4 / 68
*2
しおりを挟む
どこかでアラームが鳴っている。寝ぼけながら中空に手をかざすと、音は聞こえなくなった。センサーに体温が反応して目覚めたと感知したのだろう。
アラームのせいで意識は覚醒してしまったので薄っすら目を開けると、隣では根元が黒い金色の乱れた髪のガタイの良い若い男が眠っている。
カーテンを開けると窓の外は今日もいつもと変わりなく快晴の穏やかな風景が広がっていて、眼下の道を自動運転の車が音も立てずに行きかっている。
時刻は朝の九時過ぎで、昨日抱き合う前に少しインスタントのパスタを摘まんだくらいなのでさすがに空腹を覚えていた。
「朋拓、起きて。俺お腹減った。なんか食べに行こうよ」
「ん~……」
ベッドに座って朋拓を揺り起こすと、朋拓は大きな身体を反転させながらこちらを向いて大きくあくびをする。
ぐずぐずとシーツに伏せたりなんだりしてようやく朋拓は顔を上げ、「……おはよ、唯人」と弱く笑った。
「ねえ、なんか食べに行こうよ。もう九時過ぎだし。腹減ったよ」
「そうだなぁ……んじゃあ、原宿の方まで出る? スープデリの店ができたんだって」
「いいね、行こう。あ、通行アプリの申請の期限切れてない?」
「あー……大丈夫だったはず……」
「ちゃんと見といてよ。また朋拓の保証人になるのいやだからね」
環境汚染が進みすぎた結果、いま街は汚染された空気を互いに流入させないために、区域ごとに分厚いガラスドームに覆われて区切られている。そして居住区からどこかへ移動する際には国がリリースしている通行アプリをダウンロードして、通行申請をしないといけない。申請には期限があって、それが切れているとよその街には行けないようになっている。
「そうだよね、保証人なりすぎるとその人も通行規制入るんだもんね」
「ディーヴァが通行規制でレコーディングできないとか笑えないからね、朋拓」
期限切れのアプリ申請のまま通行しようとすると身分証明の保証人を立てなくてはならないし、頻繁だとペナルティが課せられる。罰金だったり通行規制だったり。
だから最近の交流はもっぱらメタバースなんかのネット空間が多いのだけれど、それでもリアルに外を出歩きたい欲求がなくなるわけではない。
そういうわけで、俺らは通行のめんどくささに文句を言いつつも、食事をしに出掛けることにした。
「あれ? 少し肌寒いかな?」
「人工管理下なのに?」
朋拓のマンションを出て、最寄りのリニアモノレールの駅まで歩きながらそんな会話をする。常春とも言える快適な温度管理をされた街に漂うのはもう何度も使い古された空気で、肌寒さなんてほとんど気のせいでしかない。
リニアモノレールは数分も待たないうちに滑り込むようにホームに現れ、俺らはそれに乗り込み原宿へと向かう。
「さっき言ってたスープデリさ、ギャラリー・テルアの近くなんだよ」
「へぇ、懐かしい」
ギャラリー・テルアとは、イラストレーターである朋拓が初めて個展をやった会場で、そこで俺らは初めてリアルで出会ったのだ。
そもそも朋拓と出会ったのは、彼が描いた作品をメタバース・SUGAR内に掲載していたのを、俺がたまたま見かけたことがきっかけだった。もうかれこれ一年ちょっと前になる。
それは俺の曲――ディーヴァの曲にインスピレーションを受けてアナログ画材で描いたというもので、確か曲は海を題材にしたものだったかと思う。
環境汚染で、本物の海なんて博物館や学校でのアーカイブ映像でしかいまの人間のほとんどはその青さを知らないのに、彼の絵に描かれたそれは本物だと認識させるほどにリアルだった。
『俺らは本当の海を知らないけれど、ディーヴァの曲を聴くと目の前に様々な“海”が見える。それを俺は絵にしてみた』
元々俺は海やそれに関するものに強く惹かれる傾向があり、ディーヴァの曲も青や海をコンセプトにしたものが多い。
その内の一曲にインスピレーションを受けたというその作品は、何色もの青を重ね、真珠の珠を散りばめたような泡に包まれた人魚は虹色の尾びれをひるがえしていまにも画面から飛び出してきそうだった。月並みな言葉だけれど、絵が生きていると思えたんだ。
