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聖女編

186 お嬢様と偽りの聖女

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「そろそろ私達の順番ですね」

 気が早いわね。
 私達はまだ神殿の入口だからまだもう少しはかかるんじゃないの?
 宝玉に触れるというだけだから、中へとは居るのにそれほど時間はかからなかった。

 手続きも単純なもので、名前と年齢だけを伝えるだけで終わる。
 それにしても、内部ともなれば騎士が見張りをしているのね。鎧からして、王国の騎士とはまた違う。この神殿……もしくは、教会に属しているということかしらね。

 そんな彼らでも、色違いである私が来るのは場違いということなのかもしれない。
 例えば色違いが聖女だった場合、この神殿はどういった対応を取るつもりなのかしらね。
 私でないことは確実なんだけど、そういう場面があれば見てみたいものね。

「イクミちゃん、そんなに睨むんじゃないわよ。今は抑えてね」

「分かっているわよ。私の頭を撫でたアイツの顔を覚えたとか絶対に忘れないとか、そんなことは全然思ってもいないから」

 あの神官は私の、頭を撫でてお姉さんたちとは一緒に行けないのだよ。
 そんなふざけたことを言われて、完全に子供扱いをされてしまい少しだけムッしてしまう。

「どう聞いても全然抑えられていない人が言う言葉だよ、それは……ほら早く進みなさい」

 もちろん本気で怒っているつもりはないのだけど……こんなくだらない冗談を言っても、いつもとは反応が違うわね。
 やっぱり、この儀式が気になってそれどころでもないってことみたいね。

 二人の話がどこまで通用する話なのかわからないけど、もしもの事を考えて公爵家には朝に手紙を送っている。
 聖女のことは伏せて、護衛も兼ねて私の方で面倒を見たいと申し出ている。

 公爵様のことだから断られるようなことはないと思うけど……二人のことを考えれば、それぐらいやっておいてもいいと思う。
 何年か前、クレアによって王太子暗殺は阻止されたが、そんな事を考えた底なしの馬鹿はどこにでも必ずいる。

 今の二人はいずれは家族として姉妹となり、次期王妃とソルティアーノ公爵夫人になる人でもある。この二つの出来事はソルティアーノ家の功績を快く思わない、馬鹿な考えをする連中が見境もなく襲撃する可能性も出てくる。

 クレア達と距離を置きたいとは思うものの、私にはその決断をすることが出来ない。
 多分、今の二人との時間が、少しだけ大切なものに変わっているのかもしれないわね。
 だからこそ私が未然に防ぐ事ができるのなら、そうしてあげたいと思う。

「メル……貴方の番よ」

「分かっているわよ……はぁーー」

 台座に置かれた宝玉の前に立ち、大きく息を吐いてゆっくり手を伸ばしていた。
 二人の話とは違い、他の人達と同様に宝玉には何の変化もなく、メルは安堵するかのようにその場で座り込んでしまった。

 クレアはメルの元へと行き、宝玉を見つめて「なんで」とポツリと呟いていた。

 やはり、ゲームの設定はもう無関係となっているようね。
 メルティアは、ここに来るまでの間何をしてきたのか?
 メルはこれまで何をしてきたのか?

 この二人がここに至るまでの経緯はあまりにもかけ離れ過ぎている。
 そのため聖女としての何かが失われ、光を放つと言われていた宝玉は反応を示すことはなかった。
 尤も大きな原因と言えるのは、今のメルティア・メルティアーノには前世の記憶が関係している可能性があるように思う。

「なんで! どうしてお姉さまが!」

 クレアはきっとメルが聖女になると確信していた。でもそれはゲームでの話。
 今のメルと、ゲームのメルティアは違う人間だというのを受け入れるほかない。
 私も台座の所へと行き、宝玉に手を置く。
 水晶のように透き通る宝玉は何の変化も起こらない。

「私も反応はない。ほら、クレアも」

「イクミ様ですら、どうして……だったら聖女は一体?」

「クレア、貴方も宝玉に触れなさい。後がつかえているわ」

 クレアが触れると、何もなく透き通っていただけの宝玉から、中心に小さな光が現れる。
 神官たちはその反応にどよめきだしている。クレアが……聖女だと言うの?
 クレアはメルを見つめ驚きを隠せないでいる。

「なんで……私? 私に?」

「クレア!」

 クレアの名前を呼び、伸ばす手は控えていた神官によって止められる。
 小さかった光は、球体から外へと溢れ出し眩ゆい閃光となって周囲を照らしていく。
 これが聖女の……光の聖女というものなのだろうか?

 クレアの体は光に包まれ、神殿内部には多くの神官がやってきている。その中に一人だけ、服装の装いからして際立つものがいる。おそらく大司祭と言ったところか? 
 その光景に、儀式に参加していた人たちは膝をついて祈っていた。
 光が収まり、クレアは呆然と立ち尽くしている。そんな事を予想だにしていなかったのか、頬には涙が伝っていた。

「ソルティアーノ公爵令嬢。クレアローズ・ソルティアーノ様、貴方様は聖女として認定されました」

「聖女? だって……私は」

「クレア! 良かった……貴方が聖女で良かった」

「お姉さま? 私は一体これからどうすれば良いのですか?」

 クレアが聖女として認定され、一人だけ奥の部屋へと連れて行かれる。
 私達には同行することが許されず、見送り外でクレアが出てくるのを待っていた。
 聖女……クレアはメルが選ばれると信じていた。結果はクレアが選ばれ、メルには何の反応もなかった。

 メルのあの言葉……

「メル。もしかして、こうなることを予感していたの?」

「分からない。クレアだったら、私よりも良い聖女には成れるでしょ?」

「何を隠しているの? いくらゲームと違うとはいえ、貴方は何かを知っていたように思えるのよ」

 メルは確信していたのかもしれない。昨日と比べても、メルの体調は優れていないように思える。
 宝玉に触れ何事もないことに心の底から安堵をしていた。クレアによって宝玉から光が溢れてくると涙を流し、彼女はそれを見て確かに笑っていた。

 あの涙は自分でないことがそんなにも嬉しかったのだろうか?
 それともそうなることを願っていたと言うの? 聖女でなくなれば少しでも身の危険から逃れられると?

「イクミちゃんにはかなわないわね」

「自分が聖女でないことを……クレアが聖女であって欲しいの思ったの? 自分に降りかかることから避けたい。クレアなら別に構わないと本気で思っていたと言うの?」

 クレアは確かに強い。だけど、クレアはまだ幼い一面もあるような気がしてならない。
 そんな彼女が、悪意に包まれたものに対して……何時まで耐えられるというの?
 自分が信頼する相手がそうなってしまうという恐怖に怯え、それでも周りからは聖女としてもてはやされる。

「なんで!」

「少し違うわよ。聖女の力はあの宝玉で判明するけど……だけどね、その力を持っている人は、そんな物に頼る必要があると思うの?」

「どういうこと?」

「本来の聖女は私……昨日の夜、クレアが寝ている間に聖女の力を全てクレアに注いだわ」

 聖女の力をクレアに注いだ?
 メルが言っていることが本当だとすれば……一体何を考えていると言うの?
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