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学園編

152 お嬢様は背中を押す

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 私は、ベンチに腰を下ろし国民達の様子を眺めていた。

 一年に一回のお祭り。ここに居る国民は星海の前で、その光景を楽しむもの、膝を付き祈りを捧げるもの達。
 こういうものは、この人達にとっては必要な行事でもあるのだろう。
 私はこれまで、それを見て見ぬ振りをしてきたし、なんのためにと理解すらしようとはしていなかった。

 日本でも数多くの祭りがある。神様に崇め祈る、御霊を慰めるものだったり、色んな所で行われているお祭りには色んな意味がある。
 ここに居る皆にとっては、この祭りは特別なものなのかもしれない。自分への願い、他者への願い。そんな願いがここに集まっている。

「イクミ様、少しあちらを見てきてもよろしいですか?」

「ええ、いいわよ。私はもう少しここに居たいから。大丈夫よ、かってに何処かに行ったりしないわ」

 護衛にはルキアが居るのだから、二人が気にすることはない。むしろ、途中から居なくなったティアのほうが心配ね。戻った時にどうなることやら……

「お嬢様?」

「ルビーごめん。少しだけでいいの、一人になりたい」

 ルビーは何も言わず頭を下げて、クレアと一緒に何処かへと行ってしまう。
 あの願う人達を見て、少しだけ自己嫌悪になっていた。

「グセナーレ様。お一人ですか?」

 後ろから声をかけられたが、私は振り返るつもりはない。
 今頃ここに何をしに来たというのかしら?

「ライオット殿下。このような場所にいてよろしいのですか?」

「その、クレアを探していたのです。貴方様となら一緒にいると思ったのですが」

 ここに居た私に、目が止まったということなのね。
 今はライオと話をしたい気分ではない。

「グセナーレ様はなぜお一人なのですか?」

「少しあの様子を眺めていたのよ。国民の多くの人が祈りを捧げている。それを見ていたのよ」

「そうでしたか……」

 ライオは隣へと座り、離れる様子はなかった。
 私はあの祈りを見て、奴隷たちが重なっていた。皆の願いはいつもいつも私へのことばかりだ。
 私の我儘に付き合い、必死でお金を稼ぎ、言われたことに対して文句を言うこともなく仕事をしている。

 そんな皆の思いを私はただ、踏み躙っているのではないのかと思えたのだ。願いはその人の思いと何も変わらない。ルビーは私の無事を願った。私も皆が平穏であることを願ったが、それは私の我儘に付き合わせるということになる。

「ライオ……クレアと会ってどうするつもりなの?」

「謝罪と、今日の埋め合わせに少しでも共にいたいと」

「貴方はちゃんと言葉で伝えているの? 貴方の思いを……あの子に」
 
 クレアは今も不安だろう。婚約者が呼ばれないこと……その意味に対し、今日はずっと気を張り詰めているのかもしれない。
 政略結婚だって、全てが悪いというものではない。彼女は最初こそそれを拒み、彼から離れようとしていた。

 しかし、今の彼女は彼を受け入れ、これから先も一緒に居たいと思っている。

「婚約者だとしても、昔から知る中だとしても、言葉にしないと伝わらないことは多い。貴方が、彼女を好きと思うか、ただの政略結婚の相手だと思うのか……ただ、あの子は今日、貴方が誰かと居るということに対してきっと不安を感じていた。それはなぜだと思う?」

「で、ですが……私のこの国の王子です。来賓された方々に対して、無礼を働くほど落ちぶれてはいません」

 ライオの言いたいことは分かる。だが、私の察して欲しいことは理解していない。
 王族に婚約者が必要なのも理解は出来る。だとしたら、ライオがクレアに拘る理由はないはず。答えは単純なもので、声に出づらいものだから……二人の間にできている溝は無くならない。

 ライオは未だ迷っている。クレアでいいのかと……そう思わせたのはクレア自身だ。
 あの子は過去のことの弁明をすることもなく、ゲームの世界であった悪役令嬢としてのわだかまりが消えてとしても、それでも本心を聞けないまま今もこうしてライオの婚約者を続けている。

「クレアは、もう婚約破棄を言わないわよ」

 その言葉に、ライオは立ち上がるほど驚いていた。この言葉が私からではなく、クレアから聞きたかっただろう。
 彼は城から抜け出し、クレアを探しているのなら、私は少しでも期待をしてしまう。

「だけど、真逆の事を言ってきたから、言い出しづらくなってしまっている。あの子自身、心の何処かでこのままでいいと思っているのかもしれない。それで二人が幸せになるのなら良い……けど、不安がなくなるわけではないわ。だからライオ、お願いがあるのだけど」

「何でしょうか?」

「私がこんな事を言うのは間違っている。あの子のことを思うのなら、どうか……好きだと思うのならその言葉をお願い」

 時折見せるあの暗い影を無くして欲しい。
 それが出来るのはライオしか居ない……そのライオもまた、クレアに対して思うところはあるのだろう。

「私に約束をする必要はないわ。ルキア、クレアを呼んできて」

「はっ」

 ルキアが姿を消ししばらく待っていると、クレアとルビーが戻ってきた。
 クレアの表情は暗く、今にも泣き出しそうだった。ルキアが腕を掴んでいる様子から、逃げ出そうとしたのかもしれない。

「クレア、私達はここでお別れよ。それと……貴方が婚約破棄をするつもりはないと言ったわ。好きなら好きと言葉にしなさい。メルもそのことは気にしていたわよ。しっかりね」

「お姉さまが?」

 クレアをライオに任せて、私達は屋敷へと向かっていく。
 星海祭か……この国の誰がそんな事を思いついたのかしらね。あの紙はかなり長い時間浸かっていたにも関わらず、文字がはっきりと見て取れた。

 国民の願いは、この国に聞き届けられている。

 なら私は皆の思いを……
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