マネキン

えんげる

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3話

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その日英剛のスマホを鳴らしたのは、知らない番号だった。
「もしもし。…お、おめえか。どうしたんだよ、何処からかけてきてんの?」
バイクを借りた友人からだったが、画面に名前が出ないことを不思議に思った。
「……マジか!?」
話を聞いて英剛は驚いた。
友人が夜間外出中に何者かに襲われ、スマホを奪われたというのだ。
つい2日前のことで、背後から殴られたため相手の顔は見ていないらしい。
『スマホなんてロック外さない限り、ただ盗っても何も見れねえのにな。…つー訳だから、お前も気を付けろよ。お前は今どこにいるんだよ』
「俺? 俺はお前のバイクと隣山の道の駅。昼に着いてからずっとだよ」
明日あたり早速見舞いに行くことを伝え、電話を切った。


閉店時間の迫る売店を後に、英剛は帰途につくことにした。
道の駅で流れていた駅名を喧伝するアナウンスが、しばらく耳から離れない。
バイクを走らせながら、英剛は友人に起きた障害事件について考えを巡らせていたが、すれ違った派手なデコトラに気を逸らされた。
見た目だけでなく音も賑やかなデコトラで、夜中近所に来たら間違いなく騒音で苦情を言いたくなるレベルだった。
もしこのバイクをあんな風にデコバイクにしたら、友人はどんな顔をするだろうか。
見舞いに行ったら吹っかけてみよう、と英剛は思った。


山道を下り続ける英剛の視線が、ふとある物を捉えて釘付けになった。
前方の道の端、山の斜面と道路の境辺りに、白い首無し人間が立っている。
一瞬驚いたが、それが作り物のマネキンである事にすぐ気づいた。
(……?)
追い越しざまにマネキンを注視してみた。
見たところ看板らしきものもなく、道案内用でもないらしい。
こんな山中にマネキンが置いてあるのは、誰かのいたずらだろうか。
それとも、捨てていったのか。
粗大ごみのマネキン……
英剛は考えるのを止めた。
嫌なことが頭に浮かんできそうで、安全運転に意識を集中することにした。
ヘアピンカーブに差し掛かり、気を付けて曲がり切ると、今までの道が視界の上方に見えた。
英剛はあることに気づいて、背筋がひやりとした。
ーーーー移動している?
さっき見た時首無しマネキンは道路の左側にあった。
それから英剛は右に曲がったのだが、今はマネキンの上半身が曲がる前の道路から乗り出している格好で見える。
自分で道路を渡ったかのようだ。
ーーーー気のせいだ。
そう自分に思い込ませた。
日も暮れてきたし、バイク初心者には危険だから早く帰った方がいい。
途中で現れる曲がり道をやり過ごし、麓へとバイクを走らせる。
暗くなると動き出す動物がいるのか、時折ガサガサと後方で聞こえる。
やがて自分の住む町の境目がすぐ傍に迫ってきた時、英剛は生ぬるい安堵感に包まれた。
その安堵感が英剛の走りを止めてしまった。
安心したついでに心に引っ掛かっているものを解消したくなったのだ。
路肩にバイクを止めて、かばんからスマホを取り出して電話を掛ける。
『……はい、もしもし』
「あー姉貴、今電話いい? ちょっと聞きたいことあんだけど」
『何?』
猿か狸かだろうか、後方の山道で小さな足音が聞こえる。
「こないだゴミ処理場でマネキン見たって言ってたじゃん? あのマネキンって頭と足なかったよな? 腕と胴体だけだっただろ?」
足音が良く聞こえるにつれて分かる。これは四足歩行の動物じゃないーーーー
『は? そんなこと? ……あのねえ、そういうのはマネキンじゃなくて、トルソーとかボディっていうのよ。あたしが見たのは頭のないヘッドカットマネキンだったわよ。粗大ごみの山に凭れるように立ってて、それで『エステティック』のマネキンだって分かったのよ。まあ今頃は処分されてるだろうから、確かめようもないけどさ』
次第に大きく、近くなる足音に、思わず英剛は振り返った。


頭のない人形が、動かない筈の手足を動かして、自分めがけて猛然と矢のごとく走ってきていた。
あと少しで英剛に届くところで、突然ガクッと硬直した。
走ってきた勢いで前につんのめって、人形がバイクにぶつかり、地面に倒れた。
英剛は走るポーズで固まった地面のマネキンを見つめたまま、驚いて声も出ない。
スマホの向こうでは姉が何か叫んでいるが、最早耳に入らない。
思考停止しかけた英剛が決めた次の行動は、「逃げよう」だった。


一瞬画像を撮るという考えが過ったが、とにかく逃げることに決めた。
これがロボットでも化け物でも、手段は分からないが自分を追ってきたことは確かだ。
悠長にスマホなど構えていたらどんな目に合うか分からない。
英剛はバイクに座り直し、必死にエンジンをかけて発進した。
走り出したところで、突然横から押されてバランスを崩した。
「っ……いてえっ…!」
バイクごと横転し、英剛は地面に投げ出された。
直ぐに起き上がろうと顔を上げ、途端に目の前が黒に塗りつぶされた。
「………!?」
ヘルメットに黒い塗料らしきものをかけられたのだ。
転倒したバイクの方から何やらメキメキと破壊音がしている。
バイクに何かしているのかと、慌ててヘルメットに手を掛けて藻掻いた。
靴墨のような匂いのするヘルメットを外して顔を出した時、英剛は唖然とした。
マネキンが倒れたバイクのシート部分に手を入れ、無理やりこじ開けていた。
素手ではまず開けられないシートの下にはヘルメットを格納するスペースがあり、そこには見覚えのあるものが納めてあった。
「…顔!?」
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