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 道を行きながら朋拓はアトリエを借りていた理由を話し始める。

「前に大きい仕事やらせてもらってるって言ったじゃん? あれがね、仕事の内容もだけど扱う作品のサイズもデカくってさ、百号のキャンパスを二枚使って描いたんだよ」

 百号のサイズは、個展を前に開いた時に教えてもらったのだけれど、俺の背丈くらいあるキャンパスで、それが二枚ともなると極ふつうの2DKの朋拓の自宅マンションではたしかにちょっと手に負えないだろう。だからアトリエを借りることになったんだろうと納得はいった。
 ただ一つ気になることがあるとすれば、この前の電話でにおわせるようなことを言ってきた以外のことを俺に一切言わなかったことだ。
 プロの仕事をいちいち伝えるようなことをしないのはよくある話だろうけれど、いつもなら描きかけであっても「これはどこそこの会社に送るんだ」とか秘密だよと言いながら教えてくれるのに、それがなかったのがちょっと不思議だったのだ。
 とは言え、大人なのだからすべてを知っていなきゃ気が済まない十代のヤンデレな恋人じゃないのだから、特に気にはしていない。なにより、こうして今見せてくれようとしているのだから、構わなかった。
 表通りから一本裏通りに入ると昭和な下町の雰囲気そのままの通りに行き当たり、低層の小さな木造のアパートがひしめいているところに辿り着いた。

「こんなところまだあるんだ」
「ここは文化保全区域ってとこでね、その中でもここ一画は土地のオーナーがアート関係に使って欲しいからって格安で若手のアーティストに貸してくれるんだよ」

 アート制作、特にアナログ画材や立体物を扱う場合は作業スペースを必要とする関係でわりとそういう話がよくあるらしく、学生だともっと安く借りられるらしい。
その内の何件目かのアパートに辿り着いて、敷地の中に入って行くと、一番奥の部屋の前で朋拓は立ち止まって鍵を開けた。ドアを開けると、中は薄暗く、絵の具特有のにおいが鼻をつく。

「さ、ここが俺のアトリエ(仮)でーす」
「カッコ仮ってなんだよ」
「だって借りものだし、期間限定だし」

 朋拓の言葉がおかしくて笑って言いながら靴を脱いでいると、朋拓が苦笑して言い訳をする。
 部屋はキッチンスペースと六畳間と押入れ、それから掃き出しの窓があった。天井からは裸電球というやつがぶら下がっていて、朋拓がそれをつける。
 パッと明るくなった部屋の中にあったのは、俺ぐらいの背丈のある大きなキャンバスが二枚直角になるように建てられていた。
 キャンパスは向かって右には複雑な配合をされた青色でユニコーンが描かれていて、左には同じく複雑な配合で作られた赤色で竜が描かれていた。ユニコーンと竜と勝手に判断してしまったけれど、実際は違うかもしれない。とにかく現実にいるとは言い難い生き物が描かれていたのだ。

「わぁ……すごい……」

 現実にいないとわかっているのに、青の絵も赤の絵もどちらもいまにも飛び出してきそうなほどの迫力で、息遣いまで感じられそうだ。迫力があるのにその毛並みや鱗はひとつひとつが緻密ちみつに描き出されている。だから生きているように見えるのかもしれない。
 月並みな言葉しか出てこなかったけれど、こう言うのは妙にウマいこと言ってやろうとする方が冷めるので、これでいいんだろうと思う。
 目を見開いて絵を網膜もうまくに焼き付けるように見ている俺の横で、朋拓が照れたような、でもどこか得意げな顔をしてこう告げてきた。

「これさ、次のディーヴァの新曲の限定アナログ盤のジャケットに使ってもらえるかもしれないんだよね。いまは仮決定の段階だけど」

 思ってもいなかった言葉に俺が朋拓の方を振り向くと、彼は少しだけバツが悪そうな顔をしている。
 シングルやアルバム作成、果てはそれらのより音質にこだわったファンに向けてのアナログレコードのジャケットのデザインに俺が関わることもなくはないけれど、今回のリリースは俺の負担を考慮して基本的に事務所任せだ。だから出来上がる一歩手前に行くまで俺は知らない。
 でも、だからってまさか朋拓が関わるなんて――と、思いかけて、ふと、ある言葉を思い出す。「いいじゃない、愛してくれる彼が見せてくれる超大作。たっぷり堪能しておいでよ」という、平川さんの言葉だ。
 俺はひと言も彼女に朋拓の作品を見せてもらうとは言っていないし、そもそも俺はここに来るまでアトリエの存在すら知らなかったのだ。それなのに、平川さんは“超大作を見せてもらえ”と言ったのだ。
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