23 / 25
23.彼女もこちらを見ていたようで、バツの悪そうな顔をして少しだけ舌を出した
しおりを挟むあくる朝は、何事もなかったかのような快晴だった。いつものように鐘が打ち鳴らされ、すがすがしく村の空気を揺らす。しかしながら、深夜の戦いのせいで活動している村人はまばらだった。
それは、村長の館とて同じことであった。ただ、聖なる灯の守り手であるモムルとミーアは、代々受け継がれてきた朝の礼拝を欠かすことはできず、眠い眼をこすってレガート神への祈りを捧げていた。
ミーアにはモムルのほかに二人の兄姉がいた。四人きょうだいの中で一番おっとりした性格のミーア。そして、何事においても一番器用にこなしてしまうのもまた、ミーアであった。そんな訳で、本来ならば末っ子として世話を焼かれる立場であったはずが、母とともに家族の柱として家事全般をそつなくこなし、父とともに村長の一族としての司祭関係などを任されることが自然と多くなっていった。
そして、父が病に伏せてしまった。長男であるモムルは村長の代行としての自覚を持ち、その任に当たった。しかしながら、残りの兄と姉はあっさりと村を出てしまった。
「私だって、外の世界を知りたいのに……」
押し付けられたような形となって村に残されたミーアは一人ごちる。聖なる灯の守り手としての責務に不満がある訳ではないし、優しいモムル兄さんの手助けもしてあげたい。村の人たちも心から労わってくれる。
けれど……村を出たい。村を出て、色んな世界を見てみたい。いや、だめよ。私は村長の一族。そんなことを考えてはいけないの、などと真面目なミーアは自分に言い聞かせるのだが、自分の心を抑えれば抑えるほどに外の世界への想いはますます強まっていった。
そんな中、王宮から邪炎の襲来を告げる使者が村に駆け込んできた。続いて登場したのが、水の魔法使いアシスだった。ミーアにとってのアシスは世界を救った魔道士ではなく、ワタシの知らない外の世界を知っている憧れのお方、だった。アシス様と一緒に旅ができれば、どんなにか楽しいのだろうか。それは無理としても、せめて、お話だけでも聞かせてほしい……
少女の胸に募るそんな想いを果たして「恋」と呼べるのかどうかは、当人にしか分からないことではあるのだが。
「朝食の準備が整いましたよ!」
朝の礼拝を終えたミーアがアシスの部屋を訪れ、上ずった声で告げる。
「ミーアの君がお呼びでございますよ、アシス様!」
「ああ、分かった。っていうか、おいロッド。何でそんなに他人行儀なんだよ」
「さあ、ね!」
もしロッドに表情があるのなら、プイッと横を向いてしまったかのような拗ね具合だ。一体どうしたのだろう。思い当たる節はないのだが……アシスは疑問に思いながらも、手早く身支度を済ませて食堂へと向かった。
テーブルにはモムルとミーアが先着していた。モムルは緊張した面持ちで朝の挨拶を述べる。
「これはこれは、おはようございます、アシス殿」
まるで初対面であるかのようなぎこちなさ。緊張感を多分に含んだ声色なのは、昨晩の戦いの最中に忘却の呪いが発動したことによるものだろう。モムルは俺のことを忘れてしまっている。ミーアが何とか取り繕ってはいるが、彼の表情には大きな「?」マークがありありと浮かんでいた。
いや、そもそもミーアが俺のことを覚えていることこそが異常なのだ。なぜ呪いが効いていないのか理由は分からないのだが。
「海と大地と神の恵みに感謝いたします」
モムルが食前の祈りを捧げる間、アシスはちらりとミーアを見た。黙祷のはずの彼女もまたこちらを見ていたようで、バツの悪そうな顔をして少しだけ舌を出した。
いつもならば呪いの奥底に深く閉じてゆくアシスの心にはミーアがもたらした一条の希望の光が差していた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる