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“――眼を閉じて浮かぶのは オマエを描いた空の色
ほどけとけゆく想いの色
眼を閉じて浮かぶは オマエをなくした茜色
ながれとけいく愛の色――”
『アイ・イロ』という曲を唄いながら、俺……ディーヴァはステージの端から端まで優雅に歩く。手を振り、精一杯の愛想を振りまいて客席を沸かせながら、声を張り上げ会場いっぱいに歌声を届ける。
この曲は朋拓が好きな曲――つまり、今日のライブラストの曲だ。
幾つもの目がディーヴァを射貫くように見つめてくるのをものともしないように振舞いながら、俺の目は彼を――朋拓を捜す。客席の顔は指先で操作すればモニターに自由にアップして映し出せるようになっているので、それを駆使してさり気なくざっと客席の顔を見ていく。
客席をこちらのモニターにアップすると必然的にディーヴァと目が合う仕様になるため、気付いた観客は悲鳴を上げて喜んでいる。だから応えるように手を振ってやると、飛び跳ねんばかりだ。
ただ、『アイ・イロ』はしっとりと歌う曲なので俺の視線ばかりが動くだけで客席は反応がしにくい。だからこそ捜しやすいとも言える。
それを利用して最前列から照明の当たる範囲をぐるっと見渡していると、しっとりとしている雰囲気の中でひときわ熱い視線をこちらに送ってくるのを感じた。
向けられる視線に辿るようにこちらから目を向けると――
(――あ、朋拓、いた……)
見覚えのある金色に跳ねまくった髪が揺れている。人懐っこい顔がきらきらしていて子どもみたいだ。
俺といる時にはほとんど見せないような無垢な表情に軽く嫉妬心を覚えながらも、それだけ俺が彼を虜に出来ているのだと思うと誇らしくも思えるし、彼がいるからこそこうして唄えるんだとも思える。
だからこそ、どうしたら、どんなことをしたら朋拓との子どもを授かれるのだろう……つい、そう考えてしまう。
朋拓は俺を愛してくれている。それは痛いほどわかる。
だけど彼は俺が子どもを身ごもること――コウノトリプロジェクトなどに参加するのは反対だと言う。
(それでも俺は、朋拓との子どもが欲しい。そのためなら、この命を懸けたってかまわないのに――)
そう唄いながら考えていたのが、良くなかった。
一瞬だったけれど、俺はほんの一瞬唄い出しのタイミングを間違ってしまったのだ。沈黙して歌声が途切れたわけでも演出予定と違う動きをしたわけではなかったけれど、ステージ内容を把握しているスタッフ達には若干の違和感を覚えさせたかもしれない。
それだけでもかなりプロとして失格なのに、俺は頬にひと筋の涙をこぼしていた。最新鋭のセンサーは細かな表情も読み取るので、リアルに涙も汗も画像に反映させてしまうのに、俺は頬には涙が伝う。ステージライトの強さや遠目からはわからないほどのものではあったけれど、俺自身は自分の頬に伝う感触に冷や汗をかいた。
さり気なく涙をすぐに拭い歌唱を続けたことで特に滞るようなことはなくステージを終えることは出来たけれど、俺の気分は最悪だったのは言うまでもない。
「唯人、さっき何かあったの? 一瞬なんかヘンじゃなかった?」
ステージを終えて着替えていると、平川さんからそう声を掛けられた。体調が悪いのかと訊かれたけれど、俺はそうではないと答え、「考え事なんてしてた。上の空なんて最低なことしちゃったよ」と唇を噛む。
「そんなことないよ、ライブは良かったよ。大きなミスでもないし、配信もないからそんな気にしなくてもいいんじゃない?」
平川さんなりに慰めてくれているのだろうけれど、俺は世界のディーヴァなのだ。歌い手のプロの端くれとしてステージ上で感情を露わにして面に出すなんてプロとして失格だ。
しかも今回はいつにないレアなステージで、ファンの期待値はとても高かったはずだから、それを裏切るように上の空で歌唱するなんてやってはいけない。
だからチケット代を払い戻ししようと俺は言ったのだけれど、平川さん曰く俺の気持ちだけでそこまでの損害を出すことは出来ないと諭された。
確かに運営していく上で感情のままに損害を出すわけにはいかないだろうし、今後のディーヴァの活動に関わるのだから、もっと違う形がいいだろう。
「唯人がディーヴァとして自分が許せないのはわかるけど、安易にファンが払ってくれたお金を返したらダメだよ。お金だってファンからの気持ちなんだから」
「でもそのお金をもらったのにあんなステージ見せちゃったんだよ? 何かお詫びみたいなのをしたいよ。申し訳なさすぎるもの」
