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 そこにいたのは、若い夫婦と赤ん坊、そしてその祖父母と思われる壮年の夫婦。

 幸せそうに、若い母親と赤ん坊を中心に、にこにこと皆、笑っている。

 俺はしばらく、目を離すことが出来なかった。

 すると、店員が気を利かせて「騒がしくて申し訳ありません。お席を移動しましょうか?」と静かに声をかけてくる。

「いや、そんな……」

「コーヒーのおかわりを持ってまいります。あのご家族は、祝い事でよく当店を利用してくださっている方々でして。今日も恒例のお誕生日、ということなので、お許しください」

 聞くと、10年ほど前からの常連らしい。

10年?10年も前から?俺に黙って?

  俺は目の前が真っ赤になった。

その場で会計をすませて、店を出た。

  アオイの誕生日の前の休日は、「友達と過ごす」と、一日出かけていた。

ユリがいなくなってから。

  ずっと奴らはこの店で?

  俺とユリとアオイの思い出の、ここで?

  駆け落ちした男と?

  俺はふらふらと歩き、信号を渡った。携帯を取り出し、アオイにメッセージを送る。
 
 店の名前と、もう、会わない、ということを。

 後ろから「パパ!」という娘の声がした気がする。

 俺は背中を向けたまま歩き、「待って!パパ!」という娘の悲鳴を聞きながら、そのまま駅に向かい、電車に乗った。

 帰るまでに娘からラインや電話が無数にかかって来ていた。
 
 俺は携帯を解約した。

 もう二度と、奴らに関わりたくない。

 俺が懸命に娘を育てている間、奴らは俺を笑っていたのか?

 俺の人生はなんだったのか?

 ピエロのような情けない人生に向き合うのが怖くて、俺は前以上にひっそりと暮らした。

 時々、娘と女が来たことがあったが、無視した。

手紙をポストに投函しているのも、読まずに捨てた。

  ある日、娘が一人で来た。

俺はいつものように居留守を使う。娘はドアの向こうで泣き叫んでいる。

「お願い、パパ。○○が病気で……。パパのドナーと、一致したの。あの子を助けてほしいの」

 俺が昔ドナー登録した結果と、娘の子供の血液の型が一致したらしい。

……花の名前にしたんだな。

 娘の名前は、女が名付けた。
あとで調べると、花言葉や植生が恐ろしいものだとわかったが、女はどうしてもこの名前がいい、と、譲らなかった。

 その娘がつけた子供の名前は、美しい。
俺はただそれだけ思った。
娘が土下座しているような位置から声が聞こえる。

 なにも、感じない。不思議だ。

 あんなにかわいがった娘なのに。

 体を壊そうが、死んでも守りたいと思った娘なのに。

 それから数日後、女も来た。同じように懇願するが、無視した。



 俺は田舎に引っ越した。奴らとはもう、関わりたくない。

 俺は情けのない、冷たい人間なのだろうか?

 娘の子供がどうなろうと、娘がどうなろうと、もう、何も感じない。

 他人だ。

 お前らなんか……。
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