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後編
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ーーーーだめだ、失敗したか。
今度は成功しそうだと思ったのに。
車が寸前で方向を変えて、女子高生を掠っていっただけだった。
あの女子高生、車を運転してた男から怒鳴られてやがる。
涙目になっちゃって。
これからスマホで親でも呼ぶのかね。
直ぐ近くだから呼びに行けばいいのにさ。
忙しい朝だってのに大変だね。
ここは3階だから近所が見渡せる。
カーテンの隙間から覗けば外からばれることもない。
家の周囲を文字通り高みの見物してるのが、あたしの数少ない楽しみの一つだ。
会社員が路肩に車を停めているせいで、渋滞気味になっている。
どうやら親は呼ばないみたいだが、二人とも通行する車のいい見世物状態だ。
後ろから追いかけてたあいつはもう居ない。
引きこもりが久しぶりに家の敷地内から出たってのに、目論見通りにならなくて残念だ。
どうせまた家に戻るんだろうけど、家に戻ったところであいつの家には誰もいない。
あいつは昔親と3人暮らしだったはずだ。
20年くらい前に心を病んでから両親が面倒を見ていたみたいだけど、その親も5年位前に病気で死んだ。
あいつが庭に出ておかしな事をするようになったのは、そのころからだったか。
親が居なくなって薬とか通院とか世話する人間がいなくなったんだろう。
身の回りのことも疎かになったみたいで、浮浪者のような格好で庭をうろうろしていた。
もともとあたしの関心事は隣のあいつの家じゃなくて、あいつの家との間にある小路だった。
あの道を通るやつは決まってうちの生垣を損ねていくのだ。
生垣の剪定をまめにやっても道幅が狭いもんだから、誰かが通る度にどうしても生垣が傷つく。
子供がかくれんぼついでにガサガサバキバキ枝を折ったり葉をむしったり、大人が通れば当たり前みたいに服をひっかけていくし、どうにも腹に据えかねて、何か対策はないかと思案した。
そこで思い切って道を塞いでしまうことにした。
出入り口の生垣の枝を伸ばし、隣のブロック塀まで届くようにした。
道は樹木によって、最初からなかったかのように完全に塞がれた。
これで小路を利用するやつは次第にいなくなり、やがて誰も通らなくなった。
こんなふうにカーテンの隙間から奥歯を噛んで伺う必要もなくなったのだ。
それなのに、だ。
ある日から、家の外でガサガサと音がするようになった。
何だと思って3階から見てみると、サラリーマン風の男が道を通って行くじゃないか。
木で覆い隠したはずの道を、だ。
どうやって見つけたのかあの道を便利な近道として利用しているらしい。
せっかく苛立ちから解放されたと安心してたのに。
塞いだ所を手品師のように掻い潜る男を見て大層腹が立ったが、文句を言おうにもうちの土地じゃないから通るなとはいえない。
あの日もサラリーマン風の男は子ネズミのように走っていった。
ブロック塀の向こうに立つ、気がふれたあいつを一瞥しながら。
よく気味悪がりつつも毎日通れるもんだと、あたしも窓から男を睨みつけていた。
サラリーマン風の男が小路の出口に差し掛かった途端。
庭にいたあいつが一際大きな奇声を上げたのだ。
それに気を取られ、思わず振り返った男。
車道に飛び出た一瞬のうち、横から乗用車が男を跳ね飛ばしていった。
あたしは道路脇に倒れて動かなくなった男を見つめながら、自分も固まった。
交通事故を、忌々しかった子ネズミ男が轢かれたその瞬間を目の当たりにしてしまった。
突然の喚き声が男を一瞬車道に縫い止めた。
喚き声の主の方に目をやると、事故が起きた方に顔を向けている。
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、「救急車を亅だの「どうしよう」だの道路で騒ぐ輩を見ていたが、やがて、
ゆっくりと口の両端を吊り上げた。
こいつ、喜んでる。
自分の声のせいで轢かれたって理解しやがったんだ。
事故の原因を作ったことに愉悦を感じてる。
あたしはこの女の様子を見て、自分まで笑い出したい衝動に駆られた。
こいつを動かせばもっと面白いものを見せてくれるんじゃないだろうか。
カーテンの隙間で繰り広げられる日常の茶番に、狂気の刺激剤をもたらしてくれるはずだ。
あたしはそれを今まで通り、ここから眺めていればいい。
そう思ったあたしは、早速小路の出入り口を塞いでいる生垣を剪定して、元通り小路が分かるようにした。
恐らくあいつはもう一度事故を起こしたがっている筈だ。
だから再び誰かが通れるようにしてやればいい。
ここを誰かが通って、あいつが何かやって、通行人が何かしら反応して、ーーーー
一体どうなるのかわくわくする。
