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病院に行った翌日は珍しく対面で朝から夕方までレコーディングと次のライブの打ち合わせをした。昨日先生から長時間のレコーディングは妊娠したら控えてとは言われたけれど、いまはまだ妊娠していないしその前段階のさらに前段階だから今まで通りに過ごす。
夕方頃に平川さんに車で送ってもらっていたら、着信があった。朋拓からだ。俺が仕事中であることは知っているので、音声だけだ。
「……なに?」
『あ、ごめん。いまいい?』
「ちょっと、無理」
口許に手を宛がい、隣に座る平川さんの顔をミラー越しに見ながら言ったのだけれど、『じゃあ用件だけ言うね』と、向こうは聞く気がない。無理だと言っているのに。
無理だって言ってるだろ! と声を荒げそうになっていたら、「私のことは気にしないで、ちゃんと話したら? 朋拓くんなんでしょ?」と平川さんに苦笑されてしまった。お見通しだ。
仕方なく俺は小さく溜め息をつき、宛がっていた手を外して車内スピーカーに切り替える。
「なに、用件って」
『あのさ、この前見せたいものがあるって言ってたじゃん。ちょっと大きなことできるかもって。あれ、仮決定したんだ』
そう言えばそうだった。体調を崩したあとに差し入れをくれたお礼にと通話した際にそんなことを話していた気がする。お互い疲れた顔をしていておかしくて笑ったんだっけ。
その話が今更なんだと言うのだろう? そう俺が首を傾げていると、こちらを窺っていた平川さんと目が合った。その目は何故か含みがある笑いをしている。
ホログラム表示の朋拓はいまから会えないかと言ってきていて、仕事自体はもう終わりなので会えるのは会えるから俺はそれにうなずき、待ち合わせ場所を決めた。
ほぼ一方的だった通話が終わり、軽く苛立ちを覚えている俺に平川さんがくすりと笑う。
「なんすか、平川さん」
「仲がいいなぁって思って。愛されてるね、唯人」
「……それは、まあ……」
「否定しないんだ」
「否定するほど俺はガキじゃないよ。朋拓に愛されてる自覚はすごくある」
「そうみたいね。さっきの唯人、いい顔してたもの。仕事で見せる時とは大違い」
「――――ッ」
「あら、照れてる」
「うるっさいなぁ」
「いいじゃない、愛してくれる彼が見せてくれる超大作。たっぷり堪能しておいでよ」
夕暮れの眩しさだけじゃないものを見つめるように目を細める平川さんの横顔がやさしくて、胸の奥が妙に切なくなった。後ろめたいとは違う、でも少し申し訳ない気分になってしまう妙な感情。
朋拓に出会ってから、俺はいままでにない気持ちを色々と強く感じるようになった。焦がれるとか切ないとか、もっと言葉にならない微妙なニュアンスの感情とかを。そう言ったものをぎゅっと集めて固めた結晶が、彼と家族になって子どもを作ることなのかもしれない。
そんなことを考えながら待ち合わせに一番近い駅まで送ってもらい、平川さんとはそこで別れた。
駅ビルのモニュメントの前で待っているとすぐに朋拓から連絡が入り、すぐに本人に会えた。今日の朋拓は作業服のツナギを着ていて、それは絵の具と言うかペンキと言うか、とにかくひどく汚れている。服だけでなく顔も髪の先にまで着いている。
都心ほどではないけれど人通りは多いところなので、そんないかにも何か作業していたという姿で現れると思っていなかったので唖然としていると、朋拓は照れたように苦笑した。
「ごめん、いまさっき最終チェックしてて。すぐに唯人に見て欲しかったから」
「見て欲しいって、絵を?」
「ああ、うん。最近この近くでアトリエを安く貸してもらってて、そこで描いてたんだ」
とにかく行こう、と朋拓に手を牽かれて、俺は彼について行く形になった。
夕方頃に平川さんに車で送ってもらっていたら、着信があった。朋拓からだ。俺が仕事中であることは知っているので、音声だけだ。
「……なに?」
『あ、ごめん。いまいい?』
「ちょっと、無理」
口許に手を宛がい、隣に座る平川さんの顔をミラー越しに見ながら言ったのだけれど、『じゃあ用件だけ言うね』と、向こうは聞く気がない。無理だと言っているのに。
無理だって言ってるだろ! と声を荒げそうになっていたら、「私のことは気にしないで、ちゃんと話したら? 朋拓くんなんでしょ?」と平川さんに苦笑されてしまった。お見通しだ。
仕方なく俺は小さく溜め息をつき、宛がっていた手を外して車内スピーカーに切り替える。
「なに、用件って」
『あのさ、この前見せたいものがあるって言ってたじゃん。ちょっと大きなことできるかもって。あれ、仮決定したんだ』
そう言えばそうだった。体調を崩したあとに差し入れをくれたお礼にと通話した際にそんなことを話していた気がする。お互い疲れた顔をしていておかしくて笑ったんだっけ。
その話が今更なんだと言うのだろう? そう俺が首を傾げていると、こちらを窺っていた平川さんと目が合った。その目は何故か含みがある笑いをしている。
ホログラム表示の朋拓はいまから会えないかと言ってきていて、仕事自体はもう終わりなので会えるのは会えるから俺はそれにうなずき、待ち合わせ場所を決めた。
ほぼ一方的だった通話が終わり、軽く苛立ちを覚えている俺に平川さんがくすりと笑う。
「なんすか、平川さん」
「仲がいいなぁって思って。愛されてるね、唯人」
「……それは、まあ……」
「否定しないんだ」
「否定するほど俺はガキじゃないよ。朋拓に愛されてる自覚はすごくある」
「そうみたいね。さっきの唯人、いい顔してたもの。仕事で見せる時とは大違い」
「――――ッ」
「あら、照れてる」
「うるっさいなぁ」
「いいじゃない、愛してくれる彼が見せてくれる超大作。たっぷり堪能しておいでよ」
夕暮れの眩しさだけじゃないものを見つめるように目を細める平川さんの横顔がやさしくて、胸の奥が妙に切なくなった。後ろめたいとは違う、でも少し申し訳ない気分になってしまう妙な感情。
朋拓に出会ってから、俺はいままでにない気持ちを色々と強く感じるようになった。焦がれるとか切ないとか、もっと言葉にならない微妙なニュアンスの感情とかを。そう言ったものをぎゅっと集めて固めた結晶が、彼と家族になって子どもを作ることなのかもしれない。
そんなことを考えながら待ち合わせに一番近い駅まで送ってもらい、平川さんとはそこで別れた。
駅ビルのモニュメントの前で待っているとすぐに朋拓から連絡が入り、すぐに本人に会えた。今日の朋拓は作業服のツナギを着ていて、それは絵の具と言うかペンキと言うか、とにかくひどく汚れている。服だけでなく顔も髪の先にまで着いている。
都心ほどではないけれど人通りは多いところなので、そんないかにも何か作業していたという姿で現れると思っていなかったので唖然としていると、朋拓は照れたように苦笑した。
「ごめん、いまさっき最終チェックしてて。すぐに唯人に見て欲しかったから」
「見て欲しいって、絵を?」
「ああ、うん。最近この近くでアトリエを安く貸してもらってて、そこで描いてたんだ」
とにかく行こう、と朋拓に手を牽かれて、俺は彼について行く形になった。
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