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第6章 沢田くんと夏の恋花火
沢田くんと消えた心の声2
しおりを挟むその日、私は学校を早退してすぐに病院に向かった。
沢田くんの心の声が聞こえなくなったのは一時的なもので、頭の怪我さえ治れば元に戻ると思ったからだ。
それは半分願望で、もう半分はただの楽観で、どちらも何の根拠もないものだった。ただ絶望と諦観に心を明け渡すのが怖かっただけだった。
頭の怪我自体は思ったより軽く、レントゲンと触診を受けただけで治療はすぐに終わってしまった。念の為聴覚テストも受けたけど異常なし。薬も痛み止めの抗生物質が出ただけだった。
「異常なしで良かったわね。まったく、景子がものすごい声ですぐ病院に行きたいなんて言うからどんなひどい怪我なのかと思ったら」
パート中に無理を言ってついてきてもらった母親が、タクシーの車内で笑いながらため息をつく。
異常ありまくりだよ。お母さんの本音が聞こえないの。
今朝までちゃんと聞こえていたのに。
異常があるなら治すことができるのに、何もないなんてどうしたらいいの?
「それより、明日から四日間テストなんでしょ? 学校休んじゃったんだから、家でしっかり復習しないとね」
「あ……テストのこと忘れてた」
しっかりしてよ、と背中を叩かれる。確かに、集中しないとまずい。4月に沢田くんの隣になってから、授業はほとんど上の空だった。
沢田くんの面白すぎる心の声に、それほど夢中だったんだと気づいた。
家に帰ると、私は机に向かい、何時間もかけて出汁を取るようにじわじわと勉強の感覚を取り戻していった。
でも、集中しかけるとすぐに「このまま治らなかったらどうしよう」と不安が現れて邪魔をする。
結局、はかどらないまま夜が来て、明日の朝にはきっと治ると祈りながらベッドに入った。
そして、テスト当日。
耳栓をしていないのに、みんなの声が聞こえない。
隣にいる沢田くんの声も。
私の力は、失われたままだった。
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