この楽しみの為なら、多少生垣が損なわれても目をつぶれるというものだ。
今度は成功しそうだと思ったのに。
車が寸前で方向を変えて、女子高生を掠っていっただけだった。
あの女子高生、車を運転してた男から怒鳴られてやがる。
涙目になっちゃって。
これからスマホで親でも呼ぶのかね。
直ぐ近くだから呼びに行けばいいのにさ。
忙しい朝だってのに大変だね。
ここは3階だから近所が見渡せる。
カーテンの隙間から覗けば外からばれることもない。
家の周囲を文字通り高みの見物してるのが、あたしの数少ない楽しみの一つだ。
会社員が路肩に車を停めているせいで、渋滞気味になっている。
どうやら親は呼ばないみたいだが、二人とも通行する車のいい見世物状態だ。
後ろから追いかけてたあいつはもう居ない。
引きこもりが久しぶりに家の敷地内から出たってのに、目論見通りにならなくて残念だ。
どうせまた家に戻るんだろうけど、家に戻ったところであいつの家には誰もいない。
あいつは昔親と3人暮らしだったはずだ。
20年くらい前に心を病んでから両親が面倒を見ていたみたいだけど、その親も5年位前に病気で死んだ。
あいつが庭に出ておかしな事をするようになったのは、そのころからだったか。
親が居なくなって薬とか通院とか世話する人間がいなくなったんだろう。
身の回りのことも疎かになったみたいで、浮浪者のような格好で庭をうろうろしていた。
もともとあたしの関心事は隣のあいつの家じゃなくて、あいつの家との間にある小路だった。
あの道を通るやつは決まってうちの生垣を損ねていくのだ。
生垣の剪定をまめにやっても道幅が狭いもんだから、誰かが通る度にどうしても生垣が傷つく。
子供がかくれんぼついでにガサガサバキバキ枝を折ったり葉をむしったり、大人が通れば当たり前みたいに服をひっかけていくし、どうにも腹に据えかねて、何か対策はないかと思案した。
そこで思い切って道を塞いでしまうことにした。
出入り口の生垣の枝を伸ばし、隣のブロック塀まで届くようにした。
道は樹木によって、最初からなかったかのように完全に塞がれた。
これで小路を利用するやつは次第にいなくなり、やがて誰も通らなくなった。
こんなふうにカーテンの隙間から奥歯を噛んで伺う必要もなくなったのだ。
それなのに、だ。
ある日から、家の外でガサガサと音がするようになった。
何だと思って3階から見てみると、サラリーマン風の男が道を通って行くじゃないか。
木で覆い隠したはずの道を、だ。
どうやって見つけたのかあの道を便利な近道として利用しているらしい。
せっかく苛立ちから解放されたと安心してたのに。
塞いだ所を手品師のように掻い潜る男を見て大層腹が立ったが、文句を言おうにもうちの土地じゃないから通るなとはいえない。
あの日もサラリーマン風の男は子ネズミのように走っていった。
ブロック塀の向こうに立つ、気がふれたあいつを一瞥しながら。
よく気味悪がりつつも毎日通れるもんだと、あたしも窓から男を睨みつけていた。
サラリーマン風の男が小路の出口に差し掛かった途端。
庭にいたあいつが一際大きな奇声を上げたのだ。
それに気を取られ、思わず振り返った男。
車道に飛び出た一瞬のうち、横から乗用車が男を跳ね飛ばしていった。
あたしは道路脇に倒れて動かなくなった男を見つめながら、自分も固まった。
交通事故を、忌々しかった子ネズミ男が轢かれたその瞬間を目の当たりにしてしまった。
突然の喚き声が男を一瞬車道に縫い止めた。
喚き声の主の方に目をやると、事故が起きた方に顔を向けている。
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で、「救急車を亅だの「どうしよう」だの道路で騒ぐ輩を見ていたが、やがて、
ゆっくりと口の両端を吊り上げた。
こいつ、喜んでる。
自分の声のせいで轢かれたって理解しやがったんだ。
事故の原因を作ったことに愉悦を感じてる。
あたしはこの女の様子を見て、自分まで笑い出したい衝動に駆られた。
こいつを動かせばもっと面白いものを見せてくれるんじゃないだろうか。
カーテンの隙間で繰り広げられる日常の茶番に、狂気の刺激剤をもたらしてくれるはずだ。
あたしはそれを今まで通り、ここから眺めていればいい。
そう思ったあたしは、早速小路の出入り口を塞いでいる生垣を剪定して、元通り小路が分かるようにした。
恐らくあいつはもう一度事故を起こしたがっている筈だ。
だから再び誰かが通れるようにしてやればいい。
ここを誰かが通って、あいつが何かやって、通行人が何かしら反応して、ーーーー
一体どうなるのかわくわくする。
この楽しみの為なら、多少生垣が損なわれても目をつぶれるというものだ。
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