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 入院してから体調が格段に安定してきたのですぐに点滴も取れ、行動範囲がだいぶ広がった。
 毎日のように平川さんは見舞いに来てくれて、今後の話をしていく。
 朋拓とは、一応毎日メッセージをやり取りしたり、時々ホログラムでの通話をしたりしている。
 感情が高ぶってしまってまともに話せなかったあの日のことをお互いに謝り合いはしたのでとりあえずの和解はしたけれど、なんとなくあれから今までのようになんでも腹を割って話せているような感じがしない。ホログラム越しだからというだけでなく、なんとなく俺と朋拓の間には見えない膜のようなものがある気がする。

『この前の絵、正式にジャケットに採用されたよ』
「そうらしいね。昨日平川さんから聞いた。おめでとう」
『ありがと、唯人』

 本当ならば俺と直接会って喜びを分かち合いたいだろうに、何か遠慮しているのか、朋拓はあの日以来見舞いに来ていない。
 ふたりの間に膜が張っている気がするのは、やっぱりあの治療のことを明かしたことが原因なんじゃないだろうかと思っているし、それしか考えられない。そうでないなら、一体何が俺らの間を濁してしまっているというのだろうか。
 ディーヴァの新曲の限定アナログ盤ジャケットに採用されたことで朋拓はより一層有名になり、SNSやメタバースの管理もそろそろ自分一人では限界が来そうだと苦笑している。

「じゃあ、個人事務所でも立ち上げたりするの?」
『うーん……そうするほどなのかなぁと思ってて。だってまだ今はたまたま世間に知られてるだけかもしれないし、この先も続くかわからないし』
「案外慎重だね、朋拓」
『フリーランスだからね。それに、人を雇うと色々お金もかかるから……やるならAIに管理してもらうかもな』

 とは言え、そろそろお金のことは人間の専門家に頼むかもという話をしたり、ディーヴァきっかけでまた新たに音楽関係の仕事が入ったりしているという話をしたり、一見すると仲の良いカップルの会話にしか見えないけれど、その内情は少なくとも俺は穏やかではない。分かち合えない、あと一歩届かないもどかしさにいら立ちが募っていく。

『……あのさ、唯人』

 話をしつつも、どこか目線を反らして向き合っていたからだろうか。会話が途切れた時、ぽつっと朋拓が改まったように俺を呼んだ。
 目線を向けると、少し気まずそうな顔をした朋拓が何か言いたげに伏目がちにしている。

「なに?」
『入院してるってことは、その……治療、まだしてるってこと? そのー、子ども作るための』

 遠慮がちでありながらもそれまで避けてきた話題の矛先をこちらに向けてきたのには正直驚いた。あの日以来見舞いに来ないのはもうあれ以降俺らの間ではあの話題――子どもを作るかどうかということをタブーとするのかとも思っていたからだ。
 タブーにして、そのままずるずる俺の治療が上手くいかないことを祈られているんじゃないかとさえ思っていたし、いまでもそう疑っている。

「そうだけど? だから?」
『あ、や……あのさ、やっぱ、続けるの?』
「どういう意味? やめろってこと?」
『や、そういうつもりじゃ……なんて言えばいいのかな……』

 続けるのか、と訊きつつも、じゃあやめろという事かと問い返せばしどろもどろになる。その煮え切らない態度が一層苛立ちを煽っていく。
 朋拓は金髪を乱雑に掻きむしるようにかき上げながら考え込み、やがて顔をあげてもう一度言ってきた。

『あのさ、その、コウノトリプロジェクトって、結構危ないって言うか……その、男が妊娠するのってかなりリスクあるみたいじゃん。そもそも成功例も女の人より少ないって言うし』
「だから?」
『だからその……やっぱ、考え直した方が……』

 治療は相変わらず順調で、このままのペースでいけばあと数カ月もしないうちに妊娠可能な身体になると言われている。それに伴っての卵子作成の細胞接種もそろそろ行わなきゃだし、そろそろ精子提供を朋拓からしてもらって受精卵も作らなきゃいけない。最終的には腹腔への着床もして妊娠となるから、最短でも一年程度と言われている妊娠するまでの治療期間だけれど、軌道に乗ってしまうと結構スケジュールがタイトなのだ。
 その上俺は、一時期体調を崩したことはあるとは言え、基本的に蓮本先生が驚くほど順調に治療が進んでいるらしいので、ここで考え治せと言われても素直に応じられない。なにせ、コウノトリプロジェクトにはリミットがあり、そもそも今回妊娠可能な身体になれたからと言って確実に妊娠できるとも限らないし、次があるとも限らない。
 もちろん治療を行う上でのリスクは承知の上だし覚悟もしている。それを俺がわかっているといま説明した上でも、朋拓は俺に考え治せと言うんだろうか。

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