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有本さんはそう言いながら検温のデータをカルテに記し、「おふたりの赤ちゃんにも繋がる大事な事なんで、しっかり話し合えるといいですね」と言って病室の設定温度なんかをチェックしてから出て行く。
明るく快適な温度に設定されている広い病室にまた一人残され、俺と、朋拓の子どもに繋がる大事なことについて考える。
俺は血を分けた家族が欲しいし、その家族に俺が唯一家族らしい記憶として憶えている子守唄を唄ってやりたいし、俺が誰かから受け継いだ命を繋げたいと思っている。そのためのパートナーには朋拓が一番いいと思ってもいる。
それに対して朋拓は嬉しいとも愛されているんだなと思ったとも言っていた。その言葉に偽りはないだろうと思うんだけれど……じゃあいざ俺がこの身をもって我が子を身ごもろうとか産みたいという手段に出るのは、反対だと言う。
「そんな矛盾したことを言われても、俺は納得できないよ……そんなどっちつかずな、責任逃れしかしないような事って……」
責任逃れ、そう呟いた自分の言葉に、俺はハッとする。平川さんも治療を始めるにあたって、子どもを作ることは片方だけの考えだけじゃできない、と言っていたっけ。それってつまり、俺と朋拓の間には共通の“責任”が生じる関係にあるという事なんじゃないだろうか。
その“責任”というのは、俺が産みたいと思っているふたりの子どもの命に対する責任だ。
朋拓は、自分ができないことを俺にもさせられないし、責任が取れないから反対だと言っていた。確かにそういう考えもあるだろうし、それも愛情の一つと言われればそうなのかもしれない。
――でも、それを俺が呑み込んでしまえば、すべてが丸く収まるんだろうか?
俺がずっと強く願ってきた、愛するパートナーとの我が子という家族を作りたい気持ちは? そのために積んできた努力や耐えてきた治療の軌跡は? そういうのはすべて、責任を取りたくないと言うだけでないことにされるほど軽いものなんだろうか?
「……いや、違う。そんな軽くてやわなものじゃない。俺は、ずっと朋拓との子どもが欲しいと思って来たんだから」
たとえ神様に反するような事であっても、俺は朋拓とその子どもがいてくれればそれだけでいい。ふたりで愛し合って生きてきた証しを遺せたらと言う願いは、きっと生物としての本能から来るものだから。それを阻むものはきっと神様だって出来ないんじゃないだろうか。それだって命と向き合う一つの責任と考えられないだろうか。
歩く道は平たんではないし、いばら道かもしれないけれど、同じ責任を負うなら俺は彼と共にどんな道でも歩んでいきたい。朋拓となら、出来ると思うから。
「……そう、ちゃんと言えるかな……」
大丈夫だろうかと言う不安を感じつつも、いや、まだ大丈夫……だから、ちゃんと向き合おう。そう自分に言い聞かせる。そうようやく考えがまとまった俺は、いますぐ朋拓と連絡を取ろうと思い立ち、スマホを操作するために右手を広げた。
暫く呼出音が聞こえたかと思うと、すぐに手のひらから広がるように中空に朋拓の上半身が映し出される。家で寝ていたのか、頭は寝癖だらけの姿だ。
『え、唯人、どうしたの?』
ホログラム上とは言えあの日以来の対面に戸惑いを隠せない様子の朋拓に、俺はひとつ息を吸ってまっすぐに見つめながら告げた。
「あのさ、朋拓。退院したら、話があるんだ」
先程考え抜いた想いを載せるような眼差しを向けて見つめる俺の胸中を察したのか、朋拓は居住まいを少しただす。
『……そっか、わかった。いま仕事詰まってるから、退院した次の日でも大丈夫?』
「いいよ。待ってる」
『退院祝いになんか買っていくよ。なにがいい?』
「そうだなぁ……なんか美味しそうな物」
オッケー、と朋拓はようやく嬉しそうに笑い、手を振り合って通話を終えた。
会話が途切れてしんとなった病室は変わらず明るく快適だったけれど、心なしかまとう空気がさっきまでよりも軽くなっている気がしたのは、ようやく腹を決めたからかもしれない。
――ようやく、向き合える。
