金も食べ物も、欲しいものはすべて唄うことで手に入れてきたから。でも――血を分けた家族だけは、どうしても手に入らなかった。だから、本当の家族を捜すために唯一知っている子守唄を唄ってネットに投稿したりもしてるんだけど……それでディーヴァになっちゃって、そのおかげで朋拓とも出会えた。俺が、命がけで子どもを産みたいと思える、愛する人に」
生きていくために作り上げた偶像は、俺に居場所とか金とかあらゆるものを与えてくれて、そして愛しい人とも引き合わせてくれた。それに関しては感謝している。だからたとえ周りが俺自体ではなくディーヴァしか見ていなくても、それでいいと言い聞かせていた。心のどこかが言いようのない泣き声をあげていても、聞こえないふりをした。
だけど、ディーヴァによって引き合わせられた彼は、俺がディーヴァでなくても愛してくれている。偶像でない俺を見てくれている。何もないつまらない俺を、愛しいと言ってくれる……それがたまらなく嬉しかった。心の泣き声がどんどん小さくなっていくにつれ、俺の中で密かに抱いていた望みが膨らんでいった。
それが、朋拓との子どもを産みたいということだ。
俺の言葉に、朋拓は痛みを堪えるように目を潤ませ、「そっか……そうだったんだね……」と、小さく呟いた。
「ディーヴァを通じて、歌を通じて朋拓に出会えたから、俺は家族が欲しいって強く思ったんだ。ディーヴァでない俺でも愛してくれる朋拓を愛しているし、朋拓との子どもが欲しい。そうすれば、ずっと欲しいと思っていたけれど手に入れられなかった家族もできるから」
「それって、さっき言ってた子守唄を唄ってあげたい家族ってこと?」
「うん……俺が持っているただ一つのものを、俺の命ごと引き渡せる存在、かな」
「ディーヴァではなくて、唯人として?」
「そう。俺が俺として朋拓と愛し合って、子どもを作って、その子に引き渡したいんだ」
「命がけになっても?」
構わないという代わりに俺が強くうなずくと、朋拓は、「……そうか、」と小さく呟いた。その表情は険しく、深く考え込んでいる。
再びの沈黙は、ゆっくりと陽が傾き始めたリビングを覆うように漂っている。コーヒーはもうすっかり冷めてしまっていて、食べかけのケーキはゆるゆると崩れていく。
「俺さ、正直、本当に嬉しかったんだ、唯人が俺の子どもを欲しがっているって聞いて。それって、本当に家族になろうと思ってくれているってことだから」
沈黙を破るように朋拓が口を開き、おもむろに語り始める。静かな声に俺はじっと耳を傾ける。
「そこまで俺のこと愛してくれてるんだって思えたから、嬉しかった。でも、俺も唯人も男が好きじゃん? コウノトリプロジェクトの存在はなんとなく知ってはいたけれど、身近でやってる人はいなかったし、だいたいの場合は養子の手続き取るか、代理出産を申請するかしようかなってなるけど……でもさ、そういう唯人の気持ちがわかったのが唯人から直接じゃなくて、蒼介が唯人の病院の産科に行ってたのを見たって聞いたのがきっかけだったから、なんで黙って始めっちゃったんだろうってショックの方が大きくて……なんかもう考えれば考えるほどわからなくなっちゃったんだ」
「黙ってたのは悪かったけど……でも、朋拓がコウノトリプロジェクトに反対してるっぽかったから、言えなかったんだよ」
「うん、だから余計に俺が子どもを欲しいって思って、それを唯人に何もかも犠牲にさせてまでさせることなのかな、って思えちゃって。手放しで喜んでいいことじゃない気がして。治療のこと調べていく内にどんどんそういう気持ちが強くなっていって……その上、唯人はあのディーヴァだから、本当にこのまま唯人に治療続けさせていいのかなって思えて怖くなって、何が正しいのかわからなくなってさ」
「でも、俺はそれでもいいって思ってる。命がけでも構わないって、覚悟はしてる。だって俺はどうせ独りだし――」
「だけど! 俺は唯人が俺との子どもを作ろうとしたことで死んじゃうようなことになったら、俺は自分が許せないよ! 俺と唯人の子どもなら、俺にだって責任はあるんだから! いくら愛し合っていても、それって唯人に無理させることや犠牲にさせることにだって繋がってくるじゃんか。唯人だって誰かを犠牲にしたくないんでしょ? それは俺も同じだよ。だから……自分ひとりでそんな大事なこと決めてしまわないでよ……」
俺も入院中考えていたふたりが子どもを作るという事への命への責任を、朋拓も考えていたことを知り、俺は重なった想いの熱さに胸がギュッとなるのを感じた。それは喜びと嬉しさとようやく触れられた彼の本当の気持ちを知れた驚きを伴っていた。
「唯人は、どうして唄い続けているの?」
しばらくの沈黙ののち、ぽつりと問われた言葉に顔をあげると、見慣れた人懐っこい顔が少し泣きそうな表情をしてこちらを見ている。
彼が俺を愛し、必要としてくれている理由のひとつは、俺がディーヴァであるということなんだろう。
