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 どこかでアラームが鳴っている。寝ぼけながら中空に手をかざすと、音は聞こえなくなった。センサーに体温が反応して目覚めたと感知したのだろう。
 アラームのせいで意識は覚醒してしまったので薄っすら目を開けると、隣では根元が黒い金色の乱れた髪のガタイの良い若い男が眠っている。
 カーテンを開けると窓の外は今日もいつもと変わりなく快晴の穏やかな風景が広がっていて、眼下の道を自動運転の車が音も立てずに行きかっている。
 時刻は朝の九時過ぎで、昨日抱き合う前に少しインスタントのパスタを摘まんだくらいなのでさすがに空腹を覚えていた。

「朋拓、起きて。俺お腹減った。なんか食べに行こうよ」
「ん~……」

 ベッドに座って朋拓を揺り起こすと、朋拓は大きな身体を反転させながらこちらを向いて大きくあくびをする。
 ぐずぐずとシーツに伏せたりなんだりしてようやく朋拓は顔を上げ、「……おはよ、唯人」と弱く笑った。

「ねえ、なんか食べに行こうよ。もう九時過ぎだし。腹減ったよ」
「そうだなぁ……んじゃあ、原宿の方まで出る? スープデリの店ができたんだって」
「いいね、行こう。あ、通行アプリの申請の期限切れてない?」
「あー……大丈夫だったはず……」
「ちゃんと見といてよ。また朋拓の保証人になるのいやだからね」

 環境汚染が進みすぎた結果、いま街は汚染された空気を互いに流入させないために、区域ごとに分厚いガラスドームに覆われて区切られている。そして居住区からどこかへ移動する際には国がリリースしている通行アプリをダウンロードして、通行申請をしないといけない。申請には期限があって、それが切れているとよその街には行けないようになっている。

「そうだよね、保証人なりすぎるとその人も通行規制入るんだもんね」
「ディーヴァが通行規制でレコーディングできないとか笑えないからね、朋拓」

 期限切れのアプリ申請のまま通行しようとすると身分証明の保証人を立てなくてはならないし、頻繁だとペナルティが課せられる。罰金だったり通行規制だったり。
 だから最近の交流はもっぱらメタバースなんかのネット空間が多いのだけれど、それでもリアルに外を出歩きたい欲求がなくなるわけではない。
 そういうわけで、俺らは通行のめんどくささに文句を言いつつも、食事をしに出掛けることにした。


「あれ? 少し肌寒いかな?」
「人工管理下なのに?」

 朋拓のマンションを出て、最寄りのリニアモノレールの駅まで歩きながらそんな会話をする。常春とも言える快適な温度管理をされた街に漂うのはもう何度も使い古された空気で、肌寒さなんてほとんど気のせいでしかない。
 リニアモノレールは数分も待たないうちに滑り込むようにホームに現れ、俺らはそれに乗り込み原宿へと向かう。

「さっき言ってたスープデリさ、ギャラリー・テルアの近くなんだよ」
「へぇ、懐かしい」

 ギャラリー・テルアとは、イラストレーターである朋拓が初めて個展をやった会場で、そこで俺らは初めてリアルで出会ったのだ。
 そもそも朋拓と出会ったのは、彼が描いた作品をメタバース・SUGARシュガー内に掲載していたのを、俺がたまたま見かけたことがきっかけだった。もうかれこれ一年ちょっと前になる。
 それは俺の曲――ディーヴァの曲にインスピレーションを受けてアナログ画材で描いたというもので、確か曲は海を題材にしたものだったかと思う。
 環境汚染で、本物の海なんて博物館や学校でのアーカイブ映像でしかいまの人間のほとんどはその青さを知らないのに、彼の絵に描かれたそれは本物だと認識させるほどにリアルだった。

『俺らは本当の海を知らないけれど、ディーヴァの曲を聴くと目の前に様々な“海”が見える。それを俺は絵にしてみた』

 元々俺は海やそれに関するものに強く惹かれる傾向があり、ディーヴァの曲も青や海をコンセプトにしたものが多い。
 その内の一曲にインスピレーションを受けたというその作品は、何色もの青を重ね、真珠の珠を散りばめたような泡に包まれた人魚は虹色の尾びれをひるがえしていまにも画面から飛び出してきそうだった。月並みな言葉だけれど、絵が生きていると思えたんだ。
 その他にも朋拓の描く作品の中の景色は生々しいほどリアルで、そして同時に描かれる人物たちもまた人工管理下の環境で育ってきた俺らとは別の人類に見えるのが不思議で、たちまちに俺は彼の作品に惹かれた。
 しかもこれらは俺の――ディーヴァとしてだけれど――唄った曲からインスピレーションを受けているというのだから、驚きとともに喜びも湧く。こんなにも自分の作品が誰かに影響をもたらすことを、目の当たりにした経験が殆どなかったからだ。
 俺は正体を隠してディーヴァとして活動はしているものの、独島唯人としてはごくごく一般人に過ぎないため、唯人として彼の作品にリアクションした。それぐらい感激したんだ。
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