上 下
196 / 222
聖女編

196 お嬢様は誘拐されやすい

しおりを挟む
「本当に慕われているな……しかし、お前が望んだことは、本当にこれでいいのか?」

 トパーズは、イクミの髪を撫でていた。
 自分のことを何一つ疑うこともなく、その上理解すらしない。
 何より自分よりも他人を優先し、危険であるにも関わらず飛び込んでいく。

「お前には、私の声が届いているのか?」

 自分が傷つくことで、どれだけ周りに重荷を背負わせているのか……そんな事も気にすることもなく、これからもあの時と同じことが繰り返されるのではないのかと、トパーズは心配をしていた。

「この子に、お前は何を期待していたというのだ?」

 寝ているイクミに対してそんな事を言ったところで返ってくる言葉はない。
 トパーズは、今もなお自分の膝の上で眠るイクミの頬を手を当てる。
 あれだけのことをしてきたにも関わらず、怒った素振りはあるものの何も変わらず信頼を寄せるイクミが不思議でたまらなかった。

「寝顔は可愛いが……これが、お前だったら、どうだったのだろうな」

 最初はいたずらだったあの行動の数々も、今では心から楽しんでいる。
 そんな自分が何より不思議でしかなかった。
 奇行を重ね、恥ずかしがる姿や怒った顔を思い返すだけで口元が緩んでいる。

「本当に不思議な子ね」

「ん……あれ? トパーズ?」

「今はお休みください、お嬢様」

 トパーズがイクミの額に手を置き、開かれた目は閉じられ再び寝息へと変わる。
 小さな手を握り、あどけない顔を眺めていた。
 イクミが寝返りをうち、毛布がはだける。熱が逃げないようにと掛け直していた。

 ソルティアーノの屋敷に到着し扉が開かれるが、ルビーが抱きかかえるよりも先にトパーズが既に抱きかかえていた。

「私が運んでもいいわね」

「わかりました。では、お願いします」

 ソルティアーノ公爵の屋敷の前には、すでに待機をしていた使用人に案内をされ、ベッドにゆっくり置く。二人は、少しだけ様子を見てから退室していた。
 隣の部屋には、荷物が運び込まれ慌ただしく荷解きをしていく。ここでも、音を立てなてように慎重に進められていた。

「おはようございます。ルビーさん、トパーズさんも」

「クレアローズ様。この度は朝早くに押しかけてしまい申し訳ございません」

「いえいえ、イクミ様のことですから。私も今から楽しみなのです」

「そう言っていただけると幸いにございます。私は屋敷に戻りますので。ルビー、後の事はお願いよ」

 違和感を感じたルビーはトパーズを引き止めようと手をのばすが、軽く振り払われ脱兎の如く逃げ出していた。
 大きな声を上げることもできず、後を追うことも諦めていた。

「また……お嬢様に何と言えばよいのか」

「トパーズさんはどうされたのですか?」

「クレアローズ様はお気になさらないでください」


   * * *


「ん……んー」

 なんだか変な夢を見ていたような?
 トパーズが居たような気がして……トパーズの声だけど、いつもとは違う感じがした。あれは何だったのかしら?

「あ、あれ?」

 何かを思い出そうとしていたものの、目の前に映る光景に夢のことなんて頭の中から抜け落ち、何度も目をこすり辺りを見渡す。
 模様替えをしたのかと思うぐらい私の知る部屋ではなかった。慌てて窓へ駆け寄るが、テラスが無くなっている?

 いや、私の部屋は床下と同じ高さのガラス扉だ。

「ここは一体? 部屋から出るにも、大丈夫なのかしら?」

 執務室にあるような机はないし、ソファーの前には低めのテーブル。
 ベッドも私が使っていたものではない。
 考えられるとするのなら誘拐?

「いや、しかし……あの包囲網をくぐり抜け、私が起きることもなく連れ出すなんて可能なの? そもそも、シェルターみたいな部屋にいたというのにどうやって? まさか……私が夜ふかしをしていたから、これは処罰の一環だと言うの?」

 ルビーがそんなことを……する可能性は大いにあるわね。
 だけど、クレアとの約束を知っているのだから、私を連れ出そうとする意味がわからない。

「お嬢様」

 ノックの音が聞こえてくると、扉の向こうからは聞き慣れた声が聞こえてくる。
 私は返事をする前に、扉を開けるとルビーの姿が見えた。

「おはようございます、お嬢様」

「ルビー。ここは一体?」

「ソルティアーノ公爵のお屋敷です」

 公爵様のお屋敷?
 何を言っているの?
 ソルティアーノ公爵領って、どれだけ離れているのか分かっているの?