俺の言葉に平川さんも考え込み、楽屋で二人頭を抱える。事務所やライブ運営会社に損害をあまり出さないけれど、ファンに喜んでもらえそうなこと……それは決してお金では買えないものじゃないだろうか。
ふと、その時俺は楽屋のモニターに今日の映像が映し出されていたこと思い出し、平川さんに訊いてみた。
「ねえ、平川さん。今日って配信してないんだよね?」
「そうよ、今日のは会場のみ。それが何か?」
「あのさ、ライブ本編のどれか一曲だけの映像を限定リンク貼って期間限定でチケット購入者の連絡先に送るのはどうかな? もちろん違法ダウンロードさせないようにしてだけど。ライブに来てくれた人には思い出になるし、来れなかった人へも宣伝にもなるんじゃないかな」
俺の提案に平川さんはなるほど、とうなずき、早速映像班と話し合ってくると言ってくれた。その賛同に俺はホッとし、こうもつけ加える。
「限定配信にかかる費用は俺が出すよ。それならよくない?」
「そんなことさせられないよ! そこまで唯人が責任取らなくてもいいの!」
「いや、俺に払わせて。平川さん達が気にしなくていいってことをつついて大事にしたのは俺だし、そもそも俺がちゃんと唄えてればこうはならなかったんだから」
「……わかった、事務所とも相談してみる」
結局は俺のワガママという事で扱われてしまうのだろうけれど、プロとしてやってはいけないことをしたのだからこれはケジメとしてやるんだ。
会場を平川さんが運転する車に乗って帰っている途中で事務所からも限定配信の許可が出たので、俺は車の中で今日のライブ映像を確認してどれを配信するかを決めた。
配信する映像を決めたら映像班に連絡をして編集をしてもらい、チケット担当へデータを送ってもらって今日の観客の連絡先へと配信する。勿論、俺からのお詫びのメッセージもつけて。
「唯人の考え、当たってたかもね。もう反響出て話題になってる」
家に着く頃にはネット上でもすぐに話題になっていて、案の定朋拓からもテキストでメッセージが届いた。
『ライブお疲れさま。すごく良かったよ。俺らファンのこと考えて嬉しいサプライズをくれてありがとう! やっぱりディーヴァは最高だね』
朋拓は直筆のイラスト付きでメッセージを送ってくれたほど上機嫌だったし、ライブ自体も喜んでいて褒めてもくれたけれど、俺はそれを素直に受け取っていいかわからず罪悪感を抱く。歌唱ミスの要因が彼にもあるとはとても言えないからだ。
ほどけとけゆく想いの色
眼を閉じて浮かぶは オマエをなくした茜色
ながれとけいく愛の色――”
『アイ・イロ』という曲を唄いながら、俺……ディーヴァはステージの端から端まで優雅に歩く。手を振り、精一杯の愛想を振りまいて客席を沸かせながら、声を張り上げ会場いっぱいに歌声を届ける。
この曲は朋拓が好きな曲――つまり、今日のライブラストの曲だ。
幾つもの目がディーヴァを射貫くように見つめてくるのをものともしないように振舞いながら、俺の目は彼を――朋拓を捜す。客席の顔は指先で操作すればモニターに自由にアップして映し出せるようになっているので、それを駆使してさり気なくざっと客席の顔を見ていく。
客席をこちらのモニターにアップすると必然的にディーヴァと目が合う仕様になるため、気付いた観客は悲鳴を上げて喜んでいる。だから応えるように手を振ってやると、飛び跳ねんばかりだ。
ただ、『アイ・イロ』はしっとりと歌う曲なので俺の視線ばかりが動くだけで客席は反応がしにくい。だからこそ捜しやすいとも言える。
それを利用して最前列から照明の当たる範囲をぐるっと見渡していると、しっとりとしている雰囲気の中でひときわ熱い視線をこちらに送ってくるのを感じた。
向けられる視線に辿るようにこちらから目を向けると――
(――あ、朋拓、いた……)
見覚えのある金色に跳ねまくった髪が揺れている。人懐っこい顔がきらきらしていて子どもみたいだ。
俺といる時にはほとんど見せないような無垢な表情に軽く嫉妬心を覚えながらも、それだけ俺が彼を虜に出来ているのだと思うと誇らしくも思えるし、彼がいるからこそこうして唄えるんだとも思える。
だからこそ、どうしたら、どんなことをしたら朋拓との子どもを授かれるのだろう……つい、そう考えてしまう。
朋拓は俺を愛してくれている。それは痛いほどわかる。
だけど彼は俺が子どもを身ごもること――コウノトリプロジェクトなどに参加するのは反対だと言う。
(それでも俺は、朋拓との子どもが欲しい。そのためなら、この命を懸けたってかまわないのに――)
そう唄いながら考えていたのが、良くなかった。
一瞬だったけれど、俺はほんの一瞬唄い出しのタイミングを間違ってしまったのだ。沈黙して歌声が途切れたわけでも演出予定と違う動きをしたわけではなかったけれど、ステージ内容を把握しているスタッフ達には若干の違和感を覚えさせたかもしれない。
それだけでもかなりプロとして失格なのに、俺は頬にひと筋の涙をこぼしていた。最新鋭のセンサーは細かな表情も読み取るので、リアルに涙も汗も画像に反映させてしまうのに、俺は頬には涙が伝う。ステージライトの強さや遠目からはわからないほどのものではあったけれど、俺自身は自分の頬に伝う感触に冷や汗をかいた。
さり気なく涙をすぐに拭い歌唱を続けたことで特に滞るようなことはなくステージを終えることは出来たけれど、俺の気分は最悪だったのは言うまでもない。
「唯人、さっき何かあったの? 一瞬なんかヘンじゃなかった?」
ステージを終えて着替えていると、平川さんからそう声を掛けられた。体調が悪いのかと訊かれたけれど、俺はそうではないと答え、「考え事なんてしてた。上の空なんて最低なことしちゃったよ」と唇を噛む。
「そんなことないよ、ライブは良かったよ。大きなミスでもないし、配信もないからそんな気にしなくてもいいんじゃない?」
平川さんなりに慰めてくれているのだろうけれど、俺は世界のディーヴァなのだ。歌い手のプロの端くれとしてステージ上で感情を露わにして面に出すなんてプロとして失格だ。
しかも今回はいつにないレアなステージで、ファンの期待値はとても高かったはずだから、それを裏切るように上の空で歌唱するなんてやってはいけない。
だからチケット代を払い戻ししようと俺は言ったのだけれど、平川さん曰く俺の気持ちだけでそこまでの損害を出すことは出来ないと諭された。
確かに運営していく上で感情のままに損害を出すわけにはいかないだろうし、今後のディーヴァの活動に関わるのだから、もっと違う形がいいだろう。
「唯人がディーヴァとして自分が許せないのはわかるけど、安易にファンが払ってくれたお金を返したらダメだよ。お金だってファンからの気持ちなんだから」
「でもそのお金をもらったのにあんなステージ見せちゃったんだよ? 何かお詫びみたいなのをしたいよ。申し訳なさすぎるもの」
俺の言葉に平川さんも考え込み、楽屋で二人頭を抱える。事務所やライブ運営会社に損害をあまり出さないけれど、ファンに喜んでもらえそうなこと……それは決してお金では買えないものじゃないだろうか。
ふと、その時俺は楽屋のモニターに今日の映像が映し出されていたこと思い出し、平川さんに訊いてみた。
「ねえ、平川さん。今日って配信してないんだよね?」
「そうよ、今日のは会場のみ。それが何か?」
「あのさ、ライブ本編のどれか一曲だけの映像を限定リンク貼って期間限定でチケット購入者の連絡先に送るのはどうかな? もちろん違法ダウンロードさせないようにしてだけど。ライブに来てくれた人には思い出になるし、来れなかった人へも宣伝にもなるんじゃないかな」
俺の提案に平川さんはなるほど、とうなずき、早速映像班と話し合ってくると言ってくれた。その賛同に俺はホッとし、こうもつけ加える。
「限定配信にかかる費用は俺が出すよ。それならよくない?」
「そんなことさせられないよ! そこまで唯人が責任取らなくてもいいの!」
「いや、俺に払わせて。平川さん達が気にしなくていいってことをつついて大事にしたのは俺だし、そもそも俺がちゃんと唄えてればこうはならなかったんだから」
「……わかった、事務所とも相談してみる」
結局は俺のワガママという事で扱われてしまうのだろうけれど、プロとしてやってはいけないことをしたのだからこれはケジメとしてやるんだ。
会場を平川さんが運転する車に乗って帰っている途中で事務所からも限定配信の許可が出たので、俺は車の中で今日のライブ映像を確認してどれを配信するかを決めた。
配信する映像を決めたら映像班に連絡をして編集をしてもらい、チケット担当へデータを送ってもらって今日の観客の連絡先へと配信する。勿論、俺からのお詫びのメッセージもつけて。
「唯人の考え、当たってたかもね。もう反響出て話題になってる」
家に着く頃にはネット上でもすぐに話題になっていて、案の定朋拓からもテキストでメッセージが届いた。
『ライブお疲れさま。すごく良かったよ。俺らファンのこと考えて嬉しいサプライズをくれてありがとう! やっぱりディーヴァは最高だね』
朋拓は直筆のイラスト付きでメッセージを送ってくれたほど上機嫌だったし、ライブ自体も喜んでいて褒めてもくれたけれど、俺はそれを素直に受け取っていいかわからず罪悪感を抱く。歌唱ミスの要因が彼にもあるとはとても言えないからだ。
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