上 下
1 / 4

プロローグ

しおりを挟む
   妻が失踪した。

 その日、勤め先から早めに帰っている途中、小学4年生の娘のアオイから連絡が入った。

「ママが帰ったらいない。まだ、帰ってこない。お腹すいた」

 今は、6時半だ。混んでいる電車の中で、携帯の画面を見つめる。

なんだ?珍しいな。

 俺は娘に返信する。いまは帰宅途中の電車でもうすぐ帰ること、帰りでなにか買っていくから、何が食べたいか、聞いてみる。

「ドリア食べたい」

 妻のユリが冬によくつくるやつだ。コンビニで見たことはあるが、スーパーにあったか、と最寄りの店で買うものの算段をつけ、電車を降りる。

 結婚11年目。ユリは在宅でフリーのデザイナーをし、俺は企業向け精密機械の販売会社の営業だ。二人の収入でもうひとりなんとかなるか、と話しているところだが、なかなか二人目ができない。

「ただいま」
「おかえりなさ~い、パパ!ご飯は!?」

   賃貸マンションの玄関を開けると、アオイが走り寄ってきた。よっぽど腹が減っていたらしく、俺の手にあるスーパーの袋を両手で持とうとする。

「重いから。テーブルにあげるよ」

 俺は袋をリビングの台にあげ、中身を出す。

「やった!ドリアだ。冷凍で5分?」
「トマトもあるから、食べるんだぞ」
「ええ~……」

 好物があれば、苦手な野菜もなんとか食べるだろう。俺は急いでスーツを脱いで部屋着に着替える。キッチンへ行くと、アオイがお湯をポットでわかしている。

「ママから連絡入った?」
「まだ」

 俺の携帯から電話をしても、出ない。そうこうするうちに電子レンジが音を出す。アオイがほくほく顔でいだだきま~す、と言う前に小皿のトマトを出す。うへ、という顔を見ながら俺は自分の冷凍ピザをレンジに入れる。

 いま、8時半だ。

  二人で夕飯をたいらげ、皿を食洗機につっこみ、娘に風呂にはいるよう促す。ユリからの連絡はない。たいていユリは家で仕事をするか、買い物にいくくらいの外出しかしない。

 10時を過ぎると俺は不安になって、ユリとの共通の友人に連絡をとってみるが、誰も知らない、という返事だ。

 おかしい。こんなこと、初めてだ。

 ユリは几帳面で、出かけて遅くなるときは必ず連絡する女だ。俺は事故や事件にまきこまれたかも、と思い警察に電話する。

「事件ですか、事故ですか。何がありましたか?」

   電話の向こうの女性が聞いてくる。俺はあせる。こういうときはどう言えばいいんだ?

「あの、事件かなにかに巻き込まれたかもしれない、妻が帰ってこないんです」
「奥さんが?いつからですか?」
「今日の朝はいました。娘が帰る6時にはたいてい、うちにいるんですが、まだ帰ってこなくて……」

 女性の声のトーンが落ちる。俺は妻の年齢や特徴、いまの状況を聞かれるまま説明する。該当するような人物の事故情報があれば連絡をたのむ。

 「ママ、どうしたんだろう……」

 さすがにアオイも不安げにする。俺はアオイに寝るように言う。

 翌朝になってもユリは帰って来ず、俺はアオイを学校に送り出した後、会社に遅れる旨を連絡し、警察に向かう。

 ……なにか事件に巻き込まれたかもしれない。

 そう思って行方不明者として相談しようとしたが、「成人が一日帰らないくらいで受理できない」と、追い返される。

 その日も、ユリは戻ってこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

#彼女を探して・・・

杉 孝子
ホラー
 佳苗はある日、SNSで不気味なハッシュタグ『#彼女を探して』という投稿を偶然見かける。それは、特定の人物を探していると思われたが、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。日が経つにつれて、そのタグの投稿が急増しSNS上では都市伝説の話も出始めていた。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

薄桜記1

綾乃 蕾夢
ライト文芸
神刀〈紅桜〉 代々巫女に受け継がれる一本の刀と、封印された鬼、魄皇鬼(はくおうき)の復讐。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

お盆に台風 in北三陸2024

ようさん
ライト文芸
 2024年、8月。  お盆の帰省シーズン序盤、台風5号が北東北を直撃する予報が出る中、北三陸出身の不良中年(?)昌弘は、ひと回り年下の不思議ちゃん系青年(?)圭人と一緒に東北新幹線に乗っていた。  いつまでも元気で口やかましいと思っていた実家の両親は、例の感染症騒動以来何かと衰えが目立つ。  緊急安全確保の警報が出る実家へ向かう新幹線の車中、地元に暮らす幼馴染の咲恵から町直通のバスが停まってしまったという連絡が入る。  昌弘の実家は無事なのか?そして、無事に実家でのお盆休暇を過ごすことができるのか!? ※公開中のサブタイトルを一部変更しました。内容にほぼ変更はありません(9.18) ※先に執筆した「ばあちゃんの豆しとぎ」のシリーズ作品です。前作の主人公、静子の祖母の葬儀から約20年経った現代が舞台。  前作を読んでなくても楽しめます。  やや残念気味の中年に成長したはとこの(元)イケメン好青年・昌弘が台風の近づく北三陸で、鉄オタの迷相棒・圭人と頑張るお話(予定)   ※体験談をヒントにしたフィクションです。実在の人物、団体とは関係ありません。 ※題材に対してネタっぽい作風で大変申し訳ありません。戦乱や気象変動による災害の犠牲が世界から無くなることを祈りつつ真剣に書いております。ご不快に思われたらスルーでお願いします。  

三百字 -三百字の短編小説集-

福守りん
ライト文芸
三百字以内であること。 小説であること。 上記のルールで書かれた小説です。 二十五才~二十八才の頃に書いたものです。 今だったら書けない(書かない)ような言葉がいっぱい詰まっています。 それぞれ独立した短編が、全部で二十話です。 一話ずつ更新していきます。

スタートライン ~あの日交わした約束を胸に~

村崎けい子
ライト文芸
「マラソン大会、いつか必ず一緒に出場しよう!」  まだ中学生だったあの頃に交わした約束。 「美織は俺が一生守る。これからも ずっと一緒にいよう」  真剣な眼差しで そう告げてくれた陽斗(はると)は、直後、何も告げずに姿を消してしまった。  けれど、あの日の約束を果たすべく、大人になった今、私たちは―― *イラストは、すももさんが描いてくれました。 【2022.4 追記】  2020.3完結時の11,110字より2,400字ほど加筆しました。  文字数が多くなった頁を2つに分けたりしたので、話数も増えています。  主な加筆部分(後半の一部)を一旦非公開にさせていただきます。  この後、再度公開していきますので、どうぞ よろしくお願いいたします。 ※2022.5.21 再度完結しました。

処理中です...