その他にも朋拓の描く作品の中の景色は生々しいほどリアルで、そして同時に描かれる人物たちもまた人工管理下の環境で育ってきた俺らとは別の人類に見えるのが不思議で、たちまちに俺は彼の作品に惹かれた。
しかもこれらは俺の――ディーヴァとしてだけれど――唄った曲からインスピレーションを受けているというのだから、驚きとともに喜びも湧く。こんなにも自分の作品が誰かに影響をもたらすことを、目の当たりにした経験が殆どなかったからだ。
俺は正体を隠してディーヴァとして活動はしているものの、独島唯人としてはごくごく一般人に過ぎないため、唯人として彼の作品にリアクションした。それぐらい感激したんだ。
アラームのせいで意識は覚醒してしまったので薄っすら目を開けると、隣では根元が黒い金色の乱れた髪のガタイの良い若い男が眠っている。
カーテンを開けると窓の外は今日もいつもと変わりなく快晴の穏やかな風景が広がっていて、眼下の道を自動運転の車が音も立てずに行きかっている。
時刻は朝の九時過ぎで、昨日抱き合う前に少しインスタントのパスタを摘まんだくらいなのでさすがに空腹を覚えていた。
「朋拓、起きて。俺お腹減った。なんか食べに行こうよ」
「ん~……」
ベッドに座って朋拓を揺り起こすと、朋拓は大きな身体を反転させながらこちらを向いて大きくあくびをする。
ぐずぐずとシーツに伏せたりなんだりしてようやく朋拓は顔を上げ、「……おはよ、唯人」と弱く笑った。
「ねえ、なんか食べに行こうよ。もう九時過ぎだし。腹減ったよ」
「そうだなぁ……んじゃあ、原宿の方まで出る? スープデリの店ができたんだって」
「いいね、行こう。あ、通行アプリの申請の期限切れてない?」
「あー……大丈夫だったはず……」
「ちゃんと見といてよ。また朋拓の保証人になるのいやだからね」
環境汚染が進みすぎた結果、いま街は汚染された空気を互いに流入させないために、区域ごとに分厚いガラスドームに覆われて区切られている。そして居住区からどこかへ移動する際には国がリリースしている通行アプリをダウンロードして、通行申請をしないといけない。申請には期限があって、それが切れているとよその街には行けないようになっている。
「そうだよね、保証人なりすぎるとその人も通行規制入るんだもんね」
「ディーヴァが通行規制でレコーディングできないとか笑えないからね、朋拓」
期限切れのアプリ申請のまま通行しようとすると身分証明の保証人を立てなくてはならないし、頻繁だとペナルティが課せられる。罰金だったり通行規制だったり。
だから最近の交流はもっぱらメタバースなんかのネット空間が多いのだけれど、それでもリアルに外を出歩きたい欲求がなくなるわけではない。
そういうわけで、俺らは通行のめんどくささに文句を言いつつも、食事をしに出掛けることにした。
「あれ? 少し肌寒いかな?」
「人工管理下なのに?」
朋拓のマンションを出て、最寄りのリニアモノレールの駅まで歩きながらそんな会話をする。常春とも言える快適な温度管理をされた街に漂うのはもう何度も使い古された空気で、肌寒さなんてほとんど気のせいでしかない。
リニアモノレールは数分も待たないうちに滑り込むようにホームに現れ、俺らはそれに乗り込み原宿へと向かう。
「さっき言ってたスープデリさ、ギャラリー・テルアの近くなんだよ」
「へぇ、懐かしい」
ギャラリー・テルアとは、イラストレーターである朋拓が初めて個展をやった会場で、そこで俺らは初めてリアルで出会ったのだ。
そもそも朋拓と出会ったのは、彼が描いた作品をメタバース・SUGAR内に掲載していたのを、俺がたまたま見かけたことがきっかけだった。もうかれこれ一年ちょっと前になる。
それは俺の曲――ディーヴァの曲にインスピレーションを受けてアナログ画材で描いたというもので、確か曲は海を題材にしたものだったかと思う。
