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聖女編
195 お嬢様は無防備すぎる
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私のその言葉に体が飛び上がりそうになる。
音を出さないように顔を机に当てて、寝たふりを決行する。仕事中に寝ていたをすることで、私の就寝時間をずらすことが出来る。
これならこのまま寝たとしても、ルビーから咎められることはないだろう。
「寝ておられるのですか?」
寝息であるように息を一定しに、ルビーが私の肩を揺すったところでビックリして起きる。
そうすることで、この危機を無難に回避できる。
ルビーの行動次第で、私には二段構えの逃げ道がある。
それにしても、隣で何をしているのかしら?
私に話しかけることもなく、書類が擦れる音が聞こえてくる。
「これは? 旦那様はついにご縁談を決められたのですね」
「は? どういうことよ!?」
「やはり起きておりましたか」
時刻は午前三時になろうとしている。
明日予定があるにも関わらず、こんなに遅くまで起きていることにルビーはかなり怒っているに違いない。
あの時後一枚をしなければ、こんな窮地に立つこともなかったはず。
「私が来たことで、居眠りの真似をなされるとは……もう少しご自愛ください」
「そんなことよりも、縁談ってどういうことなのよ!」
「トパーズからの書類に、そのようなものがあると本気でお思いなのですか?」
ルビーは怒った様子はなかったものの、かなり呆れているようにも見える。
確かに、トパーズからの報告書にお父上様の書類が混ざるようなことはない。
最初からルビーには、私が寝たふりをしていると想定していたと?
そしてその罠に、私はまんまと引っかかったということね。
「あ、いや……その。寝ようとは思ったのよ。まって、トパーズがこんなにも仕事を溜めていたことが問題よね?」
「今はそのような話をしている場合ではございません。さ、お嬢様」
部屋の入口のドアを開けて手を伸ばし、ここから出て行けと促している。
確かにこれと言った重要なものはなく、椅子から降りて素直にルビーに従う。ここで我儘を言おうものなら、どうなるか見えている。
それを含めて、さっきのような言い回しをしてきたのだろう。
ベッドに潜り、ルビーは脇に置かれている椅子に腰掛ける。これも私としては想定内。
小さな欠伸を漏らしそのまま目を閉じた。
* * *
「全く……思惑が気づかれていたと想定していたのですが、あまりにも無防備過ぎます。お嬢様」
ルビーに見張られつつも、夜遅くまで起きていた事もあってか、ベッドに入るとすぐに眠りへと付くイクミ。
欠けた月明かりではイクミの寝ている姿ははっきりとは見えないが、ルビーはじっとその様子を眺めていた。
朝日が登る始める頃には深い眠りに入っている。
そんなイクミを抱きかかえ、ルビーは部屋から出ていく。
部屋の外で待っていたメイドたちにより、体が冷えないように毛布が掛けられ、まだ屋敷の中は薄暗い。先導するメイドがランプを持ち、その光がイクミを照らさないように心がける。
起こさないようにゆっくりと進み、誰一人として音を立てないように、慎重に玄関へ向かう。
玄関の扉が開かれると、執務室の明かりが消えてから冒険部隊によってイクミ専用の馬車を用意されていた。
「準備はよろしいですか?」
「だ……ああ」
バナンはとっさに口をふさぎ、小声で返事をする。バナンといえど、メイドたちに睨まれ逃げるように馬車の先頭に向かった。
外の風や、鳥達の囀りにがあるものの、ここまで上手く行っていることに、イクミが未だ寝ていることに少しばかりルビーは不安を感じてしまっていた。
しかし周りにいるメイド達は、ルビーの腕の中で眠っているその寝顔を見ると、口角を上げるものが多かった。