それを知った上でも俺がディーヴァを続けている理由……少し考えて、俺は口を開いた。
「唄うことが俺の生きていく術だったんだ。居場所も金も食べ物も、欲しいものはすべて唄うことで手に入れてきたから。でも――血を分けた家族だけは、どうしても手に入らなかった。だから、本当の家族を捜すために唯一知っている子守唄を唄ってネットに投稿したりもしてるんだけど……それでディーヴァになっちゃって、そのおかげで朋拓とも出会えた。俺が、命がけで子どもを産みたいと思える、愛する人に」
生きていくために作り上げた偶像は、俺に居場所とか金とかあらゆるものを与えてくれて、そして愛しい人とも引き合わせてくれた。それに関しては感謝している。だからたとえ周りが俺自体ではなくディーヴァしか見ていなくても、それでいいと言い聞かせていた。心のどこかが言いようのない泣き声をあげていても、聞こえないふりをした。
だけど、ディーヴァによって引き合わせられた彼は、俺がディーヴァでなくても愛してくれている。偶像でない俺を見てくれている。何もないつまらない俺を、愛しいと言ってくれる……それがたまらなく嬉しかった。心の泣き声がどんどん小さくなっていくにつれ、俺の中で密かに抱いていた望みが膨らんでいった。
それが、朋拓との子どもを産みたいということだ。
俺の言葉に、朋拓は痛みを堪えるように目を潤ませ、「そっか……そうだったんだね……」と、小さく呟いた。
「ディーヴァを通じて、歌を通じて朋拓に出会えたから、俺は家族が欲しいって強く思ったんだ。ディーヴァでない俺でも愛してくれる朋拓を愛しているし、朋拓との子どもが欲しい。そうすれば、ずっと欲しいと思っていたけれど手に入れられなかった家族もできるから」
「それって、さっき言ってた子守唄を唄ってあげたい家族ってこと?」
「うん……俺が持っているただ一つのものを、俺の命ごと引き渡せる存在、かな」
「ディーヴァではなくて、唯人として?」
「そう。俺が俺として朋拓と愛し合って、子どもを作って、その子に引き渡したいんだ」
「命がけになっても?」
構わないという代わりに俺が強くうなずくと、朋拓は、「……そうか、」と小さく呟いた。その表情は険しく、深く考え込んでいる。
再びの沈黙は、ゆっくりと陽が傾き始めたリビングを覆うように漂っている。コーヒーはもうすっかり冷めてしまっていて、食べかけのケーキはゆるゆると崩れていく。
「俺さ、正直、本当に嬉しかったんだ、唯人が俺の子どもを欲しがっているって聞いて。それって、本当に家族になろうと思ってくれているってことだから」
沈黙を破るように朋拓が口を開き、おもむろに語り始める。静かな声に俺はじっと耳を傾ける。
「そこまで俺のこと愛してくれてるんだって思えたから、嬉しかった。でも、俺も唯人も男が好きじゃん? コウノトリプロジェクトの存在はなんとなく知ってはいたけれど、身近でやってる人はいなかったし、だいたいの場合は養子の手続き取るか、代理出産を申請するかしようかなってなるけど……でもさ、そういう唯人の気持ちがわかったのが唯人から直接じゃなくて、蒼介が唯人の病院の産科に行ってたのを見たって聞いたのがきっかけだったから、なんで黙って始めっちゃったんだろうってショックの方が大きくて……なんかもう考えれば考えるほどわからなくなっちゃったんだ」
「黙ってたのは悪かったけど……でも、朋拓がコウノトリプロジェクトに反対してるっぽかったから、言えなかったんだよ」
「うん、だから余計に俺が子どもを欲しいって思って、それを唯人に何もかも犠牲にさせてまでさせることなのかな、って思えちゃって。手放しで喜んでいいことじゃない気がして。治療のこと調べていく内にどんどんそういう気持ちが強くなっていって……その上、唯人はあのディーヴァだから、本当にこのまま唯人に治療続けさせていいのかなって思えて怖くなって、何が正しいのかわからなくなってさ」
「でも、俺はそれでもいいって思ってる。命がけでも構わないって、覚悟はしてる。だって俺はどうせ独りだし――」
「だけど! 俺は唯人が俺との子どもを作ろうとしたことで死んじゃうようなことになったら、俺は自分が許せないよ! 俺と唯人の子どもなら、俺にだって責任はあるんだから! いくら愛し合っていても、それって唯人に無理させることや犠牲にさせることにだって繋がってくるじゃんか。唯人だって誰かを犠牲にしたくないんでしょ? それは俺も同じだよ。だから……自分ひとりでそんな大事なこと決めてしまわないでよ……」
俺も入院中考えていたふたりが子どもを作るという事への命への責任を、朋拓も考えていたことを知り、俺は重なった想いの熱さに胸がギュッとなるのを感じた。それは喜びと嬉しさとようやく触れられた彼の本当の気持ちを知れた驚きを伴っていた。
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