マネキン

えんげる

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2話

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「おーかっけえ!  こんなの貸してくれるなんて、マジで俺どんだけ恵まれてんだ」
間近で見る友人のバイクに、英剛ひでたけは歓声を上げた。
「保険料貯めるの苦労したわ…やっと乗れるんだな」
普通二輪車免許を取得しているにも関わらず、肝心のバイクを所持していない英剛に、友人が太っ腹にも夏休み中自身のバイクを貸すことを申し出てくれた。
アルバイト代をせっせと貯めて2か月間のドライバー保険に入り、漸く友人のバイクを借りられる事になったのだ。
そして英剛は今、友人と共に自宅付近の公園の駐車場にいる。
座席に座ってハンドルを握り、胸を躍らせていると、ふと友人が別の方向に顔を向けていることに気づいた。
目線の先を追うと、道の端に人間の頭が転がっている。
正確には顔面も目から口まで全て同じ色の、作り物の人間の頭部で、俗に言うマネキンの一部であった。
道路側に顔を向けており、こちらを見ているように見えなくもない。
「…ガン飛ばしてやがる」
友人が呟いて笑った。
しかし英剛は頭部をまじまじと見つめている。
「あー…こんなとこに飛ばされてんのかよ」
「? 何が」
「いや、実はねー…」
英剛が粗大ごみの破砕処理施設で見かけた"腕だけマネキン”のことを話すと、友人が納得いかない顔をした。
「別にそれの頭があれとは限らんだろ」
「そりゃそうだけど…何かこう立て続けに目撃すると、同じやつかなんて思えてきて…」
友人が薄笑いを浮かべながらマネキンの頭部に近付いていき、
「じゃあこいつ戻してやれよ」
頭部を摑んで英剛の方へぽいっと投げて寄越した。
地面に落ちてコロコロと転がり、英剛の跨がるバイクに当たって止まった。
「何でだよ…んな事する理由がねえ」
英剛がバイクを降りて頭部を拾い、思い切り遠くへ投げた。
「そう言うなって、きっと喜ぶぞ」
「そんな訳あるか! 投げて来んな! メシ買ってきてやるから大人しく待っとけよ」
英剛は叫ぶと、昼食を買いに公園を出て行った。


「んじゃ2週間後に一回取りに来るからな。保険あるからって無茶するんじゃねえぞ」
「分かってるって。んじゃな」
早速バイクを駆って路上を走りゆく英剛の背中を見て友人はニヤリと笑い、踵を返して駅まで歩いていった。


隣町まで堤防を走ろうか、山に行って頂上の景色を撮影しようか。
それより一緒に課題をやる予定の、別の友人の所に乗り付けて行ってやろうか。
テレビの点いた居間であれこれ思いをめぐらす英剛に、部屋の外から打ち付けに声が飛んできた。
「あのマネキンって、『エステティック』にあった奴じゃない?」
扉の方を向くと、外出から帰ってきた姉が居間に入って来るところだった。
英剛が『エステティック』と聞いて思い浮かぶのは、施術のエステと紛らわしい名前だが、地元にあった洋服店の店名だ。
「ごみ処理場見てきたの?」
「まあね。粗大ゴミの中にあったやつ、確かあの店に置いてあったフォーマル服のマネキンと似てる。頭部分が無かったけど」
テレビが点いていることなど一切無視で姉は話し続ける。
普段は他県にいる姉が、数週間前に閉店した洋服店の事などよく覚えているもんだと、感心したくなった。
「建物に突っ込んだ車って盗難車だったのね。盗まれた人も自分の車壊されて災難よね。当の車泥棒は見つかってないらしいし」
「姉貴もニュース見た? あんまり扱い大きくなかったよな」
「新聞にはそれくらいしか載ってなかったでしょ。あたしもう少し詳しいこと聞いちゃってさ。記事には載ってないこと」
姉はストッキングを脱いで、ぽんと脱衣所のかごに放った。
「車盗まれた人って、忘れ物取りに鍵付けたまま車出たんだって。そしたらその背後で車が動き出して、何処かに走り去ったっていうのよ。夜だったから運転席は見えなかったらしいけど、ドアの開閉音もしないで、一体どうやって車に乗り込んだんだろうって。今までにない手口なのかしらね」
「何処からそんな事聞いてきたんだよ」
「近所の人が教えてくれたのよ。盗難車の持ち主が知り合いなんだって」
姉のコミュ力がバイト先のみならず、このような所でも発揮されている。
「まだ車泥棒がこの辺うろついてるかも知れないと思うと…怖いわー」
姉はぼやきながら自室に上がっていった。


ーー俺も借りたバイク盗まれないように気をつけよっと…
英剛は姉の話を聞いて思った。
最も英剛の周囲に沸いては消える種々の雑多な情報の中で、彼の事故に関する興味は薄れつつあった。


傍らのテレビでは定番になっているレディースファッションのCMが流れていた。
『晴れの日に魅せる、私の曇りない姿。目に映るその瞬間がーー』
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