上 下
222 / 222
奴隷解放編

222 お嬢様の考え

しおりを挟む
「どうして私が……」

 奴隷門が開放され、多くの魔力を消費したイクミを休ませて、ルビーは様子を見に来ていた。
あの場からずっと動くこともなく、セリアは泣いていた。
 何度も地面を叩き、周りにいるメイドたちは彼女に声をかけれないでいた。

 イクミによって突然奴隷紋を開放され、追い出される。その事実が、彼女の心を締め付けていた。
 差し出された手は振り払われ、左手に刻まれた奴隷紋を睨みつけていた。

「セリア……何をしているのですか?」

「私は、お嬢様にお仕えできているだけで……それが、どれだけ幸せだったか。それなのに……」

 他のメイドたちは、自分に刻まれた奴隷紋が無くなる。セリアを前にして、次は自分がそうなってしまうのではないかという恐怖。
 今となっては、奴隷紋を持たないセリアに対して声をかけることが出来なかった。
 慰めたいと思うものの、その行動によって自分が犠牲になるかもしれない。
 これまでにも奴隷紋の開放はあったが、クロを除いてちゃんとした理由が存在する。

 今回の件に関しては、誰もが全くの予想すらしていなかった。

「セリア……」

「ルビー様。私、私は……そんなにお役に立てなかったのでしょうか?」

 ルビーの足にすがり、地面に顔をつけて泣き喚く。イクミの行動によって、起こってしまった出来事。
 クロセイルからのイクミの様子を見ていた、ルビーは何かが起こると予感していた。その結果が奴隷紋の開放。

 何も言わないイクミだったが、ようやく考えていたことが見え始めていた。

「お嬢様を説得して、私にもう一度奴隷紋を刻むように頼んでください!」

 悲痛な願いに、ルビーは首を横に振るしかなかった。
 一度刻まれた奴隷紋の譲渡と、新たに奴隷紋を刻むのとでは比べ物にならないほどの大きな問題がある。
 イクミはその術を知らない。

「奴隷紋を刻むことは、お嬢様には出来ません」

 その言葉に全員が、驚きの表情へと変わり、セリアはそのショックで泣き止んでいた。
 顔についた土を払うこともなく、立ち上がって虚ろな目をしたまま空を見上げた。

「奴隷紋を刻むには、儀式が必要となります。お嬢様ができることは、命令と譲渡、そして開放だけです」

 奴隷紋を刻むに当たり、精神に干渉する必要がある。そのため薬を飲まされ、意識が混濁した状態で行われる。そして、奴隷紋の刻印は特殊な魔法陣が必要となる。
 薬と魔法陣が用意できたとしても、魔力量の少ないイクミがそんな魔法を使えるはずもなかった。

「そうですか、だったら……もう一度私が奴隷になれば、いいだけですね? そうすればまた、お嬢様が拾ってくださる」

 狂気に満ちた笑みを浮かべるセリア。
 まともな思考をしていないのが、誰の目からも明らかだった。奴隷になれたとしても、イクミが本当に彼女をまた拾うとは限らない。
 それに、一度開放した相手を買うとは……誰も想像のできない話だった。

「セリア! 落ち着いて、そんな事をしてどうなるのよ」

「貴方達には何もわからないんです! お嬢様の奴隷でなくなった私の気持ちなんて!」

 この世界に居る奴隷たちは、誰もが自由を僅かながらに望んでいる。
 しかし、ここにいる誰もがそれを望まない。

 それはなぜか?

『私に攻撃をしない限り自由にしてもいいよ』

 新たにやってきた奴隷たちも、その命令以外受けたことはない。
 イクミの奴隷たちは、すでに自由過ぎている。やりたいと思うことは任され、その結果、些細でないミスをしても、イクミはそれを咎めることはない。
 改善案が用意され、期待されたことに心から嬉しく思える。

 メイドであるにもかかわらず、主人であるイクミに対して多少の無礼すら許され、不貞腐れるようなことであっても罰を受けることもない。
 あの日、イクミが初めて奴隷紋を使用して以降、イクミが奴隷紋を使ったことが一度もなかった。

 奴隷なのに、人として考えてくれる。

『皆の持つ名札が私との繋がりだ。だから、共に頑張ろう。奴隷を恥じる必要はない。なぜなら、皆はこの私。イクミ・グセナーレの奴隷だからだ』

 その言葉が、奴隷たちの心に深く突き刺さったのかをイクミは知らない。
 イクミの奴隷であることに誇りを持ち、イクミが全てであり、これまでの幸福な日々に感謝をしている事を。

「お嬢様の奴隷でなくなった私は……もう生きている意味なんて……」

「セリア、何を勘違いしているのですか?」

「ルビー様?」

「お嬢様は、ここに居る全ての奴隷の開放を望んでいます」

 ルビーの言葉に、セリアを取り囲むメイドたちはその真意に驚きを隠せなかった。
 奴隷でなくなれば……イクミとの繋がりは立たれ、僅かながらの支度金を渡されてあの屋敷での暮らしから去る。
 そんな事を一瞬考えただけで、絶望感に襲われる。

「ですが、今のお嬢様は少々間違った考えになっているご様子。セリアが奴隷紋を開放されたのは、ある意味では好都合なのです」

「好都合? どこがですか!」

 セリアは怒りをルビーにぶつけ、服を掴もうとする。ルビーはその手を払い除け、そう簡単に掴ませない。
 背中に浴びせられた蹴りによって体勢を崩されて、地面に叩きつけられると脇腹を踏まれていた。

