マネキン

えんげる

文字の大きさ
上 下
6 / 6

エピローグ

しおりを挟む
「…でも実際移ってこられてどうなんですか?」

髪をブローしながら美容師が問いかけた。

「そうねえ…こっちの方がスーパーとか役所とか近くて助かるけど、まだ知らないことも多いから…」

女性は鏡を見ながらノンビリと答えた。

「そう言われる方多いですよ、この辺は何かと便利って。…あ、前お住まいの所じゃありません?」

美容師がテレビの方を見た。

『…夜7時頃、□町の山道で人が倒れていると消防や警察に通報がありました。山道には□町の男子高校生が路上で倒れており、その場で死亡が確認されました』

「あら、本当だわ。学生ねえ……そう言えば結構ヤンチャな学生もいたわね、客には」

「そういうトラブルとかあった時はどうしてたんですか? やっぱりご主人にご対応して頂いてたんですか」

『………男子高校生の首には強い力で締められた跡があり、署は何らかの事件に巻き込まれたものと見て……』

「うちの旦那も店やってた時はそれなりに頼りになったんだけど…畳んでからは駄目ね。前と同じ業種が嫌だって畑違いのところに再就職しちゃうし、それで毎日四苦八苦してるって言っても身から出た錆じゃない?」

「畑違いのところに再就職って、それだけご苦労が多かったんですね」

美容師がドライヤーを止めて作業台においた。

「それがねえ……マネキンを見るのが嫌だって言うのよ。仕事柄毎日見てきた備品を今更嫌だなんて、一体何を言い出すんだってもうこっちはさっぱりよ」

美容師は可笑しそうに笑いながら手鏡を開いてみせる。

「ふふ、突然困りますよね、奥さんとしても。……後ろはこのようにしましたが、いかがでしょうか?」

「ええ、文句ないわ。ありがとう」

女性は出来栄えに満足すると椅子から立ち上がった。

会計を済ませて美容院から出る時、出入り口付近に箱が置いてあるのが目に入った。

中には美容師が練習に使用したカットマネキンがいくつか入っており、『ご自由にお持ちください』のメモが添えられている。

女性はそれを見て、マネキンを処分した時のことを思い出した。

丁寧に分解してポリ袋に入れ、軽トラに積んで粗大ごみ処分施設に持って行ったのだが、施設に着いて荷台を見ると、袋の中は腕と胴体のみになっていたのだ。

袋に穴が開いていたせいで運搬途中に落ちてしまったらしい。

仕方なく残った部分の処分を依頼して、帰途で他のパーツを探したが見つからない。

川などに流されていったのだろうか。

夫に言うと取り乱して面倒なことになりそうだったので、とりあえず黙っておいてある。

夫のせいで要らない不始末をさせられたものだと、胸中ぼやきながら歩いていると、リサイクルショップを見つけた。

ちょっと興味が沸いて中を覗くと、店の中の目立つところに集客用のマネキンが立っていた。

黒のロンググローブやマーメイドラインのドレス、更につば広のドレス帽を着せられており、顔を隠せば一瞬人間と見間違えるだろう。

女性の傍に立ててある客向けの看板を読んでみた。

《綺麗なまま処分を検討していませんか? あなたの物持ちの良さが、きっとあなたを救うことになります》

……少し変な誘い文句だ。

しかし前の店のマネキンも処分したりせず、リサイクル出来れば良かったかもしれない。

無くなった他のパーツも、今頃誰かに拾われて使われていたりして。

そう思いつつ再び歩き出そうとした時、小さな違和感を感じた。

マネキンの帽子の角度がさっき見た時と少し変わっている気がする。

最も大きな帽子だから、見る位置によって形が変わるだけかもしれない。

女性に芽生えた違和感は直ぐに無くなり、のんびりと家に向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ここは奈落の凝り

川原にゃこ
ホラー
お前もそろそろ嫁さんを貰ったほうがええじゃろう、と近所の婆さんに言われ、巽の元に女房が来ることとなった。 勝気な女だったが、切れ長の目が涼やかで、こざっぱりとした美人だった。 巽は物事に頓着しない性格で、一人で気ままに暮らすのが性分に合っていたらしく、女房なんざ面倒なだけだと常々言っていたものの、いざ女房が家に入るとさすがの巽もしっかりせねばという気になるらしい。巽は不精しがちだった仕事にも精を出し、一緒になってから一年後には子供も生まれた。 あるとき、仕事の合間に煙管を吸って休憩を取っていた巽に話しかけて来た人物がいた──。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

縁側と親父とポテトサラダ

ホラー
流行りにのってみました。

神送りの夜

千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。 父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。 町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。

ホラー短編集

緒方宗谷
ホラー
気付かない内に足を踏み入れてしまった怨霊の世界。

処理中です...