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聖女編

159 お嬢様のドレス

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 クレアの部屋に通され、壊れた歴代の武器が立ち並ぶ横に、白い布が被せられていた。
 その大事そうに置かれているものは、クレアよりも小さく、ここにあるのが何のためかはすぐに分かる。

「イクミ様! 今日のドレスはこちらになります!」

 その布を勢いよく取るクレアは満面の笑みを浮かべ、私の足には力がなくなり膝が折れ床に手をついていた。

 ある程度は予想していた……ある程度なら。

 華やかなドレスが待っていたことぐらい想像していた。だが……屋敷でもそうだったが、クレアが毎度勧めてくるのは私の嫌いな色。それが、あのピンクのドレス。
 最近、私の屋敷で見かけなくなったというのはこういうことだったのか!

 しかも、肩から胸にかけて、さっきまで庭に咲き誇っていたであろう真っ赤なバラの花が付けられている。
 似合わない……しかし、ここで逃げ出すことなんて出来るはずもない。
 クレアから逃げるなんて、私の足で叶うはずもなく、あのバカ力に対抗することもできない。

 ルキアが居たとしても、私に味方になってくれる可能性はほぼゼロに等しい。

「す、素敵……ね」

 当たり障りのない言葉に、クレアの目を輝かせている。
 私の今の様子を見てなんで気がついてくれないのかしら。

「ですよね、ですよね。イクミ様に分かって頂けて本当に嬉しいです」

 何も分かっていないよ。
 クレアは嬉々としているが、私のどん底に叩き落された気分よ。
 震える足で立ち上がるものの、今からアレを着るということに対して、もう一度じっくりと見るということが出来ない。

「はは……」

 私の口からはもはや乾いた笑いしか出ない。出来ることならあんな物は着たくはない、そんな事を正直に言えば、後ろに控えているルビーが何を言い出すかわからない。

 ルビーは私の弱みを握っている。あんなことがなければ、私だってこんな服を着たくはないよ。というか、私のドレスが最初から用意されていない時点で気がつくべきよね。

 か、覚悟を決めるしか無いわね。

 満面の笑顔のクレアと、今すぐにでも私の服を剥ぎ取りあのドレス姿を見たいというメイド達がいる。
 何時の間にか支度を整えたメイドたちが、私の退路を塞いでいた。

 私は諦め、脱がしやすいように両手を広げる。
 私はただ……されるがまま、抵抗することもなく、待機していた私のメイド達は準備を着々と進められる

 お願いだから、鏡を置かないでくれると本当に助かるのですが?
 私の変貌ぶりを見せたいのかわからないけど、そんな物は見たくはない。屋敷でもこれが当たり前だったから、きっとこういうものなのだろうけども……

「よくお似合いです、お嬢様」

「本当に可愛いですわよ」

「まるで天使、いえ女神にも匹敵する可愛らしさです」

 女神相手ですら、私は可愛さで対抗するのね。
 誰一人として私のことを、綺麗と言った人はいない。クレアやメルは綺麗と称賛される。
 全ての元凶はこの身長でしか無いわね。

「そうね、ミンナアリガトウ……ソウイッテモラエルト、ワタシ、トテモウレシイワ」

 髪は両サイドに分けられ、結んだ所にも花が添えられる。クレアが言うにはツインテールというものらしいが……顔だけ見ると子供っぽい感じが強い。
 スカートはボリュームが有って動きづらいし、欲を言えば、今すぐにでも帰りたい。
 私の寝室で、ダラダラとしていたい。ねぇ、帰らない。ルビー?

「お嬢様。グセナーレ家のご令嬢として、そう簡単に帰れるなどと、よもやお思いになられてはおりませんよね?」

 私がルビーに視線を合わせるものの……冷たい目で見下されていた。
 どうやら私の考えていることは理解されている。

「ひっ……思っていません!」

 そんな事が顔に出ていたのか、ルビーから強い口調で念押しをされてしまう。
 今日のクレアは普段と比べてかなり華やかな衣装だ。こんなのをよく平然と着ていられるわね。感覚の違いがあるとは言え、どう考えても私には好きそうになれないわね。

 スカートをバフバフとしていると、メイドに掴まれるが一瞬見えた鬼の形相に体が凍りつく。

「ご、ごめんなさい」

 なんで私にこんな事をさせたいのよ……
 完成した私の姿に、メイド達は感激をしているのだが、これの何がどういいのか私にはさっぱりよ。

 見た目としては可愛いには可愛いと思うけど……そう思いたくないのよ私としては。
 せめてクレアほどでなくても、もう少しだけ身長さえあれば可愛いではなく綺麗と言われていたはずだ。どうせならそっちがまだいい……

「イクミ様は本当に何を着ても可愛いですわね。少し羨ましいです」

 クレアの言葉に顔を引きつらせていたが、今更文句を言う気にはなれなかった。
 この子の場合、思ったことを口にしただけで、悪気があるわけでもない。

「私のことは良いとして、クレア。少しいいかしら?」

「何でしょうか?」

「公爵様と話をしたいのだけど、少し時間を貰えそうかな?」

「どうでしょうか、お父様は他の方々とお話をされていると思いますし」

 人差し指を顎に当て、考えているようだけど、これだけの来客ならやっぱり時間はなさそうね。窓の外からは確認することは出来ないが、パーティーの開始は十九時の予定なのだから。夕方までは続々と訪れるかもしれない。

 馬車の数からしても、公爵様に挨拶をする人は多くいるだろうから、そんな間に私が入るのも良くはないか。
 公爵様は快く受け入れたとしても、周りがそうとも限らないしね。
 クレアの時に分かっているから、夜にでも話をするべきね。

「お父様なんかよりも、イクミ様はお姉さまとはお会いにならないのですか?」

「クレアそれは言いすぎでしょ? メルに話しかけるのは、相当ハードルが高いわよ? クレア達はそうは思っても居ないだろうけどね」

 今頃はどこかの部屋で待機しているのかもしれないけど、繋がりを持とうとする連中はどこにだって居る。そんな中、色違いである私が主役であるメルと仲良く話をするとなると、それを見た貴族達から余計なやっかみに巻き込まれる可能性がある。

 そうなったら、冒険部隊やメイド達がどういう事をするのか、想像したくもない話よね。

 そんなことになるぐらいなら、最初から……そうか、皆が私を気にかけていた理由はこっちか。
 純粋に二人を祝福したいが、クレア達は私が自分のことを理由に辞退することを考えていたのかもしれないわね。
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