沢田くんはおしゃべり

ゆづ

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第6章 沢田くんと夏の恋花火

沢田くんと消えた心の声

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「そういえば、沢田とちゃんと話できた?」
 杏里ちゃんに言われて、私は屋上での出来事を思い出した。
 沢田くんが泣いちゃって、私が彼の後を追いかけていたことを。

「杏里ちゃん、沢田くん見なかった? 私より先にここを駆け降りていったはずなんだけど」
「さあ。見なかったな。あいつ忍者みたいだから」

 究極まで気配を消す沢田くんの奥義【おんみつ】を使ったのか。だとしたら杏里ちゃんが気づかないのもうなずける。

「沢田と何かあったの?」
「うん……ちょっと喧嘩になっちゃって」
 項垂れていると、杏里ちゃんがため息をついた。

「もしかして、前から沢田と二人で行く約束でもしてた?」
 顔を上げると、呆れ顔の杏里ちゃん。
「……うん」
「バカ。だったら迷わず二人で行けよ。クラスの奴らなんかに気を遣う必要ないって」

 じゅっと目頭が熱くなった。溢れてきた涙を手の甲でこする。

「うん。そうだね。本当にそう」
 どうして二人で行くのが絶望的だなんて思ってしまったんだろう。
 沢田くんを無駄に不安にさせてしまった。

「沢田くんに謝らなくちゃ」

 ついでにおはぎをつぶしちゃったことも謝ろう。泣きながらひっくり返ったお弁当箱におはぎを戻そうとした時だった。


「沢田」


 杏里ちゃんの声がしたから驚いて振り向くと、そこに無表情の沢田くんが立っていた。


「あたし、教室戻るわ」
 気を利かせてくれたのか、杏里ちゃんが髪をなびかせながら早足で去る。私たちの周りにはちょうど誰もいなくなった。


「あの……ごめんね、沢田くん! 沢田くんのおはぎ、うっかりつぶしちゃって……!」
 
 私は急いで潰れたおはぎを拾ってお弁当箱につめ直した。

「はい」
「……」

 お弁当を差し出したけど、沢田くんはしゃべらない。表情も変わらない。
 
 あれ?

 何か変。
 忘れかけていた違和感が蘇る。

「……沢田くん?」


 沢田くんは無言で私からお弁当箱を受け取った。そして、暗い顔つきで私をただじっと見つめる。


 ……あれ?
 あれあれ? あれ?
 どうしちゃったんだろ、沢田くん。いつもならこんな時、


【俺のお昼ごはんがおはぎだって佐藤さんにバレてしまった!! やっベー!!((((;゚Д゚))))))) しかもぺちゃんこになってますますブサイクに! まあ元々見た目はあんまり良くなかったけどね⁉︎ あああ、どうしよう。母ちゃんに怒られる。ダンプカーに轢かれたって嘘ついとく? いやダメだ、タイヤの跡がない!!!:(;゙゚'ω゚'):  そ、そうだ! 通りすがりのお相撲さん集団がすり足稽古で踏んでいったことにすれば……いやダメだ、土ついてない!!!:(;゙゚'ω゚'):】


 くらいのことを言いそうなのに。
 それとも──やっぱり怒っているのかな?


「沢田くん……それと、さっきのことだけど」
 ごめんねと言いかけた瞬間、沢田くんはくるっと私に背を向けた。
 そのまま何も言わず、逃げるように走り去る沢田くん。

 ……どうしちゃったの、沢田くん⁉︎
 なんで何も言わないの?

 叫ぼうとしたら、ズキッと頭が痛んだ。ぶつけたところを触って、そこでようやく私は気づく。


 違う。
 沢田くんが変なんじゃない。
 変なのは私だ。



「……聞こえない……?」

 沢田くんの心の声が……聞こえなくなってる──。



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