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投薬を始めてそろそろ半年弱。主治医の蓮本先生によれば治療は順調な方らしく、今回からは通院は一週間に一回になり、二回に一回の割合で通院時に女性ホルモンの点滴もされることになった。投薬で大きな副作用がないとわかったら段階的に薬を増やしていってより妊娠を維持しやすい体にする準備をするんだそうだ。
「このまま順調に薬が効いてくれれば、あと二~三週間後には卵子を作るための細胞の採取をして、精子と受精させることができます」
「そしたら、受精卵をお腹に入れるのって受精させてすぐにですか?」
「いえ、受精卵を作ってから腹腔に着床させるのは早くて数日後になります。体細胞分裂――卵割というのですが、それをある程度の段階まで行ったうえでの着床段階への移行になります。もちろん着床してからも妊娠維持のために女性ホルモンの投与も出産を終えるまで継続します」
そう言いながら、蓮本先生はメモ用紙に簡単に体の図を描いてくれて、受精卵の着床の処置がどんな感じに行われるのかを説明してくれる。まるで内視鏡を入れるように行われるらしい。
手術程大袈裟ではないけれど、着床をより安定させるために処置が行われたらしばらく入院して安静にしていなくてはいけないと言われた。
入院は治療の話を聞いた時から覚悟はしていたので予想の範囲内なのだが、いくつか気になっている点があるので訊いてみる。
「あの、唄うことは出来ますか? レコーディングとか、ライブとか出来ますか?」
「いつもはどのような感じで唄われてますか?」
「レコーディングなら数時間から半日くらい、休みを入れながら歌います。ライブは一ステージがアンコール込みで大体二時間くらいですね」
なるほど……と言いながら蓮本先生はカルテに打込んでいき、少し考えてから慎重に言葉を選びながら答えてくれた。
「そうですねぇ……通常の女性母体での妊娠の場合でも、長時間のライブなど激しく動くようなことは控えて頂いています。特に妊娠初期は不安定ですし、なにより男性妊娠の場合は無自覚でも身体に負担がかかっていますので、出来ることならライブは控えた方がいいでしょう」
「じゃあ、レコーディングは……」
「半日もかかるようなものは控えて欲しいですが、二時間とか数時間くらい、休みをこまめに取りながらであればやって頂いてもいいです。でもそれが安全を完全に保障しているわけではありません。少しでも体調に違和感があったら中断して、横になるなどして安静にしてください」
妊娠に向けての注意事項が書かれているコウノトリプロジェクトの資料のページを改めて教えてもらって、俺は段々と自分の悲願を叶える為のステージが整いつつあることを実感する。
それと同時に、あとどれくらいディーヴァとして唄っていけるかも考える。先生の話で聞いた通り治療がこのまま上手くいけば、数か月以内に俺は妊娠できる可能性があるということになる。それはつまりもうこの先ライブが暫くできなくなることでもあり、唄うことに制限がかかるのだとすれば下手するとレコーディングにも打込むことも難しくなることも意味しているとも言えるだろう。
妊娠が軌道に乗れば安静もしていなくてはいけないのはもちろんのこと、それと同時に朋拓と籍を入れ、一緒に住むかどうかも話し合わないといけない。家族になっていく準備も待ち構えている。
でも現状はそれに取り組めるどころか、そもそも俺は朋拓から精子を提供してもらえるか、治療に協力してもらえるかさえも同意をとれていない。
怖気づかないでもっと早くに朋拓に話を切り出せていたなら、きっとここにも彼はいてくれただろうし、一緒に悩んでくれただろう。いや、悩むことも殆どなかったかもしれないし、むしろ楽しい予定を決めるように話合えたかもしれない。
だけど朋拓はコウノトリプロジェクトに懐疑的で反対寄りの意見を口にしているから、それを説き伏せられるのかがわからない。強く反対されてしまったら、最悪別れなくてはいけないかもしれない。精子提供どころではなくなってしまう。
でも――俺は病院をあとにして家へ向かう自動運転タクシーの後部座席でシートにもたれながら考える。それでも、やっぱり俺は朋拓との子どもを身ごもって産みたいし、出来ることなら子守唄を唄ってやりたい。俺も愛する人と家族になって、お互いの面影のある小さな家族と触れ合いたい。たとえそれが、神様に反すると彼が思っているとしても。