「王都にあるソルティアーノ家のお屋敷です。お目覚めですので、早速準備に取り掛かりましょう」

 ルビーが手を叩くと、見慣れたメイドたちが私を取り囲んでいる。
 準備、クレアの屋敷……私は寝間着のままでメイドたちの戦闘態勢。

「ちょっとまって、皆落ち着いて。話し合うよ、今ならまだ間に合うから」

 ここがソルティアーノの屋敷なら……私の足は自然と後ろへ下る。
 クレアが屋敷でお茶会をすると……メイドたちも詰め寄ってくる。
 これから私の身に何が起こるのか容易に想像がつく。こんな姿では当然人前に出ることは許されない。
 普段のように落ち着いたものならともかく、この様子からして絶対に私の意にそぐわない物が用意されている。

「お嬢様、何処へ逃げようとしているのですか?」

「楽しい楽しい、お着替えですよ」

「早く私達に妖精のようなお可愛い姿を、お見せになってください」

 私に抵抗できることは何一つとしてない。
 十人のもメイド達による壁を、突破できるはずがないのだから。

「そ、その前にトイレ。トイレに行かせて」

 私の言葉で、にじり寄っていたメイド達はピタリと止まる。
 だからと言ってこの状況を突破することが出来るわけはないが……生理的衝動を抑えて大惨事になるよりかはいい。

「ちゃんと着るから、だからお願い」

 私は取り囲まれたまま、トイレへと案内され……用を済ませる。

「ルビー、少し聞きたいのだけど?」

「何でしょうか?」

「下着がなかったのだけど……私に何をしたの?」

 私の問いに答えてくれることもなく、何食わぬ顔で準備が進められていく。
 なんでこんな事になっていたのか……原因はアイツしかいない。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

解放の砦

さいはて旅行社
ファンタジー
その世界は人知れず、緩慢に滅びの道を進んでいた。 そこは剣と魔法のファンタジー世界。 転生して、リアムがものごころがついて喜んだのも、つかの間。 残念ながら、派手な攻撃魔法を使えるわけではなかった。 その上、待っていたのは貧しい男爵家の三男として生まれ、しかも魔物討伐に、事務作業、家事に、弟の世話と、忙しく地味に辛い日々。 けれど、この世界にはリアムに愛情を注いでくれる母親がいた。 それだけでリアムは幸せだった。 前世では家族にも仕事にも恵まれなかったから。 リアムは冒険者である最愛の母親を支えるために手伝いを頑張っていた。 だが、リアムが八歳のある日、母親が魔物に殺されてしまう。 母が亡くなってからも、クズ親父と二人のクソ兄貴たちとは冷えた家族関係のまま、リアムの冒険者生活は続いていく。 いつか和解をすることになるのか、はたまた。 B級冒険者の母親がやっていた砦の管理者を継いで、書類作成確認等の事務処理作業に精を出す。砦の守護獣である気分屋のクロとツンツンなシロ様にかまわれながら、A級、B級冒険者のスーパーアスリート超の身体能力を持っている脳筋たちに囲まれる。 平穏無事を祈りながらも、砦ではなぜか事件が起こり、騒がしい日々が続く。 前世で死んだ後に、 「キミは世界から排除されて可哀想だったから、次の人生ではオマケをあげよう」 そんな神様の言葉を、ほんの少しは楽しみにしていたのに。。。 オマケって何だったんだーーーっ、と神に問いたくなる境遇がリアムにはさらに待っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

カバディ男の異世界転生。狩られたい奴はかかってこい!!

Gai
ファンタジー
幼い子供を暴走車から守ったスポーツ男子、一条大河。 鍛えた体も、暴走車には勝てず、亡くなってしまったが……運良く、第二の人生を異世界で迎えた。 伯爵家という貴族の家に生まれたことで、何不自由なく過ごす中……成長する過程で、一つ問題が生まれた。 伯爵家にとっては重大な問題だが、一条大河改め、クランド・ライガーにとって、それは非常に有難い問題だった。 その問題故に他者から嘗められることも多いが……そういった輩を、クランドは遠慮なく狩っていく。 「狩るぜ……カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ、カバディ!!!!」

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。

克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

処理中です...