怖くないと言えば嘘になるけれど、逃げる気にはならなかった。どうなるかは正直わからないけれど、朋拓の海の絵のように穏やかな静かな気持ちだった。
明るく快適な温度に設定されている広い病室にまた一人残され、俺と、朋拓の子どもに繋がる大事なことについて考える。
俺は血を分けた家族が欲しいし、その家族に俺が唯一家族らしい記憶として憶えている子守唄を唄ってやりたいし、俺が誰かから受け継いだ命を繋げたいと思っている。そのためのパートナーには朋拓が一番いいと思ってもいる。
それに対して朋拓は嬉しいとも愛されているんだなと思ったとも言っていた。その言葉に偽りはないだろうと思うんだけれど……じゃあいざ俺がこの身をもって我が子を身ごもろうとか産みたいという手段に出るのは、反対だと言う。
「そんな矛盾したことを言われても、俺は納得できないよ……そんなどっちつかずな、責任逃れしかしないような事って……」
責任逃れ、そう呟いた自分の言葉に、俺はハッとする。平川さんも治療を始めるにあたって、子どもを作ることは片方だけの考えだけじゃできない、と言っていたっけ。それってつまり、俺と朋拓の間には共通の“責任”が生じる関係にあるという事なんじゃないだろうか。
その“責任”というのは、俺が産みたいと思っているふたりの子どもの命に対する責任だ。
朋拓は、自分ができないことを俺にもさせられないし、責任が取れないから反対だと言っていた。確かにそういう考えもあるだろうし、それも愛情の一つと言われればそうなのかもしれない。
――でも、それを俺が呑み込んでしまえば、すべてが丸く収まるんだろうか?
俺がずっと強く願ってきた、愛するパートナーとの我が子という家族を作りたい気持ちは? そのために積んできた努力や耐えてきた治療の軌跡は? そういうのはすべて、責任を取りたくないと言うだけでないことにされるほど軽いものなんだろうか?
「……いや、違う。そんな軽くてやわなものじゃない。俺は、ずっと朋拓との子どもが欲しいと思って来たんだから」
たとえ神様に反するような事であっても、俺は朋拓とその子どもがいてくれればそれだけでいい。ふたりで愛し合って生きてきた証しを遺せたらと言う願いは、きっと生物としての本能から来るものだから。それを阻むものはきっと神様だって出来ないんじゃないだろうか。それだって命と向き合う一つの責任と考えられないだろうか。
歩く道は平たんではないし、いばら道かもしれないけれど、同じ責任を負うなら俺は彼と共にどんな道でも歩んでいきたい。朋拓となら、出来ると思うから。
「……そう、ちゃんと言えるかな……」
大丈夫だろうかと言う不安を感じつつも、いや、まだ大丈夫……だから、ちゃんと向き合おう。そう自分に言い聞かせる。そうようやく考えがまとまった俺は、いますぐ朋拓と連絡を取ろうと思い立ち、スマホを操作するために右手を広げた。
暫く呼出音が聞こえたかと思うと、すぐに手のひらから広がるように中空に朋拓の上半身が映し出される。家で寝ていたのか、頭は寝癖だらけの姿だ。
『え、唯人、どうしたの?』
ホログラム上とは言えあの日以来の対面に戸惑いを隠せない様子の朋拓に、俺はひとつ息を吸ってまっすぐに見つめながら告げた。
「あのさ、朋拓。退院したら、話があるんだ」
先程考え抜いた想いを載せるような眼差しを向けて見つめる俺の胸中を察したのか、朋拓は居住まいを少しただす。
『……そっか、わかった。いま仕事詰まってるから、退院した次の日でも大丈夫?』
「いいよ。待ってる」
『退院祝いになんか買っていくよ。なにがいい?』
「そうだなぁ……なんか美味しそうな物」
オッケー、と朋拓はようやく嬉しそうに笑い、手を振り合って通話を終えた。
会話が途切れてしんとなった病室は変わらず明るく快適だったけれど、心なしかまとう空気がさっきまでよりも軽くなっている気がしたのは、ようやく腹を決めたからかもしれない。
――ようやく、向き合える。
怖くないと言えば嘘になるけれど、逃げる気にはならなかった。どうなるかは正直わからないけれど、朋拓の海の絵のように穏やかな静かな気持ちだった。
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