「ちゃんと話そう、俺から、ちゃんと」
独り言のようにそう呟いて腹を決め、俺は車窓を流れていく整然とした街並みを眺めていた。
「このまま順調に薬が効いてくれれば、あと二~三週間後には卵子を作るための細胞の採取をして、精子と受精させることができます」
「そしたら、受精卵をお腹に入れるのって受精させてすぐにですか?」
「いえ、受精卵を作ってから腹腔に着床させるのは早くて数日後になります。体細胞分裂――卵割というのですが、それをある程度の段階まで行ったうえでの着床段階への移行になります。もちろん着床してからも妊娠維持のために女性ホルモンの投与も出産を終えるまで継続します」
そう言いながら、蓮本先生はメモ用紙に簡単に体の図を描いてくれて、受精卵の着床の処置がどんな感じに行われるのかを説明してくれる。まるで内視鏡を入れるように行われるらしい。
手術程大袈裟ではないけれど、着床をより安定させるために処置が行われたらしばらく入院して安静にしていなくてはいけないと言われた。
入院は治療の話を聞いた時から覚悟はしていたので予想の範囲内なのだが、いくつか気になっている点があるので訊いてみる。
「あの、唄うことは出来ますか? レコーディングとか、ライブとか出来ますか?」
「いつもはどのような感じで唄われてますか?」
「レコーディングなら数時間から半日くらい、休みを入れながら歌います。ライブは一ステージがアンコール込みで大体二時間くらいですね」
なるほど……と言いながら蓮本先生はカルテに打込んでいき、少し考えてから慎重に言葉を選びながら答えてくれた。
「そうですねぇ……通常の女性母体での妊娠の場合でも、長時間のライブなど激しく動くようなことは控えて頂いています。特に妊娠初期は不安定ですし、なにより男性妊娠の場合は無自覚でも身体に負担がかかっていますので、出来ることならライブは控えた方がいいでしょう」
「じゃあ、レコーディングは……」
「半日もかかるようなものは控えて欲しいですが、二時間とか数時間くらい、休みをこまめに取りながらであればやって頂いてもいいです。でもそれが安全を完全に保障しているわけではありません。少しでも体調に違和感があったら中断して、横になるなどして安静にしてください」
妊娠に向けての注意事項が書かれているコウノトリプロジェクトの資料のページを改めて教えてもらって、俺は段々と自分の悲願を叶える為のステージが整いつつあることを実感する。
それと同時に、あとどれくらいディーヴァとして唄っていけるかも考える。先生の話で聞いた通り治療がこのまま上手くいけば、数か月以内に俺は妊娠できる可能性があるということになる。それはつまりもうこの先ライブが暫くできなくなることでもあり、唄うことに制限がかかるのだとすれば下手するとレコーディングにも打込むことも難しくなることも意味しているとも言えるだろう。
妊娠が軌道に乗れば安静もしていなくてはいけないのはもちろんのこと、それと同時に朋拓と籍を入れ、一緒に住むかどうかも話し合わないといけない。家族になっていく準備も待ち構えている。
でも現状はそれに取り組めるどころか、そもそも俺は朋拓から精子を提供してもらえるか、治療に協力してもらえるかさえも同意をとれていない。
怖気づかないでもっと早くに朋拓に話を切り出せていたなら、きっとここにも彼はいてくれただろうし、一緒に悩んでくれただろう。いや、悩むことも殆どなかったかもしれないし、むしろ楽しい予定を決めるように話合えたかもしれない。
だけど朋拓はコウノトリプロジェクトに懐疑的で反対寄りの意見を口にしているから、それを説き伏せられるのかがわからない。強く反対されてしまったら、最悪別れなくてはいけないかもしれない。精子提供どころではなくなってしまう。
でも――俺は病院をあとにして家へ向かう自動運転タクシーの後部座席でシートにもたれながら考える。それでも、やっぱり俺は朋拓との子どもを身ごもって産みたいし、出来ることなら子守唄を唄ってやりたい。俺も愛する人と家族になって、お互いの面影のある小さな家族と触れ合いたい。たとえそれが、神様に反すると彼が思っているとしても。
「ちゃんと話そう、俺から、ちゃんと」
独り言のようにそう呟いて腹を決め、俺は車窓を流れていく整然とした街並みを眺めていた。
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