【完結】覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい

伊藤あまね

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 ライブは日本時間の夜七時、渋谷のとあるライブハウスで行われることになっている。収容人数はスタンディングで百名ほど。ディーヴァとしては破格に小規模な上に配信もないライブだからこそ、いかに朋拓のディーヴァにおける執念が本気なのかが窺える。

「はーあ……ヘンにチケットの入手ルートなんて知らなきゃよかった」

 朋拓の執念に溜め息をつきながらも、そうまでして期待してくれている気持には応えたくはある。
 本番まであと五分。俺はステージにホログラム投影される画像にリアルに動作を反映させるためのセンサーを身体のいたるところに着けた状態で控えている。場所は通常のライブを行うステージの裏手の特別なスタジオで、ごく限られた関係者しか出入りできない。

「唯人、もう始まるよ。軽く水分取って」

 平川さんからボトル入りの水を差し出されたのを受け取ってひと口含み、ひとつ息をついて目を閉じる。脳裏に浮かべるのは今日のセットリスト。既存作品をランダムに取り込みつつアレンジを変え、そして新曲も披露する予定だ。

(今日のラストの曲、朋拓の好きな曲だったな……)

 俺がやめろというのに、モチベーションが上がって作業効率が上がるからと言って朋拓はよく今日のセットリストの中で最後に上がっている曲を部屋で大音量でかけていたのを思い出す。明らかに外れた音で唄いながら、するするとあの生きているような絵を描いていくのだ。
 自分の音楽や歌声が目の前で絵という作品の形になっていく様を朋拓の傍らで見ていると、その影響力の大きさを改めて思い知る。生きていく手段でもあり、自分の価値を定めてくれるものであった歌声とその評価を、ランキングとか音源ダウンロード数とかMVの再生数とか、数字で測れるようなものではないもので示されたのが衝撃だったことが、俺が朋拓に最初に強く惹かれた動機でもある。
 お互いの正体を知らずに、お互いの表現の結晶である作品に惹かれ合ったふたりだからこそ、その二人の血を受け継いだ子を宿して産みたいと思っているんだ。
 その想いを、彼にどう歪みなく伝えられるんだろうか――このところずっとそう考えている。

『ディーヴァ、本番三十秒前です』

 スタジオ内にアナウンスが入り、平川さんがブースの外に出て行く。俺は返事をして目を開け、座っていた椅子から立ち上がって一歩前へ出る。
 ――さあ、ディーヴァのステージの始まりだ。
 モニターに映し出された客席に手を振る仕草をしながら、俺は唯人であることを閉じた。


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