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結局その日は気まずくそのまま通話を終え、俺はそのまま夕食が運ばれてくるまでベッドに潜り込んでいた。
看護師の有本さんが夕食を運んでくるまでベッドの中に潜り込んでいたのだけれど、物音と気配で被っていた掛け布団を跳ねのけて起き上がったら有本さんがぎょっとした目で俺を見ている。
「……ごめんなさい、起こしちゃいましたね」
「いや、別に……」
「ご飯、ここに置いておきますけど……食べられそうですか?」
「え? あ、はい……」
無理しなくていいですからね、と心配そうに言われて夕食の病院食の載ったトレイを有本さんは置いていったのだけれど、その表情はひどく心配そうにしていた。
そんなに俺のいまの顔ヘンなんだろうか……そう思いながら部屋に備え付けの洗面所まで手を洗いに行った時にふと覗き込んだ鏡を見て愕然とした。あまりにひどい顔をしていたからだ。髪はぼさぼさで目許は泣き腫らして赤くなり、いかにも泣きまくっていたことが丸わかりな姿だった。
朋拓との電話の後、俺はベッドの中に潜り込んで泣いている内に泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。心なしか声も嗄れ気味で、これでは心配されても無理はない。むしろ心配してくれと言わんばかりだ。
この姿を写真にとって朋拓に送りつけてやろうかなんて一瞬考えもしたけれど、あまりにバカらしくて溜め息も出なかった。それじゃあ構ってくれと駄々をこねる子どもと一緒じゃないか、と。
そんなことをしたところで朋拓が俺の子どもを産みたいということを理解してくれるとは思えないし、むしろ逆効果だ。
「だからって、あんなに反対されるなんて思わなかったな……。俺が大事なことはわかるけど、あんなに頑なに反対しなくてもいいのに……」
朋拓には俺に家族がいなかったことや施設育ちであることはなんとなく言ってはいたのだけれど、だからと言ってそれが家族を求める、実子を欲しがる俺の気持ちの理解には繋がってはいない。
治療自体は順調なので、このまま行けば近いうちに朋拓に精子を提供して欲しいと言わなくてはいけないのだけれど、現状それに協力してもらえるかはわからない。むしろ、協力してもらえない気しかしない。残された時間は限られているのに。
ただ子どもが欲しいだけならこれを機に朋拓との関係を見直して、最悪別れて彼とは無関係な精子提供を受けて子どもを作ればいいだろう。でもそれができるのであれば、とっくにそうしている。出来ないからこそ、俺は泣き腫らしたのだ。
「どうしたらいいんだろう……こんなとこで躓くなんて思ってなかった……」
これがいままで俺が治療のことをいつまでも朋拓に切り出さなかった報いなんだろうか。愛しい彼を欺き続けてきた罰がこれだと言うなら、俺はどういう振る舞いをして来ればよかったんだろう。わからないなりに最善と思って取ってきた行動に、結局俺も朋拓も傷ついている。
夕食を前にしながら、またはたはたと涙があふれてくる。それが悔しいのか悲しいのかさえわからない。わかっているのは、いまがたまらなく苦しいということだ。
生きてきた証しと、その命を受け渡す相手が欲しいというだけなのに、なんでこんなにツラい思いをしなきゃなんだろう。生き物の本能としてただ好きな人と結ばれてその人とのこともが欲しいと思うだけなのに、身も心も辛くて仕方ない。
ベッドの上で夕食のトレイを前に、俺は膝を抱えてまた泣いていた。
看護師の有本さんが夕食を運んでくるまでベッドの中に潜り込んでいたのだけれど、物音と気配で被っていた掛け布団を跳ねのけて起き上がったら有本さんがぎょっとした目で俺を見ている。
「……ごめんなさい、起こしちゃいましたね」
「いや、別に……」
「ご飯、ここに置いておきますけど……食べられそうですか?」
「え? あ、はい……」
無理しなくていいですからね、と心配そうに言われて夕食の病院食の載ったトレイを有本さんは置いていったのだけれど、その表情はひどく心配そうにしていた。
そんなに俺のいまの顔ヘンなんだろうか……そう思いながら部屋に備え付けの洗面所まで手を洗いに行った時にふと覗き込んだ鏡を見て愕然とした。あまりにひどい顔をしていたからだ。髪はぼさぼさで目許は泣き腫らして赤くなり、いかにも泣きまくっていたことが丸わかりな姿だった。
朋拓との電話の後、俺はベッドの中に潜り込んで泣いている内に泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。心なしか声も嗄れ気味で、これでは心配されても無理はない。むしろ心配してくれと言わんばかりだ。
この姿を写真にとって朋拓に送りつけてやろうかなんて一瞬考えもしたけれど、あまりにバカらしくて溜め息も出なかった。それじゃあ構ってくれと駄々をこねる子どもと一緒じゃないか、と。
そんなことをしたところで朋拓が俺の子どもを産みたいということを理解してくれるとは思えないし、むしろ逆効果だ。
「だからって、あんなに反対されるなんて思わなかったな……。俺が大事なことはわかるけど、あんなに頑なに反対しなくてもいいのに……」
朋拓には俺に家族がいなかったことや施設育ちであることはなんとなく言ってはいたのだけれど、だからと言ってそれが家族を求める、実子を欲しがる俺の気持ちの理解には繋がってはいない。
治療自体は順調なので、このまま行けば近いうちに朋拓に精子を提供して欲しいと言わなくてはいけないのだけれど、現状それに協力してもらえるかはわからない。むしろ、協力してもらえない気しかしない。残された時間は限られているのに。
ただ子どもが欲しいだけならこれを機に朋拓との関係を見直して、最悪別れて彼とは無関係な精子提供を受けて子どもを作ればいいだろう。でもそれができるのであれば、とっくにそうしている。出来ないからこそ、俺は泣き腫らしたのだ。
「どうしたらいいんだろう……こんなとこで躓くなんて思ってなかった……」
これがいままで俺が治療のことをいつまでも朋拓に切り出さなかった報いなんだろうか。愛しい彼を欺き続けてきた罰がこれだと言うなら、俺はどういう振る舞いをして来ればよかったんだろう。わからないなりに最善と思って取ってきた行動に、結局俺も朋拓も傷ついている。
夕食を前にしながら、またはたはたと涙があふれてくる。それが悔しいのか悲しいのかさえわからない。わかっているのは、いまがたまらなく苦しいということだ。
生きてきた証しと、その命を受け渡す相手が欲しいというだけなのに、なんでこんなにツラい思いをしなきゃなんだろう。生き物の本能としてただ好きな人と結ばれてその人とのこともが欲しいと思うだけなのに、身も心も辛くて仕方ない。
ベッドの上で夕食のトレイを前に、俺は膝を抱えてまた泣いていた。
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