【完結】覆面ディーヴァの俺は最愛の我が子に子守歌を唄いたい

伊藤あまね

文字の大きさ
上 下
6 / 68

*3

しおりを挟む
 昔と違って男性同士でも結婚をこの国でも出来るようになってずいぶん経つけれど、俺と朋拓はいまのところ互いの家を行き来する恋人同士の関係に留めている。
 そろそろ同棲したいみたいなことを朋拓がよく言うこともあるし、そうするなら結婚してしまった方がいいんじゃないの? と周囲からは言われているし、実際結婚している同性愛者の知人は多い。
 でもせっかく家族になるのなら、俺は自分のたっての望みを叶えたいと思っている。それに賛同してくれるなら、朋拓と一緒に住んでもいいかなと考えてはいる。
 考えてはいるのだけれど、それを叶える為に協力して欲しい話を俺はもうかれこれ数か月切り出せないままでいる。

「そうは言っても、いつまでもいまのままじゃいけないんじゃない?」

 レコーディング前のリモートのミーティングで、俺のマネージャーであり、俺がディーヴァであることを朋拓以外で知っている数少ない存在のうちの一人である平川さんが呆れたように言う。
 平川さんは俺がネット上にひっそりと投稿していた俺の歌声を拾い上げてくれた恩人で、家族のいない俺の親代わりのようなところも担ってくれている。

「だってさぁ、“お前の子どもが欲しいから家族になってくれ!”なんて旧時代すぎて退かれちゃいそうな気がして。それじゃなくても、あいつに俺との子どもが欲しいかどうかって気持ちがあるかもわからないし」
「でも、ディーヴァであることは結構あっさり受け入れてくれたんでしょう?」
「声が似てると思ってたんだよね! って言ってるくらいに勘が良いからね……正直、ディーヴァであることを明かした時の方が気持ちが楽だった」

 付き合いだしてすぐ、朋拓が家に遊びに来た時にうっかり仕事部屋を覗かれてしまって、趣味で歌を唄っていると最初は誤魔化せていたのだけれど、俺があまりに頑なにディーヴァを避けるものだから、逆に怪しまれて質問攻めにされたのだ。
 その上、朋拓は俺の仕事の人ディーヴァのライブが重なっていることにも気付き、ついには「ここで唄って見せてくれたらもう何も言わないから!」とまで懇願され、渋々ワンフレーズを適当な誰かの曲で唄ったら……声でバレてしまった。
 一応ディーヴァの声は俺の声のままを使うのではなく、多少の加工はして男性とも女性ともつかない、もちろん俺の元の声と微妙に違う声色になっている。それなのに、朋拓は気付いたのだ。
 そんな妙に勘のいい彼のことだから、俺がヘタな言い訳で同棲を拒むのは意味がないんじゃないかと平川さんは言うのだ。

「俺の声と俺の考えは別物じゃん。そんなあからさまにまだ子どもの事とかは態度に出してないし」

 だけど、平川さんは俺が何もわかっていない子どものように首を横に振り、溜め息をついてこう言う。

「だって、唯人の望みっていうのは、自分の子どもを自分で産みたいってことでしょう? その同意は取れそうなの? 協力してもらえそうなの? 今後のこと考えたら、一緒に住んでいた方が何かと都合がいいんじゃない?」
「別々に住んでる家族だっていっぱいいるじゃん。あの話は、べつに同居家族が条件じゃないし」
「それはそうかもしれないけど……こう言ったらあれだけど、妊娠って、そうそう簡単にできるもんじゃないんだよ? いくら、いまは昔に比べて国が後押しして男性でも妊娠が以前よりできるようになってきたコウノトリプロジェクトが推奨されているからって」

 平川さんの正論に基づく質問攻めに、俺は口をつぐむしかない。画面の中で黙り込む俺を見つめながら、彼女は更にこう続ける。

「子どもを作るって、カップルの片方だけの意思決定だけじゃどうにもならないんだよ、基本。しかも唯人がしようとしていることはいくら国が後押ししている補償もつくプロジェクトの一環だと言っても、命を産んで育てることはCG画像じゃない、リアルなんだから」

 だからよく考えなよ、と言い終えたところで、今日のリモートでのレコーディングの時間になり、トークルームに参加アーティストが続々とログインしてくる。
 平川さんはそっとトークルーム上の画面から姿を消してミュートにし、俺はレコーディング用のディーヴァのアバターに切り替えた。限られた関係者以外にディーヴァの正体を探られないためだ。

「おはようございまーす」

 揃い始めたアーティストたちに挨拶をしながら、俺はいま考えなくてはいけないことを、朋拓との話し合いではなく目の前の仕事に向けることにした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

処理中です...