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「……平川さんから聞いたの?」
俺に意見を言ってくるのではと思わせる気配をまとった朋拓の言葉に震えそうな声で訊ねたけれど、朋拓はゆるゆると首を横に振り、「平川さんからじゃないよ」と小さく答えた。
平川さんからでないなら誰が――焦りと不安が渦巻く俺の胸中を見透かすように、朋拓は答えを口にする。
「蒼介から、聞いたんだ」
「蒼介、って……あの、よくディーヴァのチケットを取ってくれたりとかって言う?」
「そう、あいつ。あいつがね、この帝都大病院に通院してるんだよ。知ってるでしょ、あいつが昔大きな事故に巻き込まれた話。あの治療と言うかリハビリの一環でね、月一くらいで通院してるんだよ。で、その時に――唯人が産科の外来から出てくるのを見たって言うんだ」
産科の外来は基本、女性の利用が多くて、男性がいたとしても健診や診察の付き添いが殆どで、見舞いの場合は入り口が別になっている。そうなると男性一人で産科の外来から出てくるのはコウノトリプロジェクトの対象者だろうとわかる人にはわかってしまうし、知った顔であればなおさら目に付くだろう。
そこでその蒼介が不思議に思ったらしくて、朋拓に連絡したらしいんだ。お前らコウノトリプロジェクトの対象者なんだな、って。もちろん言い方はもっとオブラートだったと思うけれど、要はそういう内容のことを訊かれたらしく、朋拓は寝耳に水で驚いたらしい。
代理出産でゲイのカップルが子どもを持つこともあるし、最近は一層国がコウノトリプロジェクトを後押ししているから、そうなのかと訊かれたのかもしれないし、蒼介もこの病院の別のプロジェクトの対象者らしく、何かあれば相談に乗るとも言われたんだそうだ。
でも、そもそも朋拓は俺が帝都大病院の産科に通院するよう話――コウノトリプロジェクトの対象者なんて全く知らなかったから、戸惑いの方が大きかったのだ。
「蒼介には違うよとは言ったけれど、改めてこの病院のこと調べたらコウノトリプロジェクトの話がいっぱい出てくるじゃんか。あとはやっぱちょっと前から唯人がやたら薬飲むようになってたから、もしかしたらなんか関係があるのかなって思ってたら、今日倒れたって言うから……」
だからあの薬で何かあったんじゃないかと思って、仕事も放りだして駆け付けたんだ、と朋拓は苦笑したけれど、俺は笑い返せなかった。ただただ無駄に彼に心配をかけていたにすぎない自分の浅はかさに言葉が出なかったからだ。
「……ごめん、朋拓」
「うん、すっげー心配した。でも何もなくてホッとした」
そう言いながらくしゃりと頭を撫でられると、胸の奥まで触れられたみたいで切なくなる。申し訳なさと、もう隠さなくていいと言う安堵感が入り混じって涙腺が緩みそうになる。
「ちゃんと言ってくれたらよかったのに」
朋拓の言葉に、ああ、もうこれでこそこそと嘘をつくような真似をして通院したり薬を隠れて飲んだりなくて良いし、コウノトリプロジェクトの協力もしてもらえるかもしれない……そう、安堵の息を吐こうとした時、全く違う意味の言葉が告げられた。
「でもさ、もう身体を変えるような薬なんかやめなよ、唯人。唯人が倒れるようなことまでして子どもを作らなくていいじゃん。唯人が俺のことすごく愛してくれているのはもうわかったからさ」
「……は?」
思わず俺が声をあげて朋拓の手を離すと、朋拓はいつになくやさしい顔をして微笑んでいる。
「唯人が俺の子どもが欲しいくらい愛してくれてるのは嬉しいけど、身体壊すくらい無茶してまで欲しくないよ」
見えかけた安堵の希望がすーっと波がひくように消えて入れ替わるように冷たい失望の波が押し寄せてくる。一瞬だけ感じた幸福はたちまちに呑み込まれて消えてしまった。
俺は、ずっと朋拓との子どもを欲しいと思っていた。いまでもそれに変わりはないし、たとえこの身が壊れてしまおうとも構わないとさえ思っている。俺が彼と愛し合って生きてきた証しが、ディーヴァと言う偶像以外にこの世に遺るのだとしたらこれ以上のことはないからだ。
でもそれを、朋拓本人から真っ向から否定されてしまった。ディーヴァであることを否定される以上に、その言葉は俺を貫いて血まみれにする。
