上 下
213 / 222
奴隷解放編

213 お嬢様が持つ力の一部

しおりを挟む
 イクミがクロセイル公爵家のある街を制圧して四日が過ぎた。
 街を囲む壁の周りには多くの兵士が集結していた。

 その数、三千。

 クロセイル公爵が街に戻り、自分の屋敷に辿り着くとたった一人の小娘によって街が落とされていた事実を知る。

『貴方様に、命をかけた決闘を申し込みます。勝敗は、私か貴方様の首です』

 イクミからの申し出に憤怒するも、多くの冒険部隊に取り囲まれた状況で剣を抜けば自分がどうなるかを理解しその提案を受け街から出ていく。
 街に残っていた兵士は誰もが、戦意喪失で戦えることすらままならない。
 クロセイル公爵は馬を走らせ近くにある別の町に滞在している兵士をかき集めていた。

「忌々しい忌み子風情が! あの日の屈辱を晴らせてもらうぞ」


   * * *


「どうなされるおつもりなのですか?」

 私達は、集められた兵士を眺めていた。
 こっちにいる数の何倍。どう考えても向こうが有利なのだけど……なんでこうも不安というものを感じられないのかしらね。

「他の街から集めてきたようだけど、思っていたより多いわね。さすが、小競り合いな戦争をしているだけのことはあるわね」

「あれでも、まだ半分だろうな」

 この戦いでどれだけ犠牲になってしまうのか……それは考えることじゃないわね。
 比べるまでもないほどの戦力差でありながらも、冒険部隊の誰もが目の前に広がるその数に圧倒される様子はなかった。
 私を中心に、取り囲むように陣形を取る。

 バナンとドゥルグは一番先頭に立っていた。

「お嬢には絶対かすり傷も負わせるなよ」

「おうよ」

「お嬢様のために、勝利を!」

 私の言葉がいらないほど、皆はこれから起ころうとしている戦いを前に、士気が高い。

「この戦いに勝利し、私の前に転がる邪魔な小石に躓くほど私達の弱くはない!」

 クロセイル公爵の幕を下ろす必要がある。
 残されていた資料の中に、ケイロガンドにある幾つかの侯爵家と手を結び侵略によって領土を拡大した後、新たな国の建国なんて誰が認めるものか!
 そんな事になれば一体どれだけの犠牲が生まれるのか全く理解していない。

「狙うは、マルディンゼノ・クロセイル!」

 私は丘の上にいるクロセイル公爵を指差す。

「お嬢様、マディンゼノでございます」

 ルビーが訂正されると私の回りから大きな笑い声が広がる。
 こんな時ぐらい大目に見てくれてもいいでしょ!

「と、とにかく、皆は私を守りながらに前に進みなさい」

 私達が進んだことで、集められた兵士は剣を抜き、槍を構え、後方の弓は上空へと向けられている。

「兵士たちよ開戦だ。族共をひとり残らず始末しろ」

 自分だけ馬に乗って高みの見物をするようだけど、そう簡単に行くと思っているのかしらね。

「報告します。あの忌み子を取り囲むものは奴隷です。奴隷紋を確認したとのことです」

「奴隷?」

「弓矢部隊準備が整いました」

「弓部隊だけで終わりそうだが……構わん放て、弓が終わり次第残ったものを蹴散らせ」

 それにしても、この二人はやっぱり馬鹿で狂人なのかしら?

「お嬢を頼んだぞ!」

「嬢ちゃん、突破口は俺たちに任せろ」

 バナンとドゥルグが二人だけが兵士に向かって駆け出す。
 兵士たちが武器を構えたことで、このバカ二人はどう考えてもおかしいことは口にする。
 なんで二人だけで、正面突破するっていうのよ。何度言っても聞いてくれないから好きにしていいと言ったのだけど……言いたくなるのも無理はないわね。

 放たれた矢に怯むこともなく、持っていた剣によって弾き飛ばされる。
 長い槍であれば、剣が届かない距離から攻撃ができるが……バナンの剣によってその槍が斬られる。ただの棒となっては意味がない。
 しかし、二人にとってはその落ちた槍の先端ですら武器になる。
 ドゥルグがそれを拾うと同時に投げつけ、防具のない顔面に突き刺さる。

 バナンの剣によって何人もの兵士が倒れる。

「おいおい、なんなんだこれは?」

「これだけの数ってだけで……一人、一人が弱すぎる」

 二人の周りを兵士が取り囲むが……死体の山が増えていく。
 ドゥルグは倒れている兵士を投げ飛ばし、倒れ込んだ兵士たちを足場に変える。

「もう一度矢を放て」

 バナン達に気を取られていたのか、後方にいる弓の部隊は全て、クロとチロによって瞬く間に殺されていた。
 並の人間では彼女たちのスピードについて行ける、いや……まともに見えるものは少ない。

 一度放つことで、クロセイル公爵の注意は後方に向けられることはなく。後方部隊も矢を放ったあと、これで終わったとばかりに気が緩んでいたのだろう。
 弓なんてものは場合によっては自軍に被害をもたらしかねない代物。ここに居るのはただの兵士であり、魔法を使う魔道士の姿はなかった。

 それがいるのなら真っ先に倒すつもりだった。そのために二人には奇襲を任せていたのだけど、まさか後方部隊の全滅って。
 これで本当に戦争をしていたと言うの?