環境汚染で、本物の海なんて博物館や学校でのアーカイブ映像でしかいまの人間のほとんどはその青さを知らないのに、彼の絵に描かれたそれは本物だと認識させるほどにリアルだった。
『俺らは本当の海を知らないけれど、ディーヴァの曲を聴くと目の前に様々な“海”が見える。それを俺は絵にしてみた』
元々俺は海やそれに関するものに強く惹かれる傾向があり、ディーヴァの曲も青や海をコンセプトにしたものが多い。
その内の一曲にインスピレーションを受けたというその作品は、何色もの青を重ね、真珠の珠を散りばめたような泡に包まれた人魚は虹色の尾びれをひるがえしていまにも画面から飛び出してきそうだった。月並みな言葉だけれど、絵が生きていると思えたんだ。
その他にも朋拓の描く作品の中の景色は生々しいほどリアルで、そして同時に描かれる人物たちもまた人工管理下の環境で育ってきた俺らとは別の人類に見えるのが不思議で、たちまちに俺は彼の作品に惹かれた。
しかもこれらは俺の――ディーヴァとしてだけれど――唄った曲からインスピレーションを受けているというのだから、驚きとともに喜びも湧く。こんなにも自分の作品が誰かに影響をもたらすことを、目の当たりにした経験が殆どなかったからだ。
俺は正体を隠してディーヴァとして活動はしているものの、独島唯人としてはごくごく一般人に過ぎないため、唯人として彼の作品にリアクションした。それぐらい感激したんだ。
5
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【再掲】男だけの異世界に転移しちゃった! 異世界人生は2択で進む「抱く」「抱かれる」さあ、どっち?
緒沢 利乃
BL
バスの事故で突然死んでしまった俺は、魂の審判所で福引仕様のくじで「異世界」「男だけの世界」に送られることになった。
……彼女いない歴年齢の童貞処女のノーマル男になんて罰ゲーム!
転移した異世界の森の中で悲嘆に暮れていると、目の前には「人生の2択」と書かれたスクリーンが映しだされて。
?? 「町に行きます」「森の奥に行きます」??
いや、人のいる所に行きたいです。
町に着けば、「冒険者ギルド」「商業ギルド」どちらに行く?
……冒険者ギルドかな?
転移者特典の知識の宝珠や魔法鞄を駆使しながら、この異世界で清らかな体を死守しつつ楽しむぞー! と決意したけど……、冒険者ギルドのサブマスがイケメンオネエで俺に迫ってくるし、助けてくれた凄腕冒険者はセクハラしてくるし……。
しかもその度に映し出されるスクリーンには究極の「人生の2択」。
「抱く」か「抱かれる」か。
え? それ以外の選択肢はないの?
究極すぎるよー! どっちか選ばなきゃダメですかーっ?
思いつきでタイトル回収まで書きました。
ゆるゆると楽しんでいただけたらと思います。
R18は保険です。
別名義で掲載していたものを、再掲載しました。
【BL】SNSで人気の訳あり超絶イケメン大学生、前立腺を子宮化され、堕ちる?【R18】
NichePorn
BL
スーパーダーリンに犯される超絶イケメン男子大学生
SNSを開設すれば即10万人フォロワー。
町を歩けばスカウトの嵐。
超絶イケメンなルックスながらどこか抜けた可愛らしい性格で多くの人々を魅了してきた恋司(れんじ)。
そんな人生を謳歌していそうな彼にも、児童保護施設で育った暗い過去や両親の離婚、SNS依存などといった訳ありな点があった。
愛情に飢え、性に奔放になっていく彼は、就活先で出会った世界規模の名門製薬会社の御曹司に手を出してしまい・・・。
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
ゆるふわメスお兄さんを寝ている間に俺のチンポに完全屈服させる話
さくた
BL
攻め:浩介(こうすけ)
奏音とは大学の先輩後輩関係
受け:奏音(かなと)
同性と付き合うのは浩介が初めて
いつも以上に孕むだのなんだの言いまくってるし攻めのセリフにも♡がつく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる