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聖女編

178 お嬢様と悪役令嬢の母親

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 クレアのお母さんは、再び頭を下げているのだけど。
 何から話して良いのか、何をどう突っ込みをすれば良いのかわからない。

 メルが婚約者になったことは、はっきり言えば私に関係がないこと。
 あの時の境遇から助けたというのはあるかもしれないけど、それでその事に結びつけるというのは無理があると思う。

「どうか頭を上げてください。私が主立って何かをしたということはありません。二人の出会いがこの屋敷だっただけで、婚約者の経緯は二人だけのお話です」

「そのようなことはありませんわ。まだ年端も行かない娘を匿っていただけでも、感謝しかございません」

 年端の行かない娘?
 それって幼いってことよね? メルは、子供とはいえ見るからに私よりも発育が良い。
 それでも、こういう人達からすれば、そう見えるのかもしれないわね。

 本人の実質的な年齢は結構アレなのだけどね。

「わたくしに、二人の娘ができ本当に嬉しいのですよ」

「そ、そうですか」

 メルからすれば姑になるのだけど……この様子だといい嫁姑の関係になりそうね。
 その嫁に対して、あれこれと注文したことは、バレていないよね?
 今も死にそうになっているかもしれないのだけど……後で怒られるとかもないよね?

「メルは学園に通われるのですか?」

「ええ、そのつもりです。ジェドルトは、行かせたくはないようですが、魔法石を扱うのであれば卒業しておくべきと押し切りました」

 なるほどね。
 大事にされているようで何より見たいね。
 クレアにとっても、メルにとっても、彼女のような母親がいるのならあの屋敷はにぎやかになるわね。

「少しお聞きしたいのですが、これまではどちらで過ごされていたのでしょうか?」

「叔父を頼りここ王都で、療養のために過ごしておりましたの」

 療養? 確かに王都であれば、それなりに医療体制が良いのかもしれない。
 叔父に当たる人がここにいるというわけなのね。
 よくある話だと、もう少し落ち着いた街っていうのも考えられるものだけど。公爵様がそれをよく許していたわね。

「そうだったのですね。少しの間でしたが、ソルティアーノ公爵家に匿って貰っていたので、気になった事とは言え不躾に申し訳ございません」

「お気になさらないでください。それも、イクミ・グセナーレ様がいらしてくれたことが解決されましたから」

 メルが嫁入りするということが、この人にとっての活力になったというわけね。
 あの無愛想な、クレア兄が婚約して、その相手が気に入ったものであれば元気になるのもいい傾向なのかもしれないわね。

「それはそうと、イクミ・グセナーレ様は、そのようなお洋服はどちらで仕立てているのですか?」

 そこに触れて欲しくはないのですけど……
 私は首を振り、視線をルビーへと向ける。
 どこで買ったまで私は把握していない。王都で一箇所連れて行かれたけど、何を買ったか、それがどれだったのかも覚えてすらいない。

「お嬢様のご洋服は、以前は仕立てていたのですが、今着ているものは私共の手で作りました」

「まぁ、素敵だわ」

 公爵夫人は目を輝かせ喜んでいるが、私としては想像すらしてなかった事実に驚きよ。
 これを作った?
 今着ているのは、着飾ったものではない、いつも来ている服。
 だけど、あそこにある数々のドレスを作ったと言うの?
 わざわざ私が嫌がるようなものを?

「お時間がございましたら、実際にお嬢様を使ってご覧なりますか?」

「あら、よろしいのですか?」

「全くよろしくはないです」

 私の言葉に、ルビーとトワロの目つきが変わる。
 残念そうに表情へと変わった公爵夫人は、「そうですか」と小さく声を出している。
 今のは良くなかったとは思うけど、これに便乗するつもりだったルビーも悪いと思うわよ。

「イクミ様ー! どちらですかー!」

 廊下から聞こえる声に、また面倒なのがやって来たことを理解した。
 いつもなら執務室にいるから、そこに行ったみたいだけど。声を出して呼ばないでよね。

「お嬢様」

「ええ、分かっているわ。ここに通して……」

 クレアがこの屋敷に来ても、誰も案内なんてしないのよね。
 だからってあんなに声を出さなくても。公爵夫人も分かっているようで、さっきのように冷たい表情へと変わっていた。

 トワロが外に出て、クレアを呼んでくるとあのバカ娘は手を上げて入ってくる。

「イクミ様。今日も来ちゃいました……ひっ」

 クレアの笑顔は一瞬にして消え失せ、視点は私の後ろに固定され、上げていた手はかすかに震えていた。
 居るとは思っても見なかった相手に、かなり困惑しているみたいね。

「クレアローズ・ソルティアーノ。元気の良い挨拶だこと」

「お、お母様、何故こちらに……」

「わたくしが居ると、何か不都合なことでもあるのですか?」

 うっわ、あのクレアがみるみると小さくなっているわね。
 公爵夫人も、言葉から感じ取れるほどの威圧のようなものが感じられる。

「あの、ええっとー」

「クレアローズ、貴方は、いつもそのようにこちらへと足を運んでいたのですか?」

「あ、いえ、今日は……たまたまといいますか」

 まあ、確かに。あんなふうに来ることはあまりないわね。
 機嫌がいいと、似たようなことはしていたわね。それもさっきまで、この親子の間に何があるのかしらね。

「わたくしも、二年間もの間居なかったこともあり。貴方のことはあれこれ、言うつもりはありません。ですが、わたくしはイクミ・グセナーレ様とお話中ですので、日を改めなさい」

「公爵夫人、私は気にしておりませんから、そのようなことは言わないであげてください」

「イクミ様」

 あまりにも冷たい対応ね。
 もしかすると、クレアローズはこの母親のせいで、悪役令嬢と呼ばれるきっかけになったと言うの?
 いや、でも、さっきの会話にメルの話題はときはこんな感じは全く無かったのよね。

 だとするのなら、彼女はクレアだけに対していつもこうだったというの?
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