遠い記憶、遠い未来。

haco.

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使命

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小さい頃から、蓮はずっと孤独だった。

誰とも話せる相手はいなかった。

部屋では、いつも無造作に置かれたイルカのぬいぐるみとロボットの玩具が話し相手だった。

「今日もね。お父さん。話してくれなかったんだ」

イルカのぬいぐるみに話かけていた。

「どう思う?あの味はちょっとしょっぱいような気がしたけど」
ロボットに話かける。

いつもの友達と話すと、ドアの方からノックが鳴る。

トントントン・・・

「どうだい?この前の勉強の続きをしよう」

入ってきた男は、少ししゃがみながら笑顔で話をしてきた。

白衣姿に、ネームプレートが目に入る

「矢形サキ」

無造作な髪型で、メガネをかけている。

矢形サキは、机に座らせると隣のベッドに腰をかけて、蓮に勉強をさせていた。

2時間後に授業が終わるとエレベーターで50階まで上がると社長室並びにある6号室に通される。

いつもの診察室だ。

蓮は、細く長いつきあたりの部屋、10号室がずっと気になっていた。10号室をいつも見てみぬ振りをした。

「矢形サキ」は言っていた。
「奥の部屋は危ないものがたくさんあるから入らないでね」

いつもそうだった。

10号室は「開かずの間」だから。

時折、白衣を来たスタッフ達が急ぎで「開かずの間」に入っていくこともあった。


何があるのだろ・・・

そんな小さい頃の記憶が、今、24歳にもなった蓮はなぜか頭の中に過去の模索を繰り返していた。

「開かずの間」を開けてから、今まで頭の引っ張っていた頭痛の線が切れたかのようになっていた。

「なんで・・・」目の焦点が合わない。

思いたくもなかった。

今見ているモノは確かに「自分」だった。

研究室のベッドで寝ている「自分」がいた。

「オレ?」

「蓮・・・」

背後からサキは、困惑した顔で蓮を見ていた。

すべての幻覚は、この「自分」が動かしていたのか

蓮は、すべての力が落ちていくのがはっきりと感じていた。
目が「点」になるとはこういうことかも知れない。

何分か、呆然としていたが、

「ははは・・・」廊下から父の笑う声が聞こえてきた。
康太は一歩づつゆっくりと歩いてきた。

「だから、馬鹿なんだよ。蓮は。」
「そこに寝ているのは確かにお前だ。」
「サキくんはね。私達の研究グループにいたんだよ。蓮を作り出す為にね。本体から細胞を採取して出来たのが、羽角蓮。君なんだよ。」

サキはすべてが終わったかのような顔になっている。

今まで無口だったはずの父の康太は、不気味な笑みを浮かべている。そして蓮に向けて話はじめた。

「寝ている本体の名前は山内透吾」

「彼はずっと古代から生きている貴重な生命体だ。細胞のひとつひとつ、歳をとることがない。不老不死というやつだ。」

「この生命体に関心を覚えたよ。」

「不老不死である遺伝子であるなら万能薬も作ることができる。」

「なんて父親だ」サキは言う。
 
「ただひとつ2000年頃から長い眠りに入ってからは一度も目覚めていない。ひとつの仮説だ、若い身体を保つには一定期間の充電が必要だった。だから植物状態になる必要があった。」

「いつ目覚めるかまだわからないが、彼自身を調べるうちにふと思ったよ。細胞遺伝子を採取してバイオ液に熟成させれば、もう一人の彼ができるのを。そんな蓮も不老不死になれるのだよ。」

サキはこの羽角康太の恐ろしさに、心からゾッとするものを味わった。

「この会社の後継者には必要な存在。ずっと安定させるための逸材と思えばいいかな」


「私は、そんな社長の考えがなっとくいかなかった。何度も言ったはずだ!そもそも神ではなく人間が遺伝子を操作することが問題なんだ!」サキは過去のことを悔やんでいた。

「分かってないのは、キミだよ。サキくん。クローン技術は、世の中の為になるんだよ。足をなくした者の足の分身を作ることができる。それだけじゃない!死んだ人の遺伝子からも新しく生まれくる命だってある!」

「それが、神を冒涜してるんだよ!わからないのか」
サキの心にも怒りがこみ上げていた。


「クローン技術こそ、私の求めていたモノなのだよ」
まるで自分自身が神であるかのように手を広げていた。

「蓮はモノじゃない!蓮はしっかりとした人間なんだよ!」
「話したところで通じる相手じゃない!蓮、帰るぞ」

蓮の腕を持ち上げて、肩に回すと部屋から出ようとした。

「ボソボソ・・・」蓮は声にならないほどの無力感で精神が止まっていた。

「また、そのうち会おう!サキくん!」
康太は、ニヤリと笑いながらただ立っていた。

エレベーターまで蓮とボードを運ぶと1階までのボタンを押した。

1階まで降りるまで、サキは思っていた。
「俺は蓮のためなら、絶対に守ってやる!それが俺のつぐないだから」

あの時、久しぶりにあった時から思っていた。

「これが俺の使命だから」

夕陽が街を染めていく姿をながめながら。

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