馬車の扉が開かれ、待っていましたとトパーズが両手を広げて待機していた。
「お嬢様。さ、こちらへ」
ルビーはその笑みに対し躊躇をしてしまう。そんなことはお叶いなしと、トパーズは「頭、頭」と言って自分の太ももを叩いている。
このまま彼女に任せていいものだろうかと頭をよぎるが、彼女の協力がなければイクミを連れ出すことはできなかったかもしれない。
くだらない報告書をここ数日で作り上げ、夜遅くまでイクミを夜ふかしさせること。
お茶会を前に、イクミに我儘をさせないためにもこの連れ出しは必要であり、最も効果的な仕事をしたのは彼女でもある。
その交換条件として、例えたったの数分とはいえ、トパーズはこの報酬をずっと待ちわびていたのだ。
「くれぐれも、起こさないようお願いします」
「私がそんなことをすると思っているの?」
その自信が信用できないルビーは、自分も同席するべきかを考えていた。そんなことを許すトパーズでもない。
イクミを置き、静かに喜ぶトパーズにメイドたちからはため息が漏れる。
これから起こる何かよりも、自分たちにその出番が回ってこないことが何よりも恨めしく感じていた。
ルビーは御者を務めるが、引くのは馬ではなくバナンたちだ。
「それでは、お願いします」
ルビーの声により、奴隷たちが馬車を引いていく。
それは防音がないため蹄の音を警戒しての策だった。ゆっくり進まなくとも、振動で起きることもないが車輪の音はどうしても出てしまう。
先導する奴隷は大きな箒を持ち、小さな石も踏み潰さないよう掃いていく。後ろでは、少し距離を取って荷物が積まれた荷車が後ろを付けていく。
ここまでしてイクミを連れ出さずとも、きちんと説得すれば文句を言いつつも最後には受け入れていた。
ルビーはそう考えもしたが、これまでにも逃げ出そうとしたこともあり、もちろんあの体でまともに立ち向かえるはずもない。
となれば、絶対に逃げられない所に運べばいいということになった。
屋敷に居る者、郊外にいてあまり会うことがない者、危険がつきまとう冒険部隊。
誰もが奴隷であるにも関わらず、イクミを主人として仕え、敬い、どんな事に対しても全幅の信頼をしている。
だからこそ、これまで見てきた奴隷たちとは何かが決定的に違うものをトパーズは感じ取っていた。
そして、奴隷でなくなった者ですら……その命をかけてでもイクミを守ろうとしている。
音を出さないように顔を机に当てて、寝たふりを決行する。仕事中に寝ていたをすることで、私の就寝時間をずらすことが出来る。
これならこのまま寝たとしても、ルビーから咎められることはないだろう。
「寝ておられるのですか?」
寝息であるように息を一定しに、ルビーが私の肩を揺すったところでビックリして起きる。
そうすることで、この危機を無難に回避できる。
ルビーの行動次第で、私には二段構えの逃げ道がある。
それにしても、隣で何をしているのかしら?
私に話しかけることもなく、書類が擦れる音が聞こえてくる。
「これは? 旦那様はついにご縁談を決められたのですね」
「は? どういうことよ!?」
「やはり起きておりましたか」
時刻は午前三時になろうとしている。
明日予定があるにも関わらず、こんなに遅くまで起きていることにルビーはかなり怒っているに違いない。
あの時後一枚をしなければ、こんな窮地に立つこともなかったはず。
「私が来たことで、居眠りの真似をなされるとは……もう少しご自愛ください」
「そんなことよりも、縁談ってどういうことなのよ!」
「トパーズからの書類に、そのようなものがあると本気でお思いなのですか?」
ルビーは怒った様子はなかったものの、かなり呆れているようにも見える。
確かに、トパーズからの報告書にお父上様の書類が混ざるようなことはない。
最初からルビーには、私が寝たふりをしていると想定していたと?
