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「最近すごくお疲れみたいですけど、何かありました?」

 朋拓と通話した日の翌々朝、いつもの検温をしてもらっていたら有本さんが不意にそんなことを訊いて来た。
 今朝は泣き腫らしてもいないし、昨日の夕食だってその前だってちゃんと全て食べたのに、有本さんは俺の曇っている胸中を見透かすようなことを言ってくるのだ。

「え、別に何も……。なんでそんなこと訊くんです?」
「んー、看護師の勘、って言うと胡散臭うさんくさいですけど、患者さんの心が上の空な時ってなんとなくわかるんですよね。表情がいつもより晴れていないとか、逆に妙に明るいとか。ご本人は無意識なんでしょうけれど、平静を装うとしているのがわかるんです」

 なんて、胡散臭いですよね、やっぱり……と、有本さんは苦笑しながら検温や血圧測定の道具を片付け始めたのだけれど、俺はその鋭さに言葉が出なかった。
 唖然としている俺をよそに、有本さんは更にこうも言う。

「独島さん、いつも素っ気なくはあるけど私の処置とかちゃんと見てるし、お薬の説明もちゃんと聴いてるのに、なんか一昨日くらいからちょっとぼーっとしてる感じがして、大丈夫かなぁって思ってるんですよ」

 俺としてはいつも通りを装いきれていると思っていたのに、プロの目というのはごまかしが効かないんだなと改めて痛感させられる。
 衝撃を受けてうつむく俺に、有本さんがいつもと変わらない明るさでこう言ってくれた。

「パートナーの方と、何かあったんですか?」
「え……」
「踏み込んだこと訊いてしまってごめんなさい。でも、患者さんの体調とかメンタルに影響するような方なら先生に相談した方がいい気がしたんで」

 あの日以来、一番理解してもらいたい朋拓と連絡を取り合えていない。正確に言えば、俺からテキストで、だけれどメッセージを送っても返信もなにも返って来ないから朋拓の気持ちがあれ以上測りきれなくて途方に暮れている。話し合いにすらならない意見のぶつけ合いだけをしたきり、感情ばかりが先走っていて相互理解に繋がっていないのがわかる。
 そんなことをかいつまんでぽつぽつと話しているのを、有本さんは傍らに膝をついて目線を合わせながら黙って聞いていてくれた。

「独島さんは、パートナーさんにお子さんがどうしても欲しい理由をすべてお話したんですよね?」
「すべて……かどうかはわからないけど、伝えたいことは伝えているつもりです。でも……」
「それが向こうに響いている気がしない、と」
「なんか、朋拓……パートナーとの間に見えない膜があって、こっちの言葉がきちんと伝わってくれない感じがしてて、もどかしいんです。俺なりに、ちゃんと話しているのに……なんか、違うように解釈されてる気がして……」
「それはどんなことがあります? 例えば、子どもを持つことへの意見の違い、とかですか?」
「うん……子どもを、俺が命がけで作って産みたいって言うのがどうしても朋拓には理解してもらえないんです。俺がディーヴァだってことを知ってるからか、命がけでそんなことをするのはおかしいんじゃないか、みたいな感じで……」
「子どもを宿して、産むということとディーヴァであることが関係あるんですか?」
「もし俺に万一のことがあったら、世界の損失だって言うんです。だから、治療は一旦やめようって」

 そこまで話して、有本さんと俺は口をつぐんで溜め息をついた。あまりに平行線な状態を改めて思い知らされて俺は改めて途方もない気持ちになったのだ。
 有本さんは腕組みをして少し考えこんで、それから言葉を選ぶように考えながら口を開いた。

「まあ、世間的に見たら朋拓さんの言うことは一理ありますよね。ディーヴァはもはや世界的な歌姫ですから」
「それは、あいつがディーヴァのファンだからそういうんじゃ……」
「それもあるでしょうね……でも、それ以上に朋拓さんは独島さんのことが心配なんですよ」

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