「これは訓練ではないの。撤退するのなら、殺しはしない。私達の目的はクロセイル公爵の首だけよ」

 私の声が聞こえた多くの兵士は、この異常な光景に目を疑っただろう。
 見た目からしてただの小娘に命をかけて守り、こんな小娘が前に出てくるなんてありえない、と。
 バナンたちの戦いに加わったのは、わずか十名。

 それなのに、一方的に殺されていく仲間を見て彼らは恐れていたのだ。
 私の持つ力を……皆の左手に刻まれた奴隷紋。奴隷であるはずの彼らが強いはずないと、何度も言い聞かせるが、その奴隷たちによって殺されていく。

「馬鹿なっ!? 相手は奴隷なんだぞ、何故こんな事に……忌み子風情に!」

 クロセイル公爵の言葉に、戦っていたバナンたちは私の前に戻ってくる。
 私達はあまりにも近くに来すぎている。
 私の声がクロセイル公爵に届くほど、近くに来ていた。

「これで最後です。撤退をするのなら殺しません」

 私は手を空に向け、大きく音が出るように手を叩く。
 思っていたよりも小さな音だったが……クロ達によって駆けつけてくれた、冒険部隊がクロセイル公爵の後ろから現れる。

 その数は、五十人ほど。
 クロセイル公爵家を落としたその日に、何人かを各地に向かわせ冒険者をしていた部隊をここに呼び寄せていた。

 ここにいる精鋭と、ほぼ同等の力を持つ。
 今ですら相手にならないのに、私の戦力が増えたことで中には、武器を手放すものも現れる。
 まだ優勢である人数にもかかわらず、死にたくないと走り出すもの。何人もの兵士が武器を手放し、他の者を押しのけてでも逃げ出そうとしていた。

「こんな事があるはずがない……」

 クロセイル公爵の言葉に私も同感だ。
 この私が近くにいるというのに、駆けつけてくれた彼らの頭上には巨大な炎の玉が作られていた。
 魔法による攻撃は戦争でも使われるが、決まって初手に使われることが多い。
 弓矢と同じく、自軍に被害を出してしまえば意味はないから。

「あいつら、ふざけやがって。ここにいお嬢様がいるのよ」

「まって、何をしているのよ!」

 魔法を警戒してその魔法から守るために、私の回りには魔法が使える人を配置していたけど、どうして貴方達もその魔法を使っているというのよ!

「これならどうかしら! あっははは、身の程を知りなさい!」

 まるでお前たちよりも私達のほうが強いのだと、言わんばかりにさっき見たものよりも大きな炎の玉が私の頭上に作られていた。
 彼女ってこんなキャラだったっけ? 名前は……ラーシャ。彼女は、私があの奴隷たちのお風呂の時に初めて会話をした。
 それがどうして……こうなるっていうのよ。

 それからは悲惨だった。
 ラーシャが作り出した炎を前に兵士たちの戦意を失い、誰もが諦め、心が折れていた。
 ルビーが手を叩いたことで、我に返ったのか魔法がかき消される。

 馬から落ち、ガタガタと震えるクロセイル公爵を私達が取り囲む。

「後は貴方だけです、クロセイル公爵様」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。 その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。 更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。 果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!? この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

異世界でもプログラム

北きつね
ファンタジー
 俺は、元プログラマ・・・違うな。社内の便利屋。火消し部隊を率いていた。  とあるシステムのデスマの最中に、SIer の不正が発覚。  火消しに奔走する日々。俺はどうやらシステムのカットオーバの日を見ることができなかったようだ。  転生先は、魔物も存在する、剣と魔法の世界。  魔法がをプログラムのように作り込むことができる。俺は、異世界でもプログラムを作ることができる! ---  こんな生涯をプログラマとして過ごした男が転生した世界が、魔法を”プログラム”する世界。  彼は、プログラムの知識を利用して、魔法を編み上げていく。 注)第七話+幕間2話は、現実世界の話で転生前です。IT業界の事が書かれています。   実際にあった話ではありません。”絶対”に違います。知り合いのIT業界の人に聞いたりしないでください。   第八話からが、一般的な転生ものになっています。テンプレ通りです。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめてになります。

イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で最強に・・・(旧:学園最強に・・・)

こたろう文庫
ファンタジー
カクヨムにて日間・週間共に総合ランキング1位! 死神が間違えたせいで俺は死んだらしい。俺にそう説明する神は何かと俺をイラつかせる。異世界に転生させるからスキルを選ぶように言われたので、神にイラついていた俺は1回しか使えない強奪スキルを神相手に使ってやった。 閑散とした村に子供として転生した為、強奪したスキルのチート度合いがわからず、学校に入学後も無自覚のまま周りを振り回す僕の話 2作目になります。 まだ読まれてない方はこちらもよろしくおねがいします。 「クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される」

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!

マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です 病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。 ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。 「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」 異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。 「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」 ―――異世界と健康への不安が募りつつ 憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか? 魔法に魔物、お貴族様。 夢と現実の狭間のような日々の中で、 転生者サラが自身の夢を叶えるために 新ニコルとして我が道をつきすすむ! 『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』 ※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。 ※非現実色強めな内容です。 ※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...