そしてその罠に、私はまんまと引っかかったということね。
「あ、いや……その。寝ようとは思ったのよ。まって、トパーズがこんなにも仕事を溜めていたことが問題よね?」
「今はそのような話をしている場合ではございません。さ、お嬢様」
部屋の入口のドアを開けて手を伸ばし、ここから出て行けと促している。
確かにこれと言った重要なものはなく、椅子から降りて素直にルビーに従う。ここで我儘を言おうものなら、どうなるか見えている。
それを含めて、さっきのような言い回しをしてきたのだろう。
ベッドに潜り、ルビーは脇に置かれている椅子に腰掛ける。これも私としては想定内。
小さな欠伸を漏らしそのまま目を閉じた。
* * *
「全く……思惑が気づかれていたと想定していたのですが、あまりにも無防備過ぎます。お嬢様」
ルビーに見張られつつも、夜遅くまで起きていた事もあってか、ベッドに入るとすぐに眠りへと付くイクミ。
欠けた月明かりではイクミの寝ている姿ははっきりとは見えないが、ルビーはじっとその様子を眺めていた。
朝日が登る始める頃には深い眠りに入っている。
そんなイクミを抱きかかえ、ルビーは部屋から出ていく。
部屋の外で待っていたメイドたちにより、体が冷えないように毛布が掛けられ、まだ屋敷の中は薄暗い。先導するメイドがランプを持ち、その光がイクミを照らさないように心がける。
起こさないようにゆっくりと進み、誰一人として音を立てないように、慎重に玄関へ向かう。
玄関の扉が開かれると、執務室の明かりが消えてから冒険部隊によってイクミ専用の馬車を用意されていた。
「準備はよろしいですか?」
「だ……ああ」
バナンはとっさに口をふさぎ、小声で返事をする。バナンといえど、メイドたちに睨まれ逃げるように馬車の先頭に向かった。
外の風や、鳥達の囀りにがあるものの、ここまで上手く行っていることに、イクミが未だ寝ていることに少しばかりルビーは不安を感じてしまっていた。
しかし周りにいるメイド達は、ルビーの腕の中で眠っているその寝顔を見ると、口角を上げるものが多かった。
馬車の扉が開かれ、待っていましたとトパーズが両手を広げて待機していた。
「お嬢様。さ、こちらへ」
ルビーはその笑みに対し躊躇をしてしまう。そんなことはお叶いなしと、トパーズは「頭、頭」と言って自分の太ももを叩いている。
このまま彼女に任せていいものだろうかと頭をよぎるが、彼女の協力がなければイクミを連れ出すことはできなかったかもしれない。
くだらない報告書をここ数日で作り上げ、夜遅くまでイクミを夜ふかしさせること。
お茶会を前に、イクミに我儘をさせないためにもこの連れ出しは必要であり、最も効果的な仕事をしたのは彼女でもある。
その交換条件として、例えたったの数分とはいえ、トパーズはこの報酬をずっと待ちわびていたのだ。
「くれぐれも、起こさないようお願いします」
「私がそんなことをすると思っているの?」
その自信が信用できないルビーは、自分も同席するべきかを考えていた。そんなことを許すトパーズでもない。
イクミを置き、静かに喜ぶトパーズにメイドたちからはため息が漏れる。
これから起こる何かよりも、自分たちにその出番が回ってこないことが何よりも恨めしく感じていた。
ルビーは御者を務めるが、引くのは馬ではなくバナンたちだ。
「それでは、お願いします」
ルビーの声により、奴隷たちが馬車を引いていく。
それは防音がないため蹄の音を警戒しての策だった。ゆっくり進まなくとも、振動で起きることもないが車輪の音はどうしても出てしまう。
先導する奴隷は大きな箒を持ち、小さな石も踏み潰さないよう掃いていく。後ろでは、少し距離を取って荷物が積まれた荷車が後ろを付けていく。
ここまでしてイクミを連れ出さずとも、きちんと説得すれば文句を言いつつも最後には受け入れていた。
ルビーはそう考えもしたが、これまでにも逃げ出そうとしたこともあり、もちろんあの体でまともに立ち向かえるはずもない。
となれば、絶対に逃げられない所に運べばいいということになった。
屋敷に居る者、郊外にいてあまり会うことがない者、危険がつきまとう冒険部隊。
誰もが奴隷であるにも関わらず、イクミを主人として仕え、敬い、どんな事に対しても全幅の信頼をしている。
だからこそ、これまで見てきた奴隷たちとは何かが決定的に違うものをトパーズは感じ取っていた。
そして、奴隷でなくなった者ですら……その命をかけてでもイクミを守ろうとしている。
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