俺に意見を言ってくるのではと思わせる気配をまとった朋拓の言葉に震えそうな声で訊ねたけれど、朋拓はゆるゆると首を横に振り、「平川さんからじゃないよ」と小さく答えた。
平川さんからでないなら誰が――焦りと不安が渦巻く俺の胸中を見透かすように、朋拓は答えを口にする。
「蒼介から、聞いたんだ」
「蒼介、って……あの、よくディーヴァのチケットを取ってくれたりとかって言う?」
「そう、あいつ。あいつがね、この帝都大病院に通院してるんだよ。知ってるでしょ、あいつが昔大きな事故に巻き込まれた話。あの治療と言うかリハビリの一環でね、月一くらいで通院してるんだよ。で、その時に――唯人が産科の外来から出てくるのを見たって言うんだ」
産科の外来は基本、女性の利用が多くて、男性がいたとしても健診や診察の付き添いが殆どで、見舞いの場合は入り口が別になっている。そうなると男性一人で産科の外来から出てくるのはコウノトリプロジェクトの対象者だろうとわかる人にはわかってしまうし、知った顔であればなおさら目に付くだろう。
そこでその蒼介が不思議に思ったらしくて、朋拓に連絡したらしいんだ。お前らコウノトリプロジェクトの対象者なんだな、って。もちろん言い方はもっとオブラートだったと思うけれど、要はそういう内容のことを訊かれたらしく、朋拓は寝耳に水で驚いたらしい。
代理出産でゲイのカップルが子どもを持つこともあるし、最近は一層国がコウノトリプロジェクトを後押ししているから、そうなのかと訊かれたのかもしれないし、蒼介もこの病院の別のプロジェクトの対象者らしく、何かあれば相談に乗るとも言われたんだそうだ。
でも、そもそも朋拓は俺が帝都大病院の産科に通院するよう話――コウノトリプロジェクトの対象者なんて全く知らなかったから、戸惑いの方が大きかったのだ。
「蒼介には違うよとは言ったけれど、改めてこの病院のこと調べたらコウノトリプロジェクトの話がいっぱい出てくるじゃんか。あとはやっぱちょっと前から唯人がやたら薬飲むようになってたから、もしかしたらなんか関係があるのかなって思ってたら、今日倒れたって言うから……」
だからあの薬で何かあったんじゃないかと思って、仕事も放りだして駆け付けたんだ、と朋拓は苦笑したけれど、俺は笑い返せなかった。ただただ無駄に彼に心配をかけていたにすぎない自分の浅はかさに言葉が出なかったからだ。
「……ごめん、朋拓」
「うん、すっげー心配した。でも何もなくてホッとした」
そう言いながらくしゃりと頭を撫でられると、胸の奥まで触れられたみたいで切なくなる。申し訳なさと、もう隠さなくていいと言う安堵感が入り混じって涙腺が緩みそうになる。
「ちゃんと言ってくれたらよかったのに」
朋拓の言葉に、ああ、もうこれでこそこそと嘘をつくような真似をして通院したり薬を隠れて飲んだりなくて良いし、コウノトリプロジェクトの協力もしてもらえるかもしれない……そう、安堵の息を吐こうとした時、全く違う意味の言葉が告げられた。
「でもさ、もう身体を変えるような薬なんかやめなよ、唯人。唯人が倒れるようなことまでして子どもを作らなくていいじゃん。唯人が俺のことすごく愛してくれているのはもうわかったからさ」
「……は?」
思わず俺が声をあげて朋拓の手を離すと、朋拓はいつになくやさしい顔をして微笑んでいる。
「唯人が俺の子どもが欲しいくらい愛してくれてるのは嬉しいけど、身体壊すくらい無茶してまで欲しくないよ」
見えかけた安堵の希望がすーっと波がひくように消えて入れ替わるように冷たい失望の波が押し寄せてくる。一瞬だけ感じた幸福はたちまちに呑み込まれて消えてしまった。
俺は、ずっと朋拓との子どもを欲しいと思っていた。いまでもそれに変わりはないし、たとえこの身が壊れてしまおうとも構わないとさえ思っている。俺が彼と愛し合って生きてきた証しが、ディーヴァと言う偶像以外にこの世に遺るのだとしたらこれ以上のことはないからだ。
でもそれを、朋拓本人から真っ向から否定されてしまった。ディーヴァであることを否定される以上に、その言葉は俺を貫いて血まみれにする。
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