「落ち着きなさい。いいですか? お嬢様は貴方の奴隷紋を開放されました。しかし、メイドを辞めさせたわけではありません。それはこの私が認めません」

「それはどういう……私はまだ、お嬢様にお仕えしてもいいのですか?」

「だから、先程も言いましたが好都合なのです。ここに居る貴方だけが、お嬢様に対して奴隷紋の命令を受け付けず、お嬢様のために尽くすことができるのです」

 奴隷たちにとって開放は、野に放たれると同じことだと考えていた。
 ルビーはセリアを見て、開放されても喜ぶこともなく絶望に叩き込まれた彼女の姿に、ある名案が浮かんでいた。

 今のイクミを救うきっかけになると、信じて疑わなかった。

「私の権限で、これからもお嬢様のメイドとしてお仕えしなさい。セリアだけでは、少々荷が重いようなので、ここに居るメイドたちの中で後二人ほど奴隷紋の解放を受けなさい。ですが、お嬢様の奴隷でなくなったとしても、お嬢様のメイドであることに変わりありません」

「ルビー様」

 イクミは気が付いていない。
 あの屋敷に居るメイド全員が奴隷でないことを。
 奴隷紋を開放すれば、皆が自由になればあの屋敷から離れるものでないことを。

 そして、自分がどれだけ皆から必要とされ、愛されているのかということを。

「これから、反撃をします」

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

しまくま
2022.03.20 しまくま

お嬢はずっと気にしてたからねぇ。
 自分のせいで周りが不幸になってるっていつも思ってたらつらいから。

こちらは立場で見てたけど、相手は人間関係として接してくれてるってこと、あるよね。
 自信がない人は特に。

これからのメイドさんたちのがんばりで、お嬢がもう少し人として成長するといいね。

解除
しまくま
2022.03.03 しまくま

更新ありがとうございます。
 作者さんが引き続き楽しんで描いてくれること、一読者として嬉しいです。

お馴染みの筋肉ちゃん達としばしの別れ。
 新キャラさんとお久しぶり君の事情と情事、意外性があって惹きつけられる展開、相変わらず魅せてくれますねぇ。

松原 透
2022.03.04 松原 透

ご感想ありがとうございます。

テンションの上がるお言葉感謝です。
筋肉ちゃん……今頃どうなっているのでしょうねぇ?

解除
しまくま
2022.02.22 しまくま

あらあら、急かしちゃったみたいですね、ごめんなさい。
 全然大丈夫です。
  時間がかかっても、作者さんが描きたいことを書いてくれたらこちらも楽しいので。

これまでしっかり満足感を味わってきましたから、ゆっくり待てますよぅ。
 面白い世界を歩かせてくれて感謝しかないです。

疲れちゃったら休みつつ、いつか謎の答えを魅せてくださいねぇ。

松原 透
2022.03.01 松原 透

遅くなってすみません。
本日より新章開始です。

楽しんで頂ければなによりです

解除

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

解放の砦

さいはて旅行社
ファンタジー
その世界は人知れず、緩慢に滅びの道を進んでいた。 そこは剣と魔法のファンタジー世界。 転生して、リアムがものごころがついて喜んだのも、つかの間。 残念ながら、派手な攻撃魔法を使えるわけではなかった。 その上、待っていたのは貧しい男爵家の三男として生まれ、しかも魔物討伐に、事務作業、家事に、弟の世話と、忙しく地味に辛い日々。 けれど、この世界にはリアムに愛情を注いでくれる母親がいた。 それだけでリアムは幸せだった。 前世では家族にも仕事にも恵まれなかったから。 リアムは冒険者である最愛の母親を支えるために手伝いを頑張っていた。 だが、リアムが八歳のある日、母親が魔物に殺されてしまう。 母が亡くなってからも、クズ親父と二人のクソ兄貴たちとは冷えた家族関係のまま、リアムの冒険者生活は続いていく。 いつか和解をすることになるのか、はたまた。 B級冒険者の母親がやっていた砦の管理者を継いで、書類作成確認等の事務処理作業に精を出す。砦の守護獣である気分屋のクロとツンツンなシロ様にかまわれながら、A級、B級冒険者のスーパーアスリート超の身体能力を持っている脳筋たちに囲まれる。 平穏無事を祈りながらも、砦ではなぜか事件が起こり、騒がしい日々が続く。 前世で死んだ後に、 「キミは世界から排除されて可哀想だったから、次の人生ではオマケをあげよう」 そんな神様の言葉を、ほんの少しは楽しみにしていたのに。。。 オマケって何だったんだーーーっ、と神に問いたくなる境遇がリアムにはさらに待っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

カバディ男の異世界転生。狩られたい奴はかかってこい!!

Gai
ファンタジー
幼い子供を暴走車から守ったスポーツ男子、一条大河。 鍛えた体も、暴走車には勝てず、亡くなってしまったが……運良く、第二の人生を異世界で迎えた。 伯爵家という貴族の家に生まれたことで、何不自由なく過ごす中……成長する過程で、一つ問題が生まれた。 伯爵家にとっては重大な問題だが、一条大河改め、クランド・ライガーにとって、それは非常に有難い問題だった。 その問題故に他者から嘗められることも多いが……そういった輩を、クランドは遠慮なく狩っていく。 「狩るぜ……カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